不死の下僕 〜平穏な日常を求めていただけなのに、なぜオレは金髪美少女の下僕になっているんだろうか〜

久我尚

プロローグ

 「ん、ぁ……」


 窓から差し込む月明かりだけが光源の暗い部屋。

 部屋に満ちるのはベッドの軋む音、そして甘い声。


 「あぁ、いい感じだよ、君」


 男の上にまたがる灰色の髪の美女は恍惚とした表情を浮かべながらこの行為を楽しんでいた。

 対して男の方はただ快楽を貪っているという様子ではない。何か焦っているような、必死にしがみつこうとしているような、そんな感じだ。


 「うっ、もう、限界です……!」

 「ふふっ、早いね。でも、いいよ。……イっちゃえ」


 耳元で囁かれた瞬間、男の体はビクビクと震える。その様子を見て女性が浮かべたのは、まるで小動物でも眺めているような笑みだった。


 「可愛かったよ。すごい楽しめた。今日一番かな」

 「はぁ、はぁ、なら俺は……」

 「うん。バイバイ」


 希望を手にした顔を男が浮かべた。が、それと同時に彼の頭部はパンっという音と同時になんの前触れもなく破裂して消え去った。

 風船が破裂したようなその光景を見てなお、女が浮かべているのは笑みだった。


 「いやぁ、やっぱいいねぇ。楽しめた楽しめた」


 血に濡れたベッドに頭部のなくなった男の体を残し、女は立ち上がる。

 もうベッドに用はなかった。

 その後、移動した先は窓。

 ここは高層ビルで下の様子がよく見える。


 「うーん、気持ち悪! あはは!」


 視線の先に広がっているのはこの世界で最も発展した街。下層の誰もが行きたがっている最高階層の景色だ。

 そんなものを見下ろせる人間なんてそういない。しかし、そのうちの1人である彼女にしてみれば、ここから見えるものなんて気持ち悪い以外の何者でもなかった。


 「あー、最悪。見なきゃよかった。せっかく気持ちよかったのにな」


 行為が終わってよくなっていた気分が台無しだ。もう寝てしまうか、そう思ったところで彼女に部屋の隅から声がかけられる。


 「ご報告があります」


 声の主は行為中もずっと隅っこにいた女性の使用人。平坦な声色のまま続けて使用人は言葉を口にする。


 「御三家フォルティナウス家当主、アネラ・フォルティナウスが『スルト』に関する情報掴み、下層に向かったそうです」

 「あー、やっぱり下にあったんだ」

 「いえ、それはまだわかりません。どうやらスルトの在処を知っている人物に会いに行くようです。おそらくは例の少年かと」

 「……ふふ」


 歪んだ。そう表現するのがこれ以上ないほど適切な笑みを女性は浮かべた。快楽によって生まれた笑みとはまた別物だ。


 「ふふふふ、あはっ! 私も行きたい!」

 「あなたはこの階層の守護を任されたS級ワルキューレです。総裁からの命令がない限り難しいかと」

 「はぁ、だよねぇ。──でも、いいや! どうせ近いうちに会えるし!」


 確信があった。あと少し待てばいいだけだと。


 「寝ようかと思ってたけどやっぱやーめた。まだストックあるでしょ? 呼んで。もう少し楽しみたい」

 「かしこまりました。死体の処理と、シーツの交換をしますので少々お待ちください」

 「はーい」


 だが、確定しているといっても時間はまだある。

 それまでは貪ろう。快楽と、死を。


 「待っててね、私の……」

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