第18話 王都に行く

人間に戻る薬は作るのに少し時間がかかったものの、すぐに出来あがった。

これで、城に行く準備は完了した。

城に持っていくための商品も出来上がったといったところで、城に行く日になった。


「よし、準備出来ました。少し、緊張しますけど頑張りましょうね」

「ミャオ」


ローグは同意するように鳴いた。

城に行く手順はこうだ。

いつものようにジョージに村まで送ってもらい。そこから店主に紹介してもらった商人と合流して城に向かうことになっている。

森で使役した狼も横に大人しく座って準備している。今日のために体も綺麗に洗った。

名前も付けた。ロウだ。


「ロウも一緒に来てもらうけど大人しくしていてね」


そう言って撫でると「クゥーン」と鳴く。

言葉は分かっていないまでも、ローグのことは慣れていてきて、お昼寝する時はローグと一緒に寝るくらい仲良くなっていた。

しばらくすると馬車の音がしてジョージが来てくれた。

いつも通り挨拶して乗せてもらう。


「それにしても、王城に商品を売りに行くなんてミルちゃんも出世したな。もし王族の方にあったら、よろしく言っておいてくれ」


村に到着すると、ジョージは冗談めかして言った。

ミルは笑って「そうしますね」と言って降りる。

そうして、今度はもうすでに来ていた商人と合流した。


「今日はよろしくお願いします」


ミルは緊張した面持ちで言った。王城に入るということが現実味を帯びてくると、やはりドキドキしてくる。


「ああよろしくね。商品はそれかい?」

「はい!これで足りますかね?」


持ってきた商品は元々打ち合わせしていた分を持ってきた。


「ああ、大丈夫だよ。もし足らなくても最初ですから、むしろ人気の品だと思ってもらえるので、それくらいで丁度いいかもしれません」


商人は訳知り顔でウインクして、いたずらっぽく言った。考え方が流石商人といった感じだ。


「なるほど」

「上手くいけば次に繋がる。そこらへんの値段や交渉は私がやります。ミルは商品の説明を頼みましたよ」

「は、はい。頑張ります」


こうして今度は商人の馬車に商品を乗せて、王都に出発した。王都までは少し時間がかかる。馬車に揺られ、だいぶたったころ大きな街に着いた。


「王都……久しぶりだ……」


王都には魔法学校があり、ミルはここに一時期住んでいた。だから少し懐かしさすら感じる。

魔法学校は寮だったが、街には買い物に行ったり、お金を貯めるためにギルドで依頼をこなしたりしていた。学生の時は勉強とお金を稼ぐことに必死だったが、今思うと楽しかった思い出になっている。


「着いたよ」


街に入りまた更に馬車に揺られ、しばらくしてやっと城に着いた。

朝早くに出たのに、お昼も過ぎてしまった。軽く食事をしてから王城に入る。

城の脇にある、使用人や商人が入る門から入るのだが、そこは商人たちや使用人たちの行列ができていた。

門では厳しい検閲があり、荷物を調べられる。

しばらくしてミル達の番が回ってきた。

運のいいことに、連れてきてくれた商人が何度も来ているせいか顔見知りで、魔法使いだと紹介され連れているのは使い魔だと紹介してくれたら簡単に信じてくれた。


「流石、優秀な魔法使いなんですね。二匹も使い魔を連れているなんて」


そう言って感心までした。

ミルとしてはいままで落ちこぼれとしか評価されなかったので、なんだか変な気持ちになった。

城に入ると、途端に忙しくなった。

連れてきてくれた商人は城で働いている使用人達を相手にしている商人だ。

だから、城にある広い中庭で露店を開く事になっている。お客様は基本的に使用人や城で仕事をしている貴族だ。城で働いている使用人も身分がそこそこ良い人ばかりだ。

商人は基本的に宝石や装飾品、珍しい食べ物を売っていた。

ミルはその片隅に商品を置かせてもらうことになった。

商品が並ぶと、本格的に店になってミルも少し緊張してきた。

その時ローグが小さく「ミャオ」と鳴いた。


「あ、ロマ。もう行くの?」

「ミャ」


頷くようにローグが鳴いた。ローグにとってはここからが本番だ。

ここでローグはミルと別れ、城の中に侵入する予定だ。


「気を付けて下さい」


こっそり小声でそう言うミルの声を聞きながら、ローグはこっそりそこから離れた。


**********


ミルから離れて物陰に隠れた俺は、ぐるりと周りを見渡す。城は見慣れていたはずだが、自分の体が小さくなっていた事を忘れていた。

何だか知らない場所のように感じる。


(しかし、そんなこと言ってられない……)


一度落ち着いて、周りを確認する。ここは城の中庭だ。兄上のいるであろう部屋は城のもっと奥の高い塔にある。ここで過ごしていた時の記憶を思い出して、そこまでどう行くべきなのか頭で組み立てる。

いつも通りの扉や道は、おそらく無理だ。


(猫の姿だから見つかったとしても、逃げられるだろうが扉はかなり頑丈で重いから、そもそも開ける事が出来ない)


特に兄上の部屋は何人もの兵士が見張っていて、重厚な扉がある。

これは、普通に考えれば猫の姿では絶対に無理だ。だからと言って元の姿に戻って向かったらかなりの騒ぎになってしまう。殺しの容疑をかけられていなければ、それも出来ただろうが今は無理だ。

それならばどうするのかというと、城というのは常に何者かに襲撃されるという危険を想定して作られている。


(城には一部の人間しか知らない抜け道がある。今日はその道を使う)


俺は、子供の時微妙な立場の所為で、使用人の数は少なく、周りに人がほとんどいなかった。

だから、その暇つぶしに城中を探索していたのだ。その中で、この抜け道を見つけた。

大人や、王妃に見つかることもなく移動できたので、とても便利だった。

その道は兄上がいる部屋にも通じている。王が執務を行う部屋だから当然だ。


(中庭の出口があそこで……あの建物がこっちだから……ここの生垣をくぐれば……)


俺は幼い時の記憶を引っ張り出しながら計画をたてる。時間的に兄上は執務室にいるはずだから、今がチャンスだ。急がないと。


(後は……兄上になんて言って説明するのがいいのかが問題だな……)


状況は複雑だ。下手に説明を失敗すれば王を殺した罪を背負わされかねない。

勝算があるとしたら、兄上はいつも冷静で頭もいいところだ。

怖い人だし厳しい人ではあるが、理不尽に怒ったりするような人ではない。



(そう言えば……子供のころ……)


ふと、初めて兄上に会った時の事を思い出した。

大人がほとんど周りにいなかった俺は、兄がいることもしばらく知らなかった。王妃がわざと会わせないようにしていたのもあったのだろう。

俺はそれも知らず、無邪気に城の中を探索していた時、偶然兄が住んでいる部屋の庭に迷い込んだ。そこで初めて、兄上と顔を合わせることになった。


(……あの時の事はあまり思い出したくない……)


思わずため息が出た。眉間に皺が寄っているのが自分でも分かる。

色々心配な事はあるが、他の人間で信用できる人間もいないのだ。


(考えても仕方ない)


俺は気持ちを切り替えて、執務室を目指して進む。

執務室までは予定通り順調に進む事が出来た。通路はほとんど誰も使っていなかったせいか埃や蜘蛛の巣が張って汚かったが、問題はそれくらいだった。


(よし、着いた……この壁の向こうに兄上が……)


耳を澄ませるとかすかに何かを書いている音が聞こえる。しばらく様子をうかがっていたが、幸いな事に今は部屋に誰もいないようだ。


(よし、今だ…………あれ?)


いざ部屋に入ろうとして扉を押したが動かない。

その扉は隠し扉で外からはただの壁に見えるようになっているのだが、その扉が重くて開かないのだ。しかもよく見ると、俺がいるところから引いて開けるものだった。

目的が目前に迫っているのに、こんなところで立ち往生するなんて思わなかった。


(っくそ!)


俺はやけくそ気味に必死で爪で引っ掻いて開けようとした。なんとか隙間に爪を食い込ませて引っ張るが、少しガタガタ動いただけで開かない。


『うん?何の音だ?』


必死に開けようとしていたら、その音が聞こえたのかそんな声が聞こえた。

どうやら兄上が音に気が付いたようだ。扉の外で立ち上がった音がして扉が開いた。


(助かった!)


俺は開いた途端、狭い隙間をスルリと抜けて部屋に入った。


「猫?……どこから入ったんだ?」


兄上が不思議そうに言ったが、俺は間髪入れず首に付けていた小さな瓶を開け、人間に戻った。


「ローグ!!!っむぐ」

「兄上、静かに!」


驚いた兄上の口を慌てて塞いでそう言った。


「お願いします。色々あったんですが話を聞いて下さい、俺は王を殺してないんです……信じて下さい」


ここが勝負所だ。口をふさいだまま、少し待つ。

兄上は眉間をしかめてしばらく考えたあと、小さくうなずいた。


「じゃあ、離しますね。……しばらく人は呼ばないで下さい。兄上には何もしません。お願いします、何があったのか話しますので」


俺はそう言いながらそっと手を離した。ここで叫ばれたり人を呼ばれたら終わりだ。

ドアの外には沢山の兵がいる。


『殿下?何かありましたか?』


隠しドアを開けたり口を塞ぐので多少物音がしたからなのか、控えていた使用人が声をかけてきた。

俺は緊張する。これで兄上が返事をしなかったら、兵が不審に思って入って来てしまう。


「何もない。しばらく一人になりたい。誰も通さないでくれ」

『はい、かしこまりました』


兄上がそう言ったので控えていた使用人はそう返事をして下がった。

どうやら、兄上は俺の話を聞いてくれるみたいだ。

ホッとしたのもつかの間、兄上が言った。


「お前、本当にローグなのか?」

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