第15話 王都に行く準備 2
バサバサ!と外で鳥が羽ばたいた音がして、俺はハッと目が覚めた。
(いつの間にか眠ってしまっていたのか……)
起き上がって伸びをする。大きなあくびが出た。
ここは部屋の中だが天窓があって丁度陽があたる場所だ。
ミルがここは暖かくて気持ちがいいですよと言って、寝床にしている籠を置いて行ったのだ。
別にそんな必要ないのにと思ったのだが、せっかくだからとそこで丸くなっていたら、本当に暖かくてうっかり眠ってしまったのだ。
「ミャフーー」
あくびがまた出て変な鳴き声になる。本当は考え事をしたかったのだが全く進まなかった。
なんとか頭を振って眠気を取る。人間の姿の時はこんなこと無かったのに、猫になってから寝てばかりの気がする。
気を取り直して、寝る前まで考えていた事を思い起こす。
(たしか……どうやって城に入るか、その方法について考えていた)
王城は高く分厚い壁で囲まれていて、出入り出来る門は限られている。その門も常に兵士が見張っていて、文字通りネズミ一匹入り込めないようになっているのだ。
(ネズミも入れないとなると、猫の自分でも入れそうにない……)
出入口は全部で三つある。一つは城の正面にあり、貴族や王族が出入り出来る門だ。大きくて豪奢な門があり、常に何人もの兵で守られている。とても大きな門で入り込む隙間はあるからなんとかダッシュして突破することは出来るだろうが、すぐ捕まって外に放り出されるのが落ちだろう。
そして、もう一つの門は城の裏にある門だ。この門はもし万が一城が襲われた時に逃げるために作られた門だ。ひっそりとした場所に作られていて、この国の人間でも知らないものもいるだろう。それぐらいひっそりとした場所にある。ほとんど使われないから見張りの兵も一人くらいしかいない。
しかし、この門は深い堀の向こうにあって跳ね橋をかけないと渡れない仕組みになっている。しかもその跳ね橋も門も中からしか動かせないのだ。
ここの門からの侵入もほぼ不可能と思っていい。
「ミャー」
またもや眠くなってきたので慌てて座り直して、伸びをする。見よう見まねで本物の猫のように前足をつかって顔を洗ってみた。上手く出来たか分からないが、少し目が覚めた気がする。
チラリと寝床の籠を見る。キラキラと日差しが差し込んでいて気持ちよさそうだ。つい誘惑に負けそうになったがぐっと堪える。
(城で仕事していた時はこんな事なかったのに……ここは静かで心地が良すぎる……)
なんとか考えを再開する。
城に入る出入口で残りのあと一つの門は、正面の門から少し離れたところにある。
その門は基本的に、城で働く使用人や城に商品を卸す商人の出入り口だ。ここは常に人が出入りしていて常に空いている。
(城に入れるとしたら、ここしかない……)
勿論、この門にも兵は沢山見張っている。しかし、常に人や物が出入りしているのでなにかしらの隙はできるはず。
それが、なんとか出来れば後は話は早いのだ。
なんせ俺は生まれたときからあの城で暮らしていた。中の構造は熟知しているし、見つからずに兄上の所に行くのは造作もないのだ。
(やはり、一番の問題は城にどうやって入るかだ……)
やはり、一度王都に行って実際に見て探してみるべきだろう。
可能性は低いが、探せば猫が入る隙間くらいはあるかもしれない。
(でも……入れたとして兄上に会っても果たして信じてくれるのか……)
兄の顔を思い出し、ついでに王妃や城の中の事を思い出す。
(あそこに戻るのか……)
あそこにはあまりいい思い出がない。
(それに、最終的に元に戻れたとして……俺は……)
その時、遠くてパタパタと軽い足音が聞こえて、耳がピクリと動いた。音がした方に顔を向けて耳をピンと立てる。
数日しか一緒にすごしていないが、あの足音はミルだとわかる。
(買い物もしてくると聞いていたが、随分早く帰ってきたみたいだな)
それとも、思っていたよりも長い時間眠っていたのだろうか。
足音が段々近づいて来た。これも猫の体になったからなのか耳が人間の時よりよく聞こえる気がする。
パタパタという足音は随分早い。走っているのだろうか?と思ったらドアをバタンと開ける音がした。
「ロマ!お城に入れることになりました!」
ミルは部屋に入って来るなりそう言った。
俺は驚いて思わず目を見開いた。今、まさに考えていたことだ。
ミルは興奮したように説明し始める。
なんでもミルの作った魔法薬が評判になり、城に出入りしている商人に魔法薬を売ってくれないかと言われたのだそうだ。
(まさか、こんなにあっさり問題が解決するとは……)
そこで、薬を売る値段を安くするので城に一緒に連れて行ってくれないかと依頼したらしい。
「最初はなぜ城に入りたいんだと怪しまれたんですけど、お客さんの意見とか今後のために要望を聞きたいって言ったら納得してくれて……それでなんとか一緒に連れて行ってもらえることになったんです」
ミルは嬉しそうに話す。
「これで何とか城内に入れますよね?」
「ニャ」
「あ、すいません。流石にこのままじゃやり難いですね。今人間に戻します」
ミルは慌ててそう言うと薬を持ってきて俺にかけた。すぐに煙が立って人間に戻った。
「ありがとう。それにしても、城に入れるようになったのはありがたい。さっきもどうやって入るか考えて痛んだが、全くいい案が浮かばなくて困っていたんだ」
「相談もせずに勝手に決めてしまってすいません」
落ち着いたからか、ミルは申し訳なさそうに言った。
「いや、進めてくれてよかった。城に入れるかどうかが一番の問題だったんだ。これで状況はよくなるかもしれない」
「よかった……」
ミルはホッとしたように言った。事実これで問題の半分が解決したと言ってもいい。後は兄上にこの状況を信じてもらえるかどうかだ。
「それで、城に入れるのはいつになりそうなんだ?」
「それが、今は本当に王城が王が亡くなられたことで混乱しているみたいで、今すぐには無理だろうって話で……入れるようになったら連絡をくれることになりました」
ミルは申し訳なさそうに言った。
冷静に考えればこうなることは当然だ。もし自分がこんな状況じゃなく王子として城にいたらそう手配していただろう。
「大丈夫だ、しばらくと言ってもそんなに長くはならないだろう。城の中でも人の出入りが少なくなるのは城の中の人間も困るだろうからな。それまでに準備が出来るから、むしろ良かったかもな」
そう言うとミルの顔が明るくなった。
「そうですね。私、頑張ります!」
「助かるが……あまり無理はするな。それから、俺にも何かできることがあったら言ってくれ、まあ、猫の姿だと何も出来ないが……」
「そ、そんな。めっそうもないです。ローグ様に何かしていただくなんて恐れ多いです」
「しかしな……」
「ほ、本当に大丈夫ですよ。魔法が快適に使えるようになったので薬を作るスピードも早くなったのでなんとかなります」
ミルはそう力説する。俺はそこまで言われてしまったら仕方がないと苦笑しつつ言った。
「そうか。じゃあ、頼む。でも何か出来ることができたらいつでも遠慮なく言ってくれ」
「はい」
そうして、俺達は城に入るために準備を始めた。
**********
準備は順調に進んだ。
ミルは魔法薬を作ったり新商品の開発をした。
そのほかには、城に入ってどうするかの作戦を話し合った。入れれば順調に兄上の所には行けるだろうが、最悪の事も考えておいた方がいい。
そのためには色々なパターンを予想しておいて、そうなった場合どうするか決めておく必要があった。
それに一度目で成功するとは限らないし、何度も出入りする可能性も考慮しなければならない。
ミルは準備で忙しそうにしている。
しかし、森の中は静かで家も平穏そのものだった。
このまま順調に城に行くことができるかとおもいきや、問題が起きた。
「申し訳ありません、まさかこんなことになるなんて……」
ミルががっくり肩を落として謝る。
なんでミルがこんなに落ち込んでいるのかというと、ローグを人間にする薬の材料が足りなくなったのだ。
この薬は王城に入って第一王子に会う時に必ず使うので絶対に必要なのだが、その材料がなくなった。
しかも、その素材はかなり手に入りにくいものなのだ。
「その、素材はどうすれば手に入るんだ?なんで手に入りにくいんだ?高額だからとかか?」
素材が足りなくなったと分かったのは、王城を出入りしている商人から王城に入れる日が決まったと連絡があり、それに向けての作戦を話し合っていた時だった。
大体はもう決まっていたから細かいところを詰める作業だったのだが、途中で人間になる薬はどれくらい必要かと話していて、ミルが確認して発覚した。
「高額ではありますが、問題はそこではないんです。払えるだけのお金は、一応ありますので。問題はそれが手に入る期間が限られていることと、私一人ではそれを手に入れるのが難しいという事なんです」
ミルはそう言って詳しく説明しはじめた。その素材は満月の夜にしか採れないもので、採れる場所も危険な場所にあるらしい。
だから、その素材を手に入れる時は事前に冒険者を雇って採ってきてもらっていた。
お金があれば解決はするが、問題なのは満月が今日なのだ。今日を逃すと次はかなり先で城に入れる日は当然すぎてしまう。
今から人を雇う時間は勿論ないという訳だ。
「薬はあとどれだけ残っているんだ?」
「……一回分だけです……」
ミルは泣きそうな顔で言った。
一回であれば兄上と会える時にだけ人間に戻ればいいから、なんとかなるといえばなる。しかし、一回だけというのは何かあった時に不安だ。城に行くまでに一度も人間に戻れずにいるのも心配になる。
「……その素材、俺達で採りにいけないのか?俺はそこまで剣の技術は無いがそれでも、ミルを守ることぐらいなら出来ると思う」
「え?直接ですか?」
「最後の一回を使うことになるが、その素材があれば沢山つくれるだろ?それとも、俺一人ではどうにもならないくらい危険なのか?」
「あ、いえ。危険なのは真夜中に森に入らないといけないからです」
確かに女性一人だと危険だが、それなりに準備と腕があれば可能だ。
「それなら大丈夫だ。行こう」
そんな訳で、二人で素材を採りに行くことになった。
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