第2話 死
見えている問題から目を背けても、それは一時凌ぎでしかない。無意味とは言わないが、愚かな行為ではあるだろう。やがて直面しなければならない時が来るのだ。
今がまさにそれだった。
「高校生だというのにあなたは学校帰りにこんな店に通ってるんですね。感心できません」
今1番会いたくない人物であるアネラが、オレが通ってるパチンコ店の前で待ち構えていた。不可避のエンカウントだ。もうどうしようもないから諦めて考えないようにしていたけど、やはり会いに来た。
「禁止されてないんだ。別にいいだろ」
「これがあった元々の世界では18歳以上から利用が許されていたようですが」
「18も17も変わらねぇよ。それにこの世界じゃそんな制限はない。だから問題ない」
人間の社会というのはルールが全てだ。それを守って、他人に迷惑をかけていなければとやかく言われる筋合いはないだろう。
「まあいいです。本題に入りましょう」
不満げな感じではあるが本題に入るようだ。正直入らなくていい。どう転んでもオレの平穏が壊される気しかしない。
「まずお礼と謝罪を。助けていただきありがとうございました。そして申し訳ありません。油断していました。あなたが腕を怪我したのは私のせいです」
あれは気付けなくても仕方ないと思うけど、律儀なやつだ。
「腕の調子はどうですか?」
「見ての通り」
袖をまくって包帯を巻いている腕を見せる。もう傷なんてなくなってるけど、こいつが来るだろうと思って一応巻いておいた。
「痛みは?」
「大してない。言ったろ。別に気にするほどの怪我じゃないって」
「……ならいいのですが」
信じてなさそうだ。
「歩きながら話すぞ。こんなとこで会話するもんじゃないだろ」
というわけで帰宅路を歩きながら会話をする。
「昨日の魔物は取り逃がしました」
「どうでもいい」
案の定だな。
「さっさと要件を話してくれ。オレはお前たちに関わりたくない」
「はい。スルトの件に関してはもういいです。あなたに聞くことはありません。ですが教えてほしいことがあってここに来ました」
「なんだ?」
「あの魔物は何故あなたを狙ったのですか?」
「…………」
そういえばそうか。あいつが最初に殺そうとしたのはオレだった。もしかしてあの時アネラが考えてたのはそれのことだったのかもしれないな。その可能性については、そもそも考える必要がなかったから失念していた。
「さあな。たまたまだろ。最初以外はお前のこと狙ってたし」
「あれには知性がありました。障害になる私を先に排除しようとしたんだと思います」
オレもそうだと思う。けど肯定はできない。
「思うだけなら言いがかりだろ」
「ですがあなたは一般人ではないでしょう?」
「一般人じゃない奴に拾われただけでオレ自身は一般人だ」
「……あなたはS 級のワルキューレが第八階層で拾った子供、でしたね」
オレが一般人だと言っても信じてくる様子はない。ずっと疑いの目を……いや、なんか違うな。期待の眼差しを向けられている。その方がしっくり来る。
「お前、何が目的だ。なんでスルトを欲しがってる」
「私はスルトの所有者となったことで得られる力が欲しいんです。だから正直なところスルト自体が手に入らなくとも別に構いません。力さえ手に入るのなら」
「オレがその力を持ってると?」
「私はそう思っています。違いますか?」
「違います」
上からの命令できたのかと思っていたけど、違うみたいだな。なんなんだこいつ。
「何故あんなに冷静だったんですか?」
「冷静?」
「傷を負ったというのにあなたは何事もなかったかのような表情をしていました。とても一般人の持っていい余裕じゃありません」
そんなこと言われても困るんだよなぁ。
「……わかった。オレが常人じゃない仮定しよう。だとしてもオレはお前に協力しない。諦めろ」
「何故ですか?」
「オレはアポストルが嫌いなんだ。じゃあな」
そう言ってオレは歩く速度を少し速めた。キリがなさそうな感じがするから無理矢理逃げてやろう。家の中に入ってしまえば流石に追ってこないはずだ。
「いいえ。諦められません」
オレの進行方向を塞ぐようにアネラがオレの正面に回り込む。
「お金ならいくらでも出します。あなたの力を私に貸してください」
「断る。金なんていらない。オレが欲しいのは平穏だ」
金はいらない。ただ普通に暮らせればそれでいい。それだけでいい。それがノア・グランデの願いだ。
「……あなたは、自分がずっと平穏の中に生きていられると思っているんですか?」
「無理だろうな」
「なら!」
「でも今すぐじゃない」
オレは可能な限りこの平穏を享受する。何人たりとも邪魔はさせない。
「──テメェもだ。邪魔すんじゃねぇ」
背後から静かに伸びてきていた黒い腕を掴み、それを引っ張って本体の顔面を思いっきりぶん殴る。
「ギィァァッ!!」
「魔物!?」
昨日の魔物がオレを襲おうとしていた。
念のため感知能力向上させていたのが功を奏したな。それでも気づいたのは10メートル以内に入った時だったし、こいつやっぱり相当隠密能力が高い。特殊個体だろうな。
「トカゲかよ」
掴んでいた腕が魔物本体から外れた。まるでトカゲの尻尾切りだ。
「イ、イ、ギィ、ィィィ」
「お前なぁ。なんでオレを狙うんだ?」
「た、タマシイ……! オォ、ノ、チカラ!」
「うわ、喋んのかよ」
気持ちの悪い声で喋ってきた。にしてももう喋れるようになってるって成長が早いな。放置してたらA級になりかねないぞ。
「魂とは、なんのことですか……?」
「さあな。それよか魔物が目の前だ。役目を果たせよワルキューレ。またこいつを逃すつもりか?」
「……わかりました」
ワルキューレとしての本分は忘れていないようで助かる。
「おっせぇな」
ようやくサイレンが鳴った。
このサイレンがなる条件は魔物が出てくる時空の裂け目が開くのが感知された場合、または魔物そのものの姿が確認された場合。
つまりこの世界の守護者である組織、アポストルが魔物を発見したということ。もしくはアネラが自ら報告をした可能性もあるか。優秀そうだしどっかのタイミングでしてそうだな。
まあどちらにせよ、元々念のために人気のない通りを選んでいたが、ここに人が来るようなことはないだろう。
「武装展開」
サイレンのことを考えていた一方で、アネラの右手には昨日のものよりも大きい銃型の魔器が握られていた。大きさだけじゃなくてランクも高くなってそうだ。B級ぐらいはあるように見える。
「起動」
その言葉に呼応して銃身が3つに分かれ、その場で回転し始めた。銃弾の通り道を作っているようだ。
その光景を魔物が黙って眺めているわけがなく、今の自分なら勝てると判断したのかアネラとの距離を詰めた。銃が相手なのだからその判断は正しい。
問題があるとすればアネラの銃が、ただの銃ではなく魔器だということ。
「拡散」
回転していた銃身が広がり衝撃波を放った。接近していた魔物はそれを正面からくらい、近づいていた距離が無慈悲に離される。魔物は再び近づこうと試みるが、先にアネラの準備が整った。
「第二段階、出力60%」
引き金が引かれる。
回る銃身から射出されたのは弾丸というよりは光線。魔物はそれはその場で跳躍して躱した。着地したのと同時に気味の悪い笑みを浮かべたが、まだ終わっていない。
「撃ち抜け」
魔物の下を通過した光線は8つに分裂して切り返す。魔物はそれに気づかず戻ってきた8つの光線に撃ち抜かれた。
「ィ、ギ……?」
光線は全身を貫いた。魔核は完全に壊せていないようだが、あの様子じゃもうあいつは動けないだろう。
「今度こそ死んでもらいます」
「──ひ、ヒヒヒ! 奪い、取る」
「は?」
「ワレ、ら、は、トウ、ゾク……!」
「……!」
「一体だけじゃない!」
今度は同じタイミングで状況の変化に気づいた。いつの間にか周囲を7体ほどに囲まれている。どれも似たような人型で不気味な笑みを浮かべている。1番遠くにいる奴だけは何か違う気もするが……。
「第二段階、出力80%」
即座にアネラは周囲に対する攻撃に転じる。上に向けて放たれた光線は8つに分裂してそれぞれ魔物を追尾し始めた。
一つ一つがさっきのものより太い。
まず身動きを取れる状態じゃなくなっていた一体目の魔核を貫き絶命させた。そして光線は他の魔物たちにも命中したが、分裂したために精度が荒いのか魔核には4体ほど届いていないようだった。
「モード変更、第一段階」
銃身が元に戻る。戦い方を切り替えるらしい。その最中に3体の魔物がアネラを襲う。
鋭い爪による攻撃。その全てを躱し切り、変形が終わった魔器で3体の魔核を3発でスムーズに撃ち抜いた。無駄がない。
「……あと一体」
残りは襲ってこなかった一体となったわけだが、その一体は何故か絶命した最初の魔物の死体に手を突っ込んでいた。何かを探しているようだ。
「アヒィ……!」
笑い声と共に魔物がしたいから取り出したのは一枚のカード。『T』という文字が刻まれていて、不気味なデザインだ。
それを魔物は嬉しそうに口に放り込む。すると間も無くして魔物から黒い霧が勢いよく噴射した。
「な……!?」
「くそ」
視界が黒に包まれる。視覚情報が完全に無効化された。アネラの姿が見えない。
「感知もできない……」
あいつは他の個体とは何かが違っていた。この状況はちょっとまずいな。
「いっ……!」
アネラの声。どうやら攻撃を受けたらしい。流石に死んではないと思う。それよりとにかくオレとしてはどうしようもないのでこの霧の中から早く抜け出したい。方向は把握していたので魔物がいた方向とは真反対に走った。
「──ニガサン」
「が……!」
背中に走る衝撃。感覚的におそらく蹴られた。蹴り飛ばされたオレは転がりながら目的通り霧の外に出られたが、すぐに魔物が追ってきた。
「イメチェンしたな……」
霧から出てきた魔物の見た目が変わっている。黒い衣を纏った暗殺者のような形態に変化している。成長したようだ。あのよくわからんカードがトリガーか?
「て、マジか」
胴体より遅れて出てきた手にはアネラの髪の毛が掴まれていた。続いて引っ張られてアネラ本体が霧から出てくる。致命傷と言えるほどのものはないけど、傷だらけだ。
「この、魔物はA級相当、です……! に、げて……!!」
「ダマレ」
これ以上喋らせないように、魔物は掴んでいたアネラを近くの壁に投げつけた。酷い扱いだ。ワルキューレだとしても見てて気持ちのいいものじゃない。
「生き物だ。雑に扱うなよ。死んじゃうだろ」
「ドウデモイイ。チカラヲヨコセ」
さっきよりも流暢に言葉を話すようになっている。佇まいからさっきまで感じていた不快感はない。ただし圧がある。これはA級相当の魔物と呼ばれても納得できる。
A級は最上位のS級よりも一つ下に位置しているが、S級という存在はほぼ出現しないため実質魔物の位の中では最も高い。要するに化け物だ。
「誰に吹き込まれた?」
「ヨコセ」
「寄越さねぇよ。質問に答えろ」
「シネ」
会話が成立しねぇ。理解はしているんだろうけど、会話する気がそもそもなさそうだ。
当たり前であるかのように殴りかかってきた。
「危ねぇな」
躱して距離を取る。どうせ逃げ切ることはできないだろうし、他のワルキューレが到着するまで時間を稼ぐしかない。
「──っ! 足が……!」
足に魔物から伸びた触手のようなものが巻き付いている。いつだ? こんなものいつもならすぐに気づいた。いや、今はどうでもいい。それよりも動けない。このままじゃ死ぬ。
「キエサレ、ウツワ」
近づいてくる鋭い魔物の爪。オレにそれを避ける手立てはなく、ただ眺めていたらオレの視界はいつの間にか真っ暗になっていた。
あぁ、これは死だ────
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