第16話 薬草を採りに行く
二人は早速、素材の採取に向かう準備をする。
ミルは急いでローグが使えそうな服を探したり、装備を整え、森に入る準備をした。
そんな事をしていたら、あっという間に日が沈む。移動の事も考えて二人は出発した。
「ロマ、狭くないですか?なにか不便があればいつでも言って下さい」
「ニャオン」
ミルは手に持っていた籠を覗きこんで言った。中に入っていたローグは一回籠を叩いて大丈夫というように鳴いた。
人間になる薬は一つしかないので、森に入るギリギリまで使わない予定だ。
ローグはミルの家に来て以来初めて外に出た。そのせいか籠から顔を出して興味深そうに周りをキョロキョロ見ている。
そのしぐさが可愛くてミルはこっそり笑う。猫の正体が王子だとわかったから、もう出来ないが、可愛い後頭部を見ていると思いっきり撫でたくなってしまう。
「それじゃあ、行きましょう」
流石に失礼なのでミルはぐっと堪えて、早速出発する。
灯りを持ってしばらく歩くと、森の入口に着いた。
「じゃあここから、お願いしますね」
ミルはそう言って籠から出たローグに人間になる薬を振りかける。煙が立ち上がって、人間のローグが現れる。
「ああ、頑張るよ」
ローグはミルからローブを受け取った。他の人間は滅多にいないが一応用心のためにフードをかぶる。
因みに服装は人間に戻ると王子の時の服をきている。だから一応剣も持っていた。
王子として持っていたものなので品質は良いものだし、身を守るには十分だ。服は目立たないものに着替えている。
「場所はこっちです」
ミルは指さして歩き出す。
「ああ、分かった。それから、先頭は俺が歩く。灯りも俺が持つよ」
「え?いや、そんなこと」
「何いってるんだ、危険な事から守るために来たんだからこうするのは当然だ。それにミルに何かあったら俺も死ぬことになる。何があってもミルは自分の身を守ってくれ」
ローグはそう言って、ミルが持っていた灯りを手に取り歩き出した。
「は、はい……」
ミルは慌てて追いかける。そこまで言われてしまったら、反対もできない。
それでもミルは、王子を先に歩かせて灯りまで持たせている状況は気持ちが落ち着かなかった。
「そう言えば今から採る素材はどんな物なんだ?」
先を歩きながら、ローグが聞いた。
「えっと、見た目はスズランに似ています。でも月の光を浴びることで魔力が宿っていて発光しています」
「へえ、そんな見た目なのか」
「ええ、だから見つけたらすぐにわかりますよ」
「なるほど、それはなおのこと、夜じゃないとみつけられないな」
夜に向かうのはそれも理由なのだ。
「そうなんです。しかもその花は人間の手が掛かっていないことが条件で、なおかつ何日か月光を浴びていないといけないんです。そして、満月の夜に採ることで一番効果を発揮する薬草になるんです」
「だから、余計に今日じゃないとダメなんだな」
ローグはそう言って頷く。
「しかも、森の奥深くじゃないと採れないので、採りに行くのも一苦労で……」
だからミルは人を雇っていたのだ。女の子一人では危険すぎる。
しかし、そこまで辿り着ければかなりの量が手に入るので、その採取が成功すればしばらくは採りに行かなくてすむのだ。
「それにしても、そんな貴重なら他の誰かに採られてたりはしないのか?人と会ち合わせする方が困る」
「それは大丈夫だと思います。実はこの薬草は手に入りにくいですけど、薬草としてはそんなに使われて無いんです。飲むにしても毒性が強くて扱いにくいし、使われる薬も特殊なものが多くて……」
確かに人間に戻る薬なんて、使い道が滅多にない薬だろう。
「なるほど。そう言えば魔法薬を作る薬草師自体少ないものな。こんな王都から離れた森にわざわざ採りに来る人間なんて滅多にいないか」
「そうなんです」
ミルは苦笑しながら答える。
薬草師は魔力のあまりない魔法使いがなる職業で、なおかつ魔法薬を作るのは手間がかかる。
魔法薬事体は保存もきくし便利なのだが、なりてが少ないのも問題だ。
使いこなせばかなり便利なのだが、他で代用できたり使いこなすにはかなりの知識が必要なのも理由だ。
それに王都など、大きな街にいる薬草師は人気のある使い勝手のいい薬ばかり作るので、こういった薬草は知っている人自体少なかったりする。
「そう言えば、ミルは魔法薬を作る以外の魔法は使えないのか?」
ローグはミルに拾われてから、ミルが魔法薬を作る以外で魔法を使っているところを見たことがない。
しかし、ローグが知っている魔法使いは何か杖のようなもので火をおこしたり風を起こし、攻撃に使ったりするのが当たり前だった。
まあ、ローグの身の回りにいた魔法使いは王立軍の兵士なので、それ自体あまり一般的ではないかもしれないが。
「一応使えますよ。ただ、学校で習ったとき……かなり下手で。使うと必ず失敗するのでその後始末で時間が取られてしまうので、この仕事を始めてからほとんど使ってません」
ミルはまた苦笑しながら言った。
学生時代を思い出すと、その手の魔法は失敗したという記憶しかない。それが自由に使えれば薬草を採りに行くのも簡単なのだが、それが出来ていれば薬草師にはならなかったとも思うのでなんとも言えない気持ちになる。
「でも、動物を使役したら上手く魔法が使えるようになったって言っただろ?今なら使えるんじゃないか?」
「あ……確かにそうかもしれません」
普通の魔法を使っていなかったが当たり前で、試すことさえしていなかった。
早速、ミルはいつも使っている杖を取り出す。
記憶をたどって学校で習った呪文をいくつか思い起こした。
何度も試したし、簡単な魔法なら短い呪文で使える。簡単な分規模も小さいから試すには丁度いい。
軽い気持ちで呪文を口にした。
その時、突然二人の周りに嵐のような突風が吹いた。
「っ!うわ!」
「きゃ!」
勢いが凄すぎて周りの木の枝が折れる音までする。
ローグの持っていた灯りも消えそうになった。軽く風を起こすだけのつもりだったのにまさかこんな凄い風になるとは思わなかった。
風はすぐに治まる。
「す、凄いな……今のはミルがやったのか?」
風で髪がぐしゃぐしゃになったローグが驚いた顔をして言った。
「わ、私もびっくりしました。こんな風を起こすつもり無かったのに……」
起こした本人のミルが一番唖然としている。この呪文でこんな突風が起こるなんて思ってもいなかった。
「他の魔法使いが魔法を使っているところは何度かしか、見たことが無いがこんなに凄いのは滅多に見ないぞ……もしかして、ミルは魔力が高いのか?」
「魔力の量は正確に計ったことがないので分かりません。でも、これを見るともしかしたら高いのかもしれません……」
魔力がある人間は貴重だ。一種の才能があると言っていい。
この国の人間は10歳になると一律に魔力検査を受ける。その検査で、魔力が規定以上あると分かると魔法学校に入学できるようになる。
ミルもかなりの田舎に住んでいたが、その検査で魔力があると分かって王都の魔法学校に入学した。
魔法使いなんて田舎者にとっては憧れの職業だ。
しかし、蓋を開けてみると使役一つできない落ちこぼれになってしまった。
「今のを見るとその可能性は高そうだな」
魔力が高いと簡単な魔法でも威力は高くなる。本来なら、威力のコントロールは学校で習うのだがミルはそれすらも出来なかったので、あんな風が吹いたのだ。
「私もこれほどの威力になるなんて思いませんでした……」
「こんなに凄いなら、俺がついて来なくても大丈夫だったんじゃないか?」
ローグが苦笑して言った。
「うう、流石にそんな事は……っていうか、咄嗟に魔法を使えないのでやっぱり無理ですよ」
ミルは困った顔で言った。いくら威力のある魔法を使えても慣れていなければすぐに対抗できないし、そもそも魔法は呪文を唱えないと発動しないのでタイムラグが出来る。
魔法使いは一人で戦うのは向いてないのだ。
「ああ、確かに軍でも魔法使いは後衛に回るからな。じゃあ、何かあったら援護を頼む」
「はい!頑張ります」
そう言って二人はまた歩き出した。
ローグが王子と分かって、ミルは最初緊張してまともに話せなかったが、最近は慣れてきたのかこんな風に会話できるようになってきた。
それでもやはりあの美しい顔を見ると、うっかり見惚れそうにはってしまう。
「今は夜だからあんまり見えないけど、本当綺麗だから……」
「うん?どうした?」
「い、いえなんでもないです!行きましょう。もうすぐです」
真っ暗な森の中で危険もある道中だったが、二人の間にながれる雰囲気はとても穏やかだ。
しばらくすると、歩いていた道が途切れて、なくなった。
「道がここでなくなっているが……」
「あ、ここからは分かりにくいですけど、この獣道を進むんです」
ミルがそう言って指さしたところには確かに細い道のようなものがあった。しかし、茂みに覆われていて、言われて初めて気付くくらい細くて分かりにくい。
「なるほど……」
「ここから、方角と星の位置を頼りに歩くことになるので、気を付けて下さい。まあ、今日は運がいいことに晴れて月も明るいので大丈夫だと思いますが」
「分かった」
そこから、二人はさらに慎重に先に進んでいく。
暗い森は、進むにつれてさらに暗くなっていった。人が滅多に来ないせいか道もどんどん分かりづらく、ローグは剣を敵では無く枝や木を切るために使わなければならなかった。
「うう、すいません。王子にこんなことさせてしまって……」
「これくらい大丈夫だよ」
「あ、そうだ。魔法で燃やしてみれば……」
ミルはいきなり物騒なことを言い出す。
「いや、さっきの事を考えると、大火事になって大変なことになる、止めておけ」
「う、確かにそうですね……」
ミルはまだ、自分の力をコントロール出来ていない。それなのに、こんな所でそんな事をしたら火に巻かれて大変なことになりかねない。
とはいえ、道はどんどん険しくなってきて進みづらくなってきた。
「も、もう少しのはずです……」
「そうか、でも思ったより時間がかかっているな……早くしないと、猫に戻ってしまう」
「そうですね……ん?」
「どうした?」
ミルが何かを見つけ、暗闇に目を向ける。
「何か……動いたような……っ!きゃあ!」
突然何かが真っ暗な暗闇から飛び出してきたのは狼だった。
「ミル!危ない!」
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