第17話 森での戦い
間一髪、噛みつかれそうだったが、ローグが引き寄せたのでなんとか躱すことができた。
ローグは引いたその勢いのまま、剣で狼を切りつける。狼はキャン!と鳴いて地面に転がった。
「ローグ様!」
「後ろに隠れて!」
「は、はい!」
そう言われてミルは、慌ててローグの背後に回る。
しかし、よく見ると二人の周りには狼と思しき目が複数、こちらを見ていた。どうやら狼の群れに囲まれてしまったようだ。
「か、数が多い……」
「不味いな……」
二人は逃げることも出来ずジリジリと下がる。
どうするべきか迷っていると、ローグの死角からひと際大きな狼が飛び出した。
突然のことで喉笛に噛みつかれてしまった。
「ぐっ!」
「きゃあ!!」
ミルは驚き、そのまま倒れてしまう。ローグも流石に急所である喉元をかみつけれ息も出来ず倒れこむ。
ミルは慌てて起き上がるが、周りにいた狼たちは更にジリジリ近づいていた。
こうなれば魔法を使おうと杖に手をかけようとする。しかし、それと同時に一匹の狼がミルに飛び掛かる。
「っ!!!」
ミルは思わず身を固くする。しかし、もうダメだと思ったところで鋭い蹴りが顔のすれすれのところで飛び出して、狼を蹴り飛ばした。
蹴ったのはローグだった。ローグは喉笛を噛みちぎられているのに、狼をむりやりむりやり引きはがし立ち上がった。
ぼたぼたとあり得ない量の血が流れる。そして掴んだ狼を投げ飛ばした。
「ローグ様!」
ローグは血まみれなのも気にせず剣をふり、ミルに飛び掛かった狼に切りつけた。
切られた狼はキャウンと鳴いて転がった。
狼たちは自分達が優勢だと思っていたのに、あっという間にやり返されたのを見て、今度は警戒したようにジリジリ後ずさった。
「っくまだ来るか!」
しかしさっき、ローグに噛みついてきた狼が血を流しながらローグに飛び掛かった。完全に頭に血が上っている。今度は不意打ちではないので対応できた。
ローグはわざと腕を噛ませ、地面に叩きつけ剣で串刺しにする。
流石に狼は動かなくなった。
それを見た他の狼たちは、さらに後ずさりし、一匹が逃げ出すと他の狼もそれに習うように逃げた。
「助かった……?」
いままでのことがなかったかのように辺りは静かになる。
ヒン、グルルルルと唸り声が聞こえた。最初にローグが剣で切った狼だ。足が切られているようで上手く逃げられなかったようだ
「まだ、生きていたか。とどめだ」
ローグはそう言って刺した剣を引き抜き、また剣を振り下ろそうとした。
「待って!」
ミルは咄嗟にそう言った。
ローグはその言葉にガキンと固まる。使役の力が働いたのだ。
「こいつは俺達を殺そうとしたんだぞ」
ローグは眉をひそめて言った。
「で、でも。殺すなんて……この子は私達に恨みがあったわけじゃない……」
ミルは泣きそうな顔でオロオロしながら言う。あんなに危険な目にあったのに何を言っているんだとローグは呆れる。
「狼も、生きるためにしただけだから……」
「どちらにせよこの怪我じゃ、長くは生きられない。殺した方がいい」
狼はなんとか起き上がろうとしたが、すぐに倒れ荒く息をしている。地面には真っ赤な血だまりが広がっていた。
「で、でも……」
殺す理由はいくらでもあったが、目の前で生きているのに殺すなんて辛い。ミルは頭がぐちゃぐちゃになってきて涙がこぼれる。
「じゃあ、どうするんだ?」
ローグは困った顔で聞く。それはそうだ。ここまで怪我をしてしまっていたら治すことも難しい。それに、こうしている間にも狼は動かなくなっていく。
「……っ!そうだ」
ミルは突然なにかを思い付いたようにそう言って立ち上がり、狼の近くで膝をつき座る。
そうして、持っていたバックからナイフを取り出し、自分の手を切った。
「っお、おい。なにを……」
ローグは驚くがミルはそのまま、魔法の杖を取り出す。そうして切った手から滴る血を怪我をした狼に垂らした。
「使役の魔法を……ローグ様を助けた方法と同じです」
使役してしまえば使役した対象の怪我は治る。
「なるほど、しかし複数使役するのは難しいんじゃなかったか?」
普通は使役する動物は一匹だと聞いた。複数使役するのはあまり効率がよくないのだとか。
「魔力が多ければできます。……私の魔力で足りるか分かりませんが、やらないよりましです」
ミルは心配そうに言ったが、すぐに決意した表情になる。
「それに効率に関しては問題ありません。使役獣として命令したり使役獣を介して魔法を使わなければそこまで困りません。まあ、そもそもローグ様の時は上手く魔法をかけられましたが今回も成功するとは限りませんし」
ミルはそう言うと。杖をかざして呪文を唱える。
失敗する可能性は高い、それは分かっているがやらないよりましだ。
ふわりと杖から光が溢れて狼に吸い込まれるように降り注がれた。
「どうだ……?」
すると、狼の体がビクビクっと震えたあと、段々と苦しそうに荒く息をし出したがすぐに治まる。しばらく見守っていると傷口が段々治ってきたのが分かる。
そうこうしている間に狼は何もなかったように起き上がり、不思議そうな顔をしてミルを見た。
「よかった。上手くいったみたい」
ミルはホッとしたように言って顔をほころばせた。
「そうか。よかった」
ローグもホッとしたように言った。
「あ、ローグ様すいません。我儘を言ってしまって。自分でもこんな甘ったるい事、ただの偽善だって分かっているんですが……」
「気にするな。ミルのその優しさのおかげで俺も命が救われたんだ」
ローグはそう言って微笑む。自分を殺そうとしていた狼に同情するなんてと驚いたが、そのまま見捨ててもおかしくない死にかけだった猫をミルは助けた。
それを見てもミルがそう言う人間だということが分かる。
そして、そのおかげでローグは今ここにいるのだ。
「ローグ様……」
「結果がどうあれ、俺は感謝してるよ」
ミルはその言葉で気持ちが暖かくなる。こんな事を言うと怒られるかもしれないが、遠い存在だったローグが協力して行動するようになってとても身近で親しみを感じられるようになった。
狼が興味深そうにクンクン匂いを嗅ぎに来た。ミルは恐る恐る手を出し頭を撫でる。
「えーっと、お座り」
ミルがおずおずそう言うと、間髪入れずにすっと座った。
「え?わ!」
しかし、それと同時に側にいたローグもしゃがむ。
「あ!ローグ様すいません。立って下さい」
「はは、使役獣が二体になると、こんなことがおこるんだな」
「本当に申し訳ありません。これはある程度私が訓練すれば解決できると思います」
「そうなのか?」
「ええ、これも学校で訓練するんですけど、私は出来なかったので……」
「なるほど、そんな事もできるんだな。そう言えば狼に噛みつかれたあと、ミルの方を見ていなかったのにミルが今どんな状況なのか分かったんだ、あれはなんだったんだ?」
ローグが不思議そうに聞いた。
「ああ、それで私に飛び掛かってきた狼を蹴られたんですね」
「そうだ。それで、考える前に体が動いてた」
「それは、使役主と使役獣の間には魔力の繋がりがあるので、感覚や視覚を共有することが可能なんです。使いこなせれば遠くにいても相手の大体の場所とか状況が分かることもできます」
「それは、便利だな」
「でもこれにも多少の訓練が必要になります。今回は命の危機があったから無意識にしてしまったんでしょうね」
「なるほど、そうなのか」
驚いたようにローグが言った。
「本来なら使役をしたらその訓練をするものなんです。鳥とか飛ばして周りを警戒したり何かを届けさせたりすることもあります。でもローグ様にはそんなこと必要ないですし。なのでなにもしなかったんです」
「ああ、確かにな。でも、何か危険な目にあうこともあるかもしれないし、ある程度は分かるようになっていた方がいいかもしれないな」
ローグは思案しながら言った。この先何があるか分からない、準備しておいても困りはしないだろう。
「ううん、そうかもしれませんね。そんな危ないことは起こらない方がいいですけど」
「……そうだ。少し思ったんだが、意識が共有できるって事は言葉を伝えることは出来ないのか?」
「言葉ですか?」
「ああ、猫の姿の時に喋れないのは不便だろ?でも、ある程度伝えられれば、人間になる薬も節約できる」
前足で叩いてある程度、意思疎通は出来るが限界がある。人間になる薬も今回沢山取れたとしても無限ではないのだ。
「なるほど……でも学校で習った限りではそんな事できた事例はありません。本で読んだかぎりでもそんな事できた例はないはずです」
「それじゃあ、無理なのか……」
「そのはずです……でも。もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「いえ、使役で分かっていることは動物の事でしか分かってないんです。人間に関しては資料もない……動物は言葉は使えません、だから出来ないと思い込んでいるのかもと……」
「なるほど、言葉を伝えられないのか言葉を使わないからだったら、俺達なら言葉を伝えられるかもしれないってことか」
「もしかしたら、訓練次第で出来るかもしれません。言葉を伝えるのは難しいかもしれませんが。やってみて損はないかと……っあ、そうだ。ローグ様お怪我は大丈夫ですか?」
色々あって忘れていたが、ローグは狼に喉元を噛まれていた。
「ああ、もう治ったみたいだ。跡形もない。それにしても便利だな、怪我もすぐ治ってしまうし、主の状況や見ているものも分かるなら、戦う時はかなり有利になる」
ローグは剣術や戦闘が得意ではなかったので、それがカバー出来たのは特に魅力的だった。
「便利だなんて……死ななくっても一生主人に縛られることになって、自由もなくなるんですよ。引き換えにもならないですよ」
ミルは困った顔で言った。使役者にとっては都合がいいが使役動物にとっては全てを主に握られてしまうのだ。そんな事は許されることではない。
「俺にとっては城にいるより、自由を感じるけどな……」
ローグがぼそりと言った。
「え?なんですか?」
「いや、なんでもない。それより薬草を早く採りにいかないか?大分時間を食ってしまった」
「あ!そうですね。早くしないと、ローグ様も猫に戻ってしまいますし」
ミルはあわてて落してしまっていた荷物を拾い、歩き出した。狼も大人しく付いて来る。
その後の道中は順調に進んだ。目的地にもすぐに到着でき、目的の物も沢山手に入った。
「少し残っているがいいのか?」
「採り過ぎてしまうと、次が生えないのでこれくらいがいいんですよ」
「それもそうか」
そうして二人は帰路についた。
帰りもなにも起こらなかった。おそらく狼を連れていたのも大きかったのだろう。森の中でも強い狼だから当たり前かもしれない。
森から出たところで丁度ローグは猫に戻った。ミルは間に合ってよかったとホッとして、狼はまた少し不思議そうな顔をした。
一人と二匹が家に戻った時にはへとへとになっていてすぐにベッドに横になった。狼もここで寝てねとミルに指示されるとそれに素直にしたがった。
そうして、色々あったもののなんとか城に行く準備は整ったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます