第20話 疑惑と噂
一方その頃––––
ミルは店の中で、一息ついていた。実は店が始まった途端に忙しくなったが、今は一時的に人が少なくなったので一休みしていた。
「ミルちゃん、どうですか?お疲れではないですか?」
商人が愛想のよい顔でそう聞いた。今日は、いつもよりお客さんが多かったようで、とても満足そうな顔だ。
「少し疲れました。でも色々助けていただいたので、どうにかなりました。ありがとうございます」
商品の説明だけでいいからと言われていたが、初めての事ばかりで緊張してしまって、人も多かったのでそれすら上手く出来ず、商人の手を煩わせてしまったのだ。
「初めてなら仕方がないですよ。それでも上手くやられてた方ですよ」
「それならよかったです」
商人の笑顔にホッとしながらミルはそう言った。
「それにしても、街も少し暗い雰囲気でしたけど、城の中も雰囲気が暗い感じでしたね。やっぱり王の事があったから……」
今日は久しぶりに城に商人が来たからか、笑顔の人も多かったが城の雰囲気はどこかピリピリしていた。
「ああ、そうだろうね。しかも殺したのが第二王子と噂だ……まあ、聞いた噂を考えると気持ちも分からなくわないがね」
「噂?」
ミルは第二王子が王を殺す動機なんて知らない。ミルが暮らしている村は王都から遠い、噂も詳しいことまでは伝わってこないからだ。
王都にいた時も勉強に追われていたせいで詳しいことまでは知らなかった。
「第二王子が王妃様とは別の方の子供というのは知っているか?」
「え、ええ。噂程度には……」
ミルは声を潜めながら言った。
「噂では王はずっとその女性の事が忘れられず……その女性にそっくりな第二王子を代わりにしていた……なんて噂があったんです」
「!えっ……」
あまりのことに大きな声がでそうになって。慌てて口を塞ぐ。
「あくまで噂ですけどね。まあ、第二王子は……その……お美しいかたですから、こんな噂が出てしまったのでしょう」
「……」
ミルは何も言えなくて固まる。確かにローグは顔が整っていて美しい。その美しさは女とか男とかを超えた美しさがある。女っぽいわけでは無いが、憂いを帯びた表情はふとした瞬間、儚げで可憐な女性にも見えるのは確かだ。
「もしこれが本当なら、殺したという話が出てしまうのも分かりますね……」
あの綺麗さなら変な気を起こす男がいてもおかしくない。ローグが父親にそんな目で見られていたとしたら……。
「あら、これが噂の魔法薬なの?」
そんな事を話していると、丁度お客がきた。商人は話を切り上げ、笑顔になってその対応に回る。
「ああ、お客様いらっしゃいませ……魔法薬をお探しですか?」
ミルはさっき聞いた話のせいで、まだ頭が回らずぼんやりしていた。ローグの事を思い出す。
王が死んだ時のローグの反応を思い出すと、ローグが殺したとは思えない。
ただ、たまにとても暗い目をする時があった。王の話をしていた時も少しそんな目をしていた。
「……まさか本当に……噂は……」
「ミャオ」
「!!ロ……ロマ……帰ってきたんですね。お帰りなさい」
考えに没頭していたらローグが帰って来た。ミルは驚きつつ、なんとか平静を装ってそう言った。
聞かれていないか表情を伺ったが、よく分からない。ミルの様子が少し変だったからなのかローグは少し首を傾げた。
ミルは複雑な気持ちになる。ローグが王を殺したとは思っていないが、もしかして城で辛い目にあっていたのだろうか?
そんな事を考えていたら、突然周りが騒がしくなった。
何だろうと顔を上げると、沢山のお付きを引き連れた第一王子が中庭に入ってきたのだ。
この場所は、どちらかというと使用人や地位の低い貴族が集まる場所と聞いていた。
それなのに、この国で一番高貴な人がやってきたのだ。みんな、驚いた顔をして道を開け、深くお辞儀をする。
ミルもそれを見て慌てて立ち上がり、お辞儀する。
第一王子は周りを見回し、ミル達がいる露店の前に立つ。
「で、殿下。な、何か御入用でしょうか?」
流石の商人も緊張した表情をしながら聞いた。
「……仕事の気晴らしに来ただけだ。かまえなくていい」
「さ、左様でございますか」
かまえなくてもいいと言われても、こんな状況で落ち着けないだろう。商人は引き攣った顔でそう言った。
「噂になっている魔法薬はこれか?」
第一王子がミルが作った薬を手に取って言った。
「おお、殿下の耳にも入っていたのですね。ええ、ええ、とても評判ですよ」
「これは、お前が作ったのか?」
第一王子がミルに向かって言った。
「は、はい」
突然話しかけられミルは固まる。まさか、こんな事になるとは思わなかった。噂でしか聞いた事がない人が目の前にいるなんて。
第一王子はローグほどでは無いが、整った端正な容姿をしている。硬い表情なので、威厳があり、少し怖い印象がある。
そう言えば、ローグは王子と無事に話せたのだろうか。
「あれ?ミル、ミルじゃないか?」
緊張していたところで、突然、第一王子の後ろで控えていた人物がミルを見て驚いたように話しかけてきた。
「え?あ!ロスト!」
「知り合いか?」
「ええ、学園で一緒だったんです」
そう、ロストとは魔法学校で一緒だった友達だ。ミルとは違い、とても優秀で才能もある人だった。学園を卒業した後は、王城で働いていると聞いていたが、まさかこんな所で会えるとは思わなかった。
「ロストと一緒だったのか。それなら、この娘も優秀なのか」
第一王子が納得したように言った。それを聞いてミルは慌てる。
「い、いえ。ロストは学園でもトップでしたが、私は最下位で……私は面倒を見てもらったくらいで」
ミルはロストとは違い最初から最後まで成績はギリギリで、それを見かねたのかロストはよく声をかけて助けてくれていた。
特に魔法の実習の時はロストが助けてくれたおかげでどうにかなっていた。彼がいなかったら学園を卒業できなかったかもしれない。
「そんな事ないだろ」
「でも私は使役獣も持ってなかったし……」
「使役獣を……?」
第一王子が少し首を傾げて言った。魔法使いが使役獣を持っているのは当然なのにいないと聞いて疑問に思ったのだろう。
「ああ、そうだったな。あれ?……でも、この薬を作ったのはミルだよな?俺もこの薬が評判なのは聞いたぞ。もしかして使役獣を持てたのか?」
ロストが興味津々に聞いた。学生の時も薬草は作ったが、こんなに高い性能を持つ薬を作れない事はロストはそれをよく知っている。
「ええ、そうなんです……あ……」
応えようとして、使役したのが第二王子のローグだったと思い出す。
ローグが第一王子に会えたのか分からないが、今後会うかもわからない。それなのにこの黒猫が使役獣ですとは言えない。
どうしようと思っていたら、ロストがミルの後ろを見て言った。
「もしかしてその狼が使役獣なのか?」
そうすると、呼んだ?とばかりにロウが立ち上がって、尻尾を振った。
「え?あ!そ、そうなの。も、森で怪我をしてるのを見つけて……それで、必死で試したら……成功して……」
ミルはしどろもどろになりながら、ロウの頭を撫でながら言った。嘘はついてない。
「なるほど」
「凄いじゃないか。そんな大きな狼を使役できるなんて。そういえば、ミルは昔から魔法の知識の凄かったもんな」
「そうなのか?」
「そうなんです。これに関しては俺も勝てないくらい凄かったんです」
ロストがそう言うと第一王子も納得したように頷く。なんとかロウのおかげでバレずに済んだようだ。ホッとした。
「そうなのか……そうだ、最近夜眠れなくてな。よい薬はないか?」
第一王子が何か思案したあと、そう言った。
「えっと……そうですね。こちらはいかがでしょう?よい香りのお香で、自然に眠りを誘う魔法が掛けられています。寝る時に焚くだけなので、おすすめです」
そう言ってミルは持ってきていた薬を取り出し、説明した。
「そうか、試してみよう。全部貰う」
第一王子はそう言って全て買ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
お付きの人と思われる人が支払いを受け取る。そうして、第一王子は帰っていった。
姿が見えなくなると、ミルはホッと一息ついた。
「き、緊張した……」
「驚きましたね」
商人も流石に驚いたようで、冷や汗をかきながら言った。
「王子はよく来られるんですか?」
「まさか……私は初めてでしたよ。薬の評判が相当よかったようですね」
その後、王子が来た効果もあったのかお客が殺到し、持ってきた薬は全部売れてしまった。
商人はほくほくした顔で喜び、次回も商品の仕入れをお願いしたいと早速相談までしてきた。
露店を片づけていると、広場にロストがやってきた。
「よかった、まだ帰ってなかった」
「ロスト!」
ロストは笑顔でミルに話しかける。
「さっき、あまり喋れなかったから。ミル、本当に久しぶりだな」
「本当、久しぶり。ロストがここで働いているって知ってたけど会えるとは思ってなかった。しかも王子と一緒なんて、凄い出世したんだね」
ミルは感心したように言った。第一王子の次期王はほぼ確定と言われている。そんな人物の側仕えとして、助言していると言うことは、信頼されているのだろうし、将来高い地位を約束されたも同然だ。
同級生の友達がそんな凄い人になったなんて驚いた。
「ミルも自分をいつも卑下してたけど、あの薬は本当に凄いよ。いや、ミルは元々優秀だったもんな。当然かもしれない」
「そ、そんな事ないよ」
ミルは慌てて言う。なんだか凄く褒められていて照れてしまう。
「また、ここに売りに来るのか?」
「商品は売ると思うけど、ここに直接来るかどうかはまだわからないの」
ここに来たのはローグが城に侵入するためだ。商人にもお客さんの意見を聞きたいと言っていたので次に行く意味があまりない。
商人は次回商品を仕入れてくれるみたいだが、ミルが行くかどうかはまだ決まっていない。
「そうなのか?」
ロストは少し残念そうに言った。しかし、すぐ気を取り直したのか明るい顔をして続ける。
「でも、せっかく久しぶりに会えたんだし、近いうちに遊びに行くよ」
「嬉しい、学校以来だし。楽しみだな」
ミルはそう答えながら思い出す。そうだったロストはこんな人だった。人懐っこくて誰にでも声を掛けて誰とでも仲良くなっていた。
頭が良く親切だから勿論人気があった。
まあ、だからこそミルの面倒を見てくれて仲良くなったという経緯もあったのだが。
ロストとミルはまた会おうと約束し合い、その日は家に帰った。
少し、ひやりとした場面もあったがその日はなんとか無事に終わることができて、ミルはホッとした。
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