第12話 再会はできなかった
「で、お前誰なんだよ」
ずっと無視していた魔物を視界に捉えた。攻撃してくるかと思ったが、意外と大人しく待っていたようだ。
「うーん、名前なんてもらっていないですけど、そうですね。……うん、単純にいきましょう。私はルートです。以後よろしくお願いします」
もらっていない、ね。
「それにしても、やはり殺せなかったですねー」
「あ?」
「私の攻撃、避けたんでしょ? 結構不意はつけたと思うんですが、残念です。仕方ありません」
「あの木の根のことか? オレのとこには来てないぞ」
「んん? おかしいですねー。敷地内の人間全てに向けて攻撃したはずなんですけど」
「ほーん」
つまりは一応オレを狙って来たのか。そうなると話が変わってくる。
「予定変更だな」
「予定と──」
言い終わるまで待つことなくルートを蹴り飛ばした。黒い体は壁を突き破ってぶっ飛んでいく。方向は運動場の方だ。ちょうどいい。
「…………」
背後のアネラを無視して、オレはルートの後を追った。
「ここなら戦いやすいだろ」
開けた場所だ。邪魔も入らないだろう。
到着すると、ちょうどルートが立ち上がっているところだった。
「いやぁ、流石は第四の王の器ですね。人間の脚力じゃない」
「うるせぇ。それより目的を言え」
「わかりきったことを聞くんですね?」
「念のためだ」
「なるほど。ではお答えしましょう。目的はあなたの所有する第四の王の魂を回収することです」
案の定だな。最悪だ。
「魔核が欲しいだけなら別にここの奴らを殺す必要なかったろ」
「それはついでです。ワルキューレは我々魔物にとって邪魔でしかありませんから。殺せる時に殺す方がいいに決まっている」
まあそれはそうだな。ワルキューレは魔物を殺す。なら魔物もワルキューレを殺すのは自然な流れだ。そこにオレからの異論はない。
「あ、もしかして親しいお知り合いでもいました?」
「いねぇな。ここに来たのは最近だ」
「それは残念。精神から壊した方が人間は楽なんですがねぇ。仕方ありません。このままやりましょう」
ルートの周りの空気が揺らぎ始めた。あいつの中の魔力が活性化している。仕掛けてくるつもりらしい。
オレは背後の校舎に少し目を向けた。
何もないはずの空中から伸びた大量の木の根が突き刺さって、綺麗だった白い校舎は既にボロボロだ。あれほどの大規模な攻撃はもうしてこないだろうが、こいつは一応A級。何をしてくるつもりなのか。と、思ったが、バカかオレは。
「なんで待たなきゃいけねぇんだ」
「ぶはぁ……!?」
顔面目掛けて拳を振るって、ルートを殴り飛ばした。
よくよく考えてみれば別にこいつの行動を待つ必要はない。
「痛いですねぇ……」
「木のくせに痛覚あんのか」
「ただの拳ならともかく、魔力が込められてるなら効きますよ……」
最初の蹴りは聞いてなさそうだったので魔力を流してみたが、正解だったようだ。
「こうなってくるとこちらも本気を出すしかなくなるんですが、どうでしょう。大人しく魔核を差し出してくれませんか? ただの人間に戻ったあなたには指一本触れないとお約束しますので」
「すげぇなお前。この状況で自分がそんな提案できる立場だと思ってるのか?」
「ええ、思っていますとも。あなたは所詮ただの人間なのですから」
「っ……!」
背後から感じた鋭い痛み。
腹部に視線を落とすとオレの体を2本の細い木の根が貫通していた。地面から突き出たもののようだ。おそらくオレにバレないように地中から伸ばしてきてたんだろうな。自分の感知能力の低さに辟易する。
「どうですか? 考えは変わりましたか?」
「このくらいで変わると思ってんのか?」
「変わって欲しいと思っています。ああ、もし私があなたを殺さないというのを疑っているのなら契約しても構いませんよ。我々魔物と人間の間で行える『真の契約』を」
魔物が口にする契約というのは、人間の言う契約と重みが違う。どういうことかというとただの口約束じゃなくなる。魔物と行う契約は反故にすることができず、絶対に履行しなければならない。例えばルートが提案してきた通りの契約をした場合、オレは魔核を差し出さなければならない。だがルートはオレを絶対に殺せなくなる。どちらかがそれを破れば破った方が死ぬ。
「断る。お前も知らないのか? この程度じゃオレは死ねないんだよ」
契約をすればこいつはオレを殺せなくなるが、その場合オレもこいつに魔核を差し出さなければならない。それはダメだ。
「ええ、存じてますよ。あなたが取り込んだ王の魔核はとても強力だ。しかし、勘違いをしている。あなた自身はただの人間だ。人間であるあなたに王の力は完全に扱えない」
「どうだろうな」
刺さった木の根をそのままへし折る。傷は間も無く塞がった。
「ふふ、もう確定していることですよ。あなたの攻撃を受けて私が生きているのがその証拠だ。魔物の王であれば私など容易く殺せている」
「そりゃ確かにそうだな」
「とはいえ、それでもあなたは強い。ということでようやく来てくれたようなので、ここからは予定通り行きます」
「なに?」
ルートの言葉の直後、すぐそばに物体が飛来してきた。それが何かはすぐにわかった。人間だ。知らない人間だったのなら特に思うところもなかったが、そうはならなかった。
「ニナか」
飛んできたのは知らない人間ではなく、右腕が欠損した血だらけのニナだ。まだ生きている。意識はかろうじてあるようで視線は校舎の方に向けられていた。そして、その方向から新たな飛来物が一つ。
「あー、ごめん。遅れたかも?」
新たに現れたのは血に塗れた全裸の女。見た目だけで見れば完全にただの人間だが、オレにはわかる。こいつは間違いなく魔物だ。
そんな魔物の手には体から引きちぎられたであろう人間の頭部が鷲掴みにされていた。
「……ディナン」
ニナがやられている。なら当然近くにいてニナよりも弱い彼女もやられている。
魔物が持っていたのはディナンの頭部だった。
「いやいや、オルタさん。来てくれただけでありがたいです」
「そう? ならよかった。で、この人?」
「はい。どうやら魔核は渡してくれないようなので殺してしまいましょう」
そうだよな。ルートは人間を魔物化させる力なんて持ってる様子はなかった。となればこの新しい女の魔物が持ってるかはともかく、少なくとも他に魔物がいるわけで、ディナンたちがそいつらに襲われる可能性もあった。
「ノアっち……、ごめん。守れなかった……」
「わかった。寝てろ」
「うん……」
別にオレがこいつらが襲われる可能性を考慮してやる必要なんてない。ニナに関しては同僚ではあるが、結局どちらも他人だ。オレの人生に大きな影響を及ぼすわけでもない。
ただ、結局再会ができなかったというだけ。それだけだ。
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