第33話 隠された部屋
「よし……出来た!!後は呪文を唱えれば透明になれるはず……」
ミルはあれからすぐに自分の部屋に戻って、魔法薬を製法していた。まだ部屋の整理もできていなかったが道具は揃っていたし、薬草も持っていたものと王宮の薬草園で揃った。
急いで薬草を配合して作る。
「出来れば、使ってみて具体的な効用を検証したいけどそんな時間もないし……これからどうしようか……ん?」
これからどうするべきか迷っていると、部屋の外で聞きなれた声が聞こえた。
「あ……ロフト?もしかしたら、屋敷を抜け出したのがバレた……?」
ミルはドアに耳をそばだてて様子を伺う。
『すいません。ミルがここに来ていませんか?』
やはりミルを探しているようだ。
『え?ミルがどうかしたんですか?』
そう答えたのも聞き覚えのある声だった。フェイ局長だった、ミルの身体に緊張が走る。
『ええ、屋敷で安全のために匿っていたんですが、姿が見えなくて……』
ロストは心配そうな声で言った。まあ確かにあんな事があった人物を匿っていたのに、いなくなったら、心配になるだろう。しかし、それによってフェイ局長に知られて知られてしまうとは。
『それは心配ですね。そう言えば彼女の使っていた部屋は見ましたか?』
『いや、いま来たところで……』
『それでは、一緒に探しますよ。』
『え?お忙しいんじゃ?』
どうやら、こちらに向かおうとしているようだ。不味い、ロストがいるから何かをしてくることはないだろうが、大書庫では躊躇なくナイフで襲ってきたのだ、ロストもろとも何かしてくる可能性はある。
なにより、これからローグを探さないといけないのだ。
「迷っている暇はない……」
ミルは慌てて必要な物をカバンに纏めて肩にかけ、今作ったばかりの薬を手に取る。この魔法薬はかなり特殊だ。まず薬は粉状になっている。そしてそれを使うには特殊な魔法でその薬を身体の周りに纏わせるのだ。そうするとまわりから姿が見えなくなる。おそらく風の魔法の属性亜種になるだろう、繊細な魔力操作が必要になるので、難しいと言われるのはそれもあった。
『大丈夫だよ。大切な部下のためなら当然だよ』
フェイ局長は穏やかな声で言った。これだけ聞いたら部下想いのいい上司だが、ミルにとっては死刑宣告に聞こえる。
コツコツと足音が段々近くなってきた、早く魔法を掛けないと。
緊張して変に力が入ってしまって手が震える。繊細な作業が必要なのに焦ってきた。
その時、ガチャとドアが開いた。
「!!!……」
ミルは固まる。
***********
(ミルは一体何をしているんだ?)
ミルがなにか慌てて会話を打ち切った後も、俺はミルの気配は探っていた。
心配だったのもあるが、やる事が何も無くて暇だったのもある。
ミルの気配は遠くなったり近くなったりせわしなく動いていた。移動しているということはまだ元気に生きているということだから多少安心感がある。
しかし、ある時点で一ヵ所で止まってしまった。なにかあったのかと思った途端、ミルの気配からピリピリとして緊張感が漂ってきた。
何が起こっているか分からないが俺も緊張する。
緊張はどんどん強くなっているようだ。絶対に何かが起こっていることは確かだが、確かめる術がない。
俺は意味も無く手枷と足枷を引っ張る。もう何度も取ろうとしたが取れる訳もなく、手首と足首は赤くなっていた。
繋がった鎖の根本も引っ張ったり、壊そうとしたが爪や指がボロボロになっただけだった。
(落ち着かない……)
焦燥感で意味もなく歩きまわる。
じゃらじゃらと鎖の音が鬱陶しい。
そうこうしているうちに、またミルが動き出したのを感じた。ゆっくりとだが歩いているようだ。
緊張感は相変わらず続いているが、逼迫感はない。命に関わるような状況ではないようだ。
それでも油断は出来ないだろう。
(やはり、もっときつくロストの屋敷に戻れと言えば良かったか……)
自分の恐怖心に負けて強く言えなかったことに後悔がつのる。ミルの顔を思い出して胸が苦しくなってきた。
その時、扉の方でガチャリと音がして、それと同時に扉が開いた。
入って来たのはフェイ局長だった。
「大人しく、していましたか?」
「っ……なんの用だ」
俺は身を固くして後ずさる。身体に巻いたシーツをギュッと握る。
「様子を見にきただけです。色々忙しくてなかなか来れなくてすいません」
局長はそう言いながらこちらに近づいてきた。来てほしいなんて思ってない。俺はフェイ局長を睨む。
「……」
俺は意味がないと分かっていても、出来るだけ距離を取る。
「ふむ……食事には手を付けていないようですね」
そう言った局長の目線の先には、美味しそうだがすっかり冷めてしまった食事が置いてある。一度だけフェイ局長が戻って来て食事だけ持っていったのだ。
「あ、当たり前だろ」
当然だ。何が入っているかわからないのに食べるわけがない。この男が何をしたいのか分からないが、信用は当然できない。
「まあ、私としてはどうでもいいですがね」
局長は本当に興味なさそうに言った。アレフと話していた時、俺を生かしておくことに関しては意見が分かれていた。こいつは簡単に殺すことは躊躇しなさそうだ。
何を考えているか分からないのは弟も同じだが、こいつは弟以上に何が目的なのかわからない。
弟に協力することにした経緯も分からないし、どうして協力しようと思ったのかも分からない。兄上は優秀だし、弟は王族の血を引いているとは言え、こんな事しても成功するとも思えないことに協力するなんて分が悪いように思える。
それとも何か、それをひっくり返すような秘策でもあるのか。
「アレフはどうやって国を手に入れるつもりなんだ?お前らは何をするつもりだ?」
「……お前には関係ないことだ。余計な口をきくな」
局長は面倒そうに言った。
「国を手に入れるなんて現実的じゃない、そんな事をしても国が滅茶苦茶になるだけで不利益しかない事くらいわかるだろ。こんなこと……」
「本当にうるさいですね……」
しつこく言うと局長はそう言っておもむろに隠し持っていたと思われるナイフを取り出した。
「っ!何を……」
「殺しはしません。うるさいので少し喉を潰すだけです。大丈夫ですよ、少し痛いだけです」
そう言って局長は躊躇なく近づいてくる。
「や、止めろ!」
俺は思わず目を閉じる。
「おい!なにしてる。止めろ!」
その時、部屋に鋭い誰かの声が響いた。局長は動きを止める。見ると、弟のアレフが立っていた。
怒ったような顔で、俺と局長の間に割り込む。
「殺しはしませんよ。うるさいので少し黙らせようとしただけです」
「余計な事をするなと言っていただろう!」
「……申し訳ありません」
そう言って局長はナイフを仕舞い下がった。しかし、申し訳ないと言ったわりに顔には呆れたような不満げな表情をしている。
取り敢えず危機を脱したようでホッとした。
「ああ、全く。ローグ傷はついてないか?」
ホッとしたのもつかの間、アレフはねっとりとした声で俺の方に手を伸ばしてきた。
俺は思わず後ずさる。しかし、すぐ後ろはベッドで足枷と手枷の所為で倒れこんでしまった。
「く、来るな!」
アレフはナイフも何も持っていないが、ねっとりと這いまわるように見回す視線が気持ち悪かった。
アレフはそれを見て嬉しそうに笑う。
「こんな風にいいなりになるローグを見られるなんて最高だ。もう少ししたら何も考えなくしてあげるよ……」
そう言ってゾロリと足を撫でた。俺は思わずそれを払いのける。
「止めろ!……もう少しっていったい何をするつもりだ……」
「数日後に戴冠式があるだろ?その時を狙って邪魔な奴を始末するんだ」
アレフはニヤニヤ笑いながら言った。
「っ!な……邪魔な奴って……」
「僕は親族として一番近くにいられるからね。誰も予想出来ないだろ?」
「そ、そんな王族を殺すなんて大罪だ、ただじゃすまないぞ」
「王の直系はもう僕しか残ってない。……それに、切り札もあるし……」
アレフは自信ありげに言った。
「殿下。それ以上はあまり……」
さらに何か言おうとしたアレフにフェイ局長がいさめるように言った。
「はあ……うるさいな」
「しかし……」
フェイ局長がそう言うと、アレフは鬱陶しそうな表情をして舌打ちをした。それでも少し離れた。
「そんなに心配するようなこともないだろ……本当にお前は細かいことまでうるさいな」
「成功はするでしょうが、想定外のことも起こっています。何かあってからでは遅い。最後まで油断しないで下さい」
フェイ局長は強くはないが断固とした口調で言った。この二人は目的は同じのようだが、少し意見の対立があるようだ。
それにしても、本当に一体どんな繋がりがあって協力しているのか。
「まあいいか。後でじっくり時間をかければいい……」
そう言って首筋を撫でた。
「やめろ!いい加減にしろ、俺はお前のいいなりになんかならない……」
「強がらなくていい……父上に何をされていたかは知ってる」
「っ!!」
ニヤリと笑ってアレフは言った。俺を撫でる手が胸元まで降りる。
血の気が引いて動けなくなった。
「こういう事は慣れているんだろ?わざとらしく嫌がらなくていい。お前はこういう役目が一番似合っているんだから……」
そう言ってアレフは頬を一撫ですると立ち上がって出口に向かう。
「はあ……一体なにしにきたんだ……」
「少し時間が空いたから来たんだ。これから忙しくなって早々来れそうにないから……」
呆れたようにいうフェイ局長にアレフは言う。目線はまだ俺を舐めまわすように見ていて気持ち悪い。血の気が引いて震えが止まらない。
「それなら、早く終わらせてしまいましょう。さっき殿下が仰ったようにあとで時間はありますから」
「分かっている。もどるよ」
アレフは不満そうだったが素直に出ていった。
局長もその後についていく。そして最後に俺の方を振り返り、警告するように言った。
「しばらくは大人しくしておけよ、そうすれば生かしておいてやる。分かったな」
俺はそれを何も出来ずに見送る。
(……くそ!)
指の先が震えて冷たくなっているのが自分でも分かる。あんな事で動けなくなるなんて情けない。なんとか震えを抑えるために身体を丸める。
少し時間を置けば治まるはずだ。
それに、戴冠式で兄上を襲うと言っていた。そんな事になったら今以上に最悪な事態になる。
(どうにかしないと)
しかし、今の俺には何もできない、しかもベッドの上で触られたくらいで震えている。
(情けない……)
ジワリと目の奥に熱い物がこみ上げそうになった。その時、ガチャッとドアの方から音がした。
「っ!」
また誰かが来たのかと身構える。
「っ!ローグ様!!」
「ミル!?」
そこには笑顔のミルがいた。
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