第11話 何故?

 「……何故、お母様とお父様は死んでしまったんですか?」


 正面にある無機質な墓石を見つめながら、私は隣に立つ叔母さまに尋ねた。

 返ってくる言葉はない。きっと理由は考えるまでもなく明白だったからだと思う。


 「お母様とお父様は、死ななければならなかったのですか?」

 「いいえ。そんなことはありません」


 今度は返事があった。


 「死ぬ必要はありませんでした。ワルキューレの到着が遅れたのが原因です。あの場にはあなたを守れる人はいたけれど、あなたの両親を守れる人はいなかった」


 その通りだ。あの場には魔物に勝てるだけの力を持った存在がいなかった。


 「……私は生き残った意味があるのでしょうか」

 「どうでしょう。それがわかるのはこれからじゃないでしょうか」


 ただの独り言。特に聞きたいわけでもなく自然に口から漏れ出ていた私の疑問に、叔母さまは答えてくれた。


 「これから?」

 「ええ、意味というのは後からついてくるものです。あの2人に生かされたあなたが何をするのか。それによってあなたが生き残ったことに意味があるかどうかは決まるはずです。──あなたは今、なにをしたいですか?」


 なにをしたいか。それに対しての答えは浮かばなかった。けど、


 「何をしたいかはすぐには浮かびません。けど、また同じような光景を見たくない。そう思います」


 自分を守って誰かが死ぬところなんてもう見たくない。もう同じ思いをしたくない。


 「なら、強くならないといけませんね」

 「強く……」

 「はい。あなたが誰かを守れるようになるんです。あなたにはその素質があります」


 御三家の一つ、フォルティナウス家は最初にして最強のワルキューレが始まりの家系だ。まだ初代当主ほどの実力を持ったものは現れたことはないが、フォルティナウスの名を持つワルキューレは優秀な者しかいない。つまり私も強くなることができる。誰かを守れるぐらいに、強く。


 「……強くなります。魔物から誰かを守れるほど。もう2度と、目の前で大切なものを失わないために」

 「いいですね。いい目標です。私がそれを見届けましょう。ですが、その前に」


 言葉を区切ると、叔母さまは突然私のことを抱き寄せた。どうしたのか理解できないままでいると、続けて叔母さまが私の頭を撫で始める。


 「叔母さま……?」

 「強くなるのは明日からにしましょう。だから今は、泣いてください」


 ああ、温かい。温もりだ。

 血だらけになっていたお母様とお父様からは、感じことができなくなっていたものだ。

 温かい。本当に、温かい。


 「うぅ……」


 視界が潤む。頬を何かが伝う。

 ダメだ。止めようと思っても止められそうにない。


 「我慢しなくていいんです。悲しい時は泣きましょう。大丈夫です。大丈夫」


 優しい声音、優しい言葉。

 もうこれ以上は耐えられなかった。

 両親の眠る墓石の前、叔母さまの温かい腕の中で、私は涙が枯れるまで泣いた。


 

******

 


 なんの変哲もない日だった。

 いつも通りの一日のはずだった。

 でも、そうはならなかった。

 突然現れた魔物が全てを奪った。目の前で私の家族を殺して、私だけを残して消えた。

 止めれなかった。傷一つつけられなかった。そもそも動くことすらできなかった。何も、できなかった。

 あまりにも無力だった。なんの力もなかった。

 だから力を求めた。

 もう2度と、何も失わないために。同じことを、起こさないために。


 「……あぁ」


 だというのに、なんで?


 「叔母、さま……?」


 なんで叔母さまは血だらけなんだろう。

 なんで叔母さまは黒い木の根に体を貫かれてるんだろう。

 なんで叔母さまは何も返事をしてくれないんだろう。

 なんで? なんでなんだろう。ついさっきまで普通に話していたというのになんで?


 「死んでる。死んでますよ」


 ああ、そうだ。私のことを庇ったんだ。叔母さまは私を助けてくれた。そう、私の代わりに攻撃を受けたんだ。あまりにもあっけなかった。あまりにも、無慈悲だった。

 原因は、私にある。


 「ギヒヒッ、元A級だって話だったから心配してたけど拍子抜けですねぇ」


 相手はA級。そうである以上。何かを考えている隙なんてあるわけがない。もちろん無警戒ではなかった。でもそれじゃ足りなかった。意識の全てを魔物に向けなければならなかった。A級と対峙するのは初めてではないというのに、なぜそれがわかっていない?


 「私、は……」


 まただ。また目の前で大切なものを失った。何もできなかった。結局同じだ。何も成長していない。何も変われていない。


 「あれれ、泣いちゃいました」


 涙が溢れてくる。

 あの優しい叔母さまが死んだ。その事実が受け止められなくて、自分があまりにも無力で、抑えられなかった。

 力を手に入れると決意した日から、どれだけ寂しくても泣かないようにしていたというのに、最近はよく泣いてしまってる。これで2回目だ。


 「可哀想にねぇ。でも大丈夫。君も同じように殺してあげます」


 ああ、殺される。私も終わる。

 抵抗するべきだ。でも、そうしたところで何かが変わるだろうか。

 どうせ数年前になくなっていたはずの命なんだ。ここで死ぬことに何か違いがあるのだろうか。ここで生き残ったところで、どうせ何も変わらないのに。

 意味なんて、ないんだ。なかったんだ。


 「おや?」


 その時、扉が勢いよく蹴破られた。


 「いやがった」

 「ノア、さん……?」


 部屋へと入ってきたのはノアさんだった。


 「また泣いてんのかよ、ご主人様」


 呆れたようにそう口にしたノアさんの視線は、叔母さまの方に移った。


 「死んだのか」

 「そうです! 私が殺したんです!」

 「…………」


 魔物のことを見ることすらなく完全に無視をしたノアさんは、叔母さまの体に突き刺さった木の根に触れる。すると木の根はボロボロと崩れていき、やがて灰のようになった。

 それから木の根から解放された叔母さまの体を受け止めると、特に何かを言うことはなく、表情を変えることもなく、そのまま床に優しく寝かせた。


 「あのー、私が──」

 「アネラ。泣き終わったんなら自分のやれることをやれ」

 「……無理です」

 「あぁ?」

 「私にやれることなんて、ないんです……」


 もうわかったんだ。


 「キモいなぁ。お前そんなネガティブなキャラじゃねぇだろ。自信があって自分勝手で我儘なチビがアネラ・フォルティナウスだろうが」

 「……もう、ダメなんです。私は。アネラ・フォルティナウスという存在が生き残ったことに、やっぱり意味なんてなかった」


 この数年間は無意味だった。微塵も前に進めていない。


 「気持ち悪いなぁ。なら死ぬまでずっとそこで泣いてろ」


 ノアさんは私に背を向けた。

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