第19話 過去と証明
『お前、本当にローグなのか?』と言われて、俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。
「も、もちろんそうです。どうしてですか?」
「いきなり猫から人間になったんだぞ。本人と同じ姿だからだといって本人の証明にはならない。猫になれるならローグそっくりに変身することだって出来るだろう」
そう言われて、確かに疑うのは当然だと思い至る。兄上からしたら、弟が突然いなくなり、城内で父が殺されてしまった。そして、その犯人が弟の可能性があるのだ。全てを信用できなくても仕方がない。
兄上は眉を顰め、こちらを警戒するように見ている。
「しかし、証明と言ってもどうすれば?」
いきなり言われても思い付かない。服も姿も偽装しようと思えばいくらでもできるとなれば、何をすれば信じてもらえるのか分からない。
「……何か俺とお前しか知らないことを言えないか?それがあれば、多少は証明になる」
「俺と兄上しか知らないこと……」
考えてみたがぱっとは思いつかない。
「そうだ、何かないか?」
兄上はこちらを試すかのように、こちらを見ている。厳しい目つきだ、失敗は許されない。
慌てて、何かないかないか考える。
そもそも兄上と俺はあまり接点がない。接する時は王族として仕事をする時ぐらいだ。常に使用人とか部下が周りにいるので、二人っきりになることも少ない。
しかも、二人っきりになったとしても特にプライベートなことを話した記憶もなかった。
そこで、ふと思い出した。さっき思い出していた子供の時の記憶だ。
「兄上、子供の時。俺と初めて会った時の事を覚えていますか?」
その日、兄上と初めて会った時、俺はいつもより遠くまで遊びに出た。遠くといっても今から考えると子供の足で行ける場所だからたかが知れている。
そして、うろうろした挙句に迷ってしまった。
そんな時、辿り着いたのが、小さいがとても綺麗な庭だった。しかも、自分と年の近い子供がいたのだ。
この城にいて、子供を見たのは初めてだった。
俺は嬉しくなって何も考えずに話しかけた。
それが兄上だった。
今思うと、思い切った事をしたなと思うが、子供の時は怖い物をあまり知らなかった。それに好奇心のほうが勝ったのだ。
兄上も驚いた様子だったが、俺を追い返すこともなく相手をしてくれた。
そして、話していくうちに、兄弟だとわかったのだ。
その時、兄上は優しく、色々知らないことも教えてくれた。
(今思えば、あの時俺は嬉しかった……)
今まで一緒に遊べる相手も友達もいなかったから。だから、少しはしゃいでしまった。
話の流れで兄上に、どうやってここまで来たのか聞かれた。それで抜け道があって小さい体を生かしてここまで来たと得意げに言った。
兄はニコニコ笑って褒めてくれた。
俺はそれでまた調子に乗ってしまった。その道に兄を案内しようと手を掴んで、引っ張ってしまった。
兄は足をもつれさせこけてしまった。兄の顔が歪む。
その時、女性の悲鳴が庭に響いた。そこにいたのは王妃だった。
(王妃は俺がわざと兄上を倒したように見えたようだ)
凄い剣幕でどなられ叩かれた。酷い騒ぎになった。
ヒステリックに何度も叩かれ、罰として、数日食事も与えられなかった。
しかし、それよりショックだったのは、あの後兄が熱を出して寝込んでしまったと聞いた時だった。
自分が余計な事をしたからだと思った。
「兄上の庭に迷い込んでしまって、兄上はよくしてくれたのに、俺が怪我をさせてしまった……」
今思い出しても胸が苦しい。俺が何もせず大人しくしていれば、兄上は怪我をする事はなかったはずだ。
後ろめたくて、声が小さくなる。
実はこの後、どうしても兄上に謝りたくてこっそり夜中に兄上の部屋に忍び込んだ。迷い込んだ庭は兄上の部屋の庭だったから、場所は分かっていた。
しかし、兄上は俺の顔を見た途端。それまで見たことがないくらいこわばった顔をして言われた。
『何で来たんだ?もうここには来るな』
そう言われた。
「あの後、また夜に兄上の部屋に行ったのは、謝ろうと思ったんです……その……すいません」
そう言った後、沈黙が降りた。あの後、俺は兄上に会いに行くことはなかったし、あんな風に二人っきりで喋ったのも最初で最後だった。
兄上はまだ黙っている。
もうダメかと思ったが、兄上がおもむろに口を開いた。
「確かにお前はローグみたいだな……」
どうやら分かってくれたようだ。俺は、思わずホッとため息を吐く。
「それで?いったい何があったんだ?」
兄上は落ち着いた態度でそう言った。思った以上に冷静に対処してくれていて、ホッとする。
まあ、もしかしたら静かに怒っているか、呆れているのかもしれないが。
「説明すると言いましたが、俺も分かっていることが少ないんです。順に説明します。まず、妖魔の退治に行ったら、突然兵士の一人が俺に何かの薬を掛けてきて猫の姿に変えられてしまったんです」
「……もしかしてさっきの猫の姿か?」
「ええそうです。一度は捕まり殺されそうになりましたがなんとか逃げて、運よく協力してくれる人間に出会えて今に至るという感じです」
俺がそう言うと兄上は眉を顰める。
「協力してくれた人間?」
「ええ、魔法使いで薬草師をしている人間です。知識が豊富で人間に戻る薬を作ってくれました」
そんな風に、詳しい経緯を話した。それでも、使役された事は流石に言えなかった。
更に、その後王が殺され、自分が犯人にされていることを知ったこと。なんとか商人と繋がりここに入り込んだ事を話す。
「……なるほど。それで、城に入ってここまで来たという訳か。確かにこの道を知っている人間もわずかしかいないし、お前がローグなのは確かのようだ」
「勝手に入って、申し訳ありませんでした。しかし、王を秘密裏に殺せる人間が城にいる可能性がある以上、大っぴらに正体を表すのは危険だと思ったもので」
「そうだな……しかし、お前は俺が王を殺した可能性は考えなかったのか?」
「え?兄上が?」
驚いて聞き返す。
「可能性として、ないわけじゃないだろう。俺はこの城にいたわけだし。俺がローグが殺したと濡れ衣を着せれば、誰も疑わないだろう」
「で、でも。兄上はそんな事をしても何の特もないでしょう?王と対立していたわけでもないですし、あと少しで王位を継承するのに……そ、そうですよね?」
兄上がそんな事をするなんて考えてもいなかったし。思い付きもしなかったが、話していると少し不安になってくる。
確かに兄上にも犯行は可能だ。
「ああ、その通りだ。俺はしていない。だが、それくらいこちらは誰がやったのか分からないんだ」
「さっき言ったように俺じゃないですよ。……証拠はないですけど……」
俺がしていないのは自分だから分かるが、疑われるのも分かる。殺す機会もあったし、違うと証明したくても何もない。
「正直、少し疑っていた。そうであれば、このまま帰って来ないのではと思っていた」
「そ、そんな……」
「しかし、わざわざここに戻ってきたんだからそれはなさそうだ。しかも、猫になっていたのもこの目で見たからな……しかし、そうなると誰が……」
兄上はそう言った後、考え込むようにしばらく黙り込む。
「城では何があったんですか?」
「城の者はお前が犯人だと思って捜索している。証拠も根拠も何もないのだが、母上がそう言い出して……お前も行方不明になってしまったので否定する者もいなくて何となくそういう道筋ができてしまったんだ……」
「……王妃が……」
そんな事だろうと思ったが、頭が痛い。
「俺も、状況が混乱していたのもあって、そのままにしてしまった。しかし、こうなったら調べ直す必要がありそうだな」
そう言った兄上の顔は曇っている。そして、俺の方を見て言った。
「出来ればお前にも手伝って貰いたい。お前を猫にした奴もこの件に関わっているだろう。手がかりもお前しか持っていないしな」
「でも、猫の姿では探せません。それに、敵は俺が猫になっていることを知っているんですよ?流石に危険じゃ……」
「それは、考えがある。お前はしばらく、その助けてくれた魔法使いのところにいろ。そちらの方が安全だ」
どうするのか分からないが、兄上にはなにか考えがあるようだ。
「分かりました……」
その後、今後の細かいすり合わせや打ち合わせをする。そんな事をしていたら、かなり時間が経っていたのか猫に戻ってしまった。
あらかた話は済んだので、俺はミルのところに戻ることにした。
「ミャオ」
挨拶のつもりでそう鳴いて隠し道に向かおうとした時、兄上が言った。
「ローグ、待て」
なんだろうと兄上の方を向くと、ふわりと頭を撫でられた。
「……あの時」
兄上は少し言いよどみながら言う。
「あの時、もう来るなと言ったのは母上の事があったからだ。私が怪我をしたのはお前の所為じゃない……」
そう言った兄上の顔には、後悔が滲んでいた。
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