第24話 暗い道
「ふう……緊張した……」
部屋を出ると、ミルは緊張を解いて言った。
”よかったな”
猫のローグが頭の中で答える。
「ええ、書庫のことも言ってみてよかったです」
ミルは貰った許可書を大事そうに手に持って行った。厳格で厳しい態度だったから少し怖かったが、香の事を言った時の柔らかい顔は、親し気で優しさが滲み出ていた。
”次は魔法省だな”
「あ、そうでしたね。今日は挨拶だけみたいですし、ロストもいるので大丈夫だとはおもいますが……」
今日は他にも向かうところがある。ミルは魔法薬師として雇われた。所属は魔法省だ。
魔法薬師の部署があるらしく、ミルはそこで今日から働くことになる。
”大丈夫だ。兄上の推薦だから”
まあ、このお墨付きは強いだろう。もしミルの事が気にいらなくても表立って文句を言うことは難しいだろう。
ローグも励ましてくれたので、ミルは早速そこに向かうことにした。
城は広く、少し迷いそうになったが、ローグに教えてもらったおかげで、ミルは魔法省に辿り着いた。
「ミル!よく来たね。迷わなかった?殿下へ挨拶は終わったの?」
到着するとロストが嬉しそうに出迎えてくれた。
「ロスト。ええ、挨拶はもう済んだわ」
「じゃあ、案内するよ。まずは……」
ロストは思案しながら案内し始める。
最初に連れて行ってくれたのは、魔法省の局長のところだった。
「うん?その子は?」
「フェイ局長。彼女が王子からの推薦で入る事になったミルです」
「ああ。そう言えば今日からだったね」
局長はミルを見ると笑顔になった。どんな人なんだろうと思っていたが、フェイ局長は整った容姿だ。少し垂れ目で青白い肌だが、優しそうな表情なのでミルはホッとした。
「まだまだ若輩者ですが、よろしくお願いします」
ミルは丁寧にお辞儀をして言った。
「よろしく。たしかロストとは学園からの知り合いなんだっけね。噂は聞いているよ、なにかあったら彼に聞くといい」
「ありがとうございます」
それからロストはミルの所属する部屋に案内してくれた。ミルが配属されたのは薬草師部署だ。
「ミルの部屋はここだよ」
「えっと……誰もいない?」
部屋は流石に王城にあるからか、立派な部屋だったが、がらんとしていて誰もいなくて使われてた形跡もなかった。
「ああ、実は薬草師部署はかなり前になくなって、他の部署は兼任していた」
ロストが言いにくそうな表情で言った。薬草師はなり手が少ない。
元々あまり人気がない職業なので、薬草師は端に追いやられてしまったのだ。
「まあ、人気のない職業だし。重要性も低いしね……」
ミルは苦笑しつつ言った。
「でも、ミルの作った薬が役に立つってわかって、認められたんだよ。すごいじゃないか」
ロストは励ますように言って、部屋に入る。
「ありがとう。それにしても、こんな広い部屋私一人で使っていいのかしら」
以前は数人で使っていただろう机の数があり、かなり広い。
「うん、道具や机は好きに使ってくれ。あ、そうだ。薬草園もあるんだ」
「え?ほんとう?」
「こっちだよ」
そう言ってロストは案内する。案内されたそこは、長い間放置されていたのか、かなり荒れていた。
「ちょっと荒れ放題になってるけど、ここも好きに使っていいみたいだよ」
「本当?すごい……」
確かに荒れていたが薬草はところどころに残っていて、手入れをすれば十分に使えそうだ。
「大変だろうけど……」
「こういう事は森でもやってたし、器具も揃っているからむしろ楽なくらいだよ。あれ?もしかして温室?」
薬草園の中に小さな建物があり、ミルはそれを指さして言った。
「ああ、予算不足で割れてるところもあるけど十分使えると思うよ」
「十分すぎるよ、ガラスは貴重だから温室なんて使ったことないもの」
ミルは嬉しそうに言った。森では沢山の植物があって育てていたが、やはり季節によって育てられる植物が限られていたので、時期によっては手に入らない事もあった。乾燥させたり瓶詰にしたりして保存はできるが、たまに採りたてじゃないと効果がない植物もあったりするのでこれは嬉しい。
「最初は大変だろうけど、がんばって。局長も言ってたけど何かあったら言ってね」
ロストはそう言って、戻っていった。
ミルは早速、部屋の状況を確認する。壁際には本棚がぎっしり置かれていて、資料や本があった。
「どれどれ。うわ……貴重な本もある。この資料は過去の疫病が流行った時の記録……」
読み始めたらダメだと分かっているが、興味深いものばかりでいちいち手が止まってしまう。
机や器具は、埃をかぶっているがきれいにすれば十分使えそうだ。
「掃除や畑を整えるのは明日からにして、今日はここに持ち込む物のリストを作って、今日は帰ろうか。殿下に頼まれた香も準備しておかないと」
やることは沢山ある。
「それに、犯人捜しの事もあるし……」
”ミル、何か手伝うことはあるか?”
「いえ、大丈夫ですよ。薬草に関しては任せて下さい。ロマは……殿下に頼まれたことに集中していただいて大丈夫ですよ」
そんな会話をし、リストを作ると、二人は帰ることにした。
特に力仕事もしてないが、緊張もあって、とても疲れた。帰る家は王都で新たに借りた家だ。
”そういえば、引っ越しの荷物もまだ完全には片付いてなかったな”
「そうですね。まあ、王都で長居するかわかりませんし。後回し出来るものは後回しにするしかないですね」
ミルは苦笑しながら言った。
引っ越しまでにも色々あった。まず王都で住む家を探すのが大変だった。
まず、貴族の血筋でもあるロストが王都の外れに屋敷を持っていたので、よかったら来ないかと言ってくれた。城からも遠くないので便利ではある。客人として滞在するので家賃もいらないとまで言ってくれた。
しかし、ローグが大反対したので止めになった。
まあ、ローグが人間になったり猫になったりするのを見られたら困るし、色々知られたら困る事があるので仕方がない。
なので、街で借家を紹介して貰ってそこにしばらく住むことになった。元の家はそのままにしておいた。また戻る可能性が高いし、全部の荷物を持っては行けないからだ。
引っ越しは、大きめの馬車を借りて荷物を運んだ。
「必要になるものが、出たらまた戻って持ってきたりしないとね」
村の店主に関しては申し訳ないが、しばらく薬の納品は出来そうにないと伝えた。しかし、それにも関わらず店主は王城で働く事を伝えるととても喜んでくれた。
突然やめなければならないのに、こんなに喜んでもらえるなんて思ってなくて驚いた。
「本当に感謝しかないな……」
そうして、ミルとローグはなんとか引っ越しが出来たのだった。
借家はそこまで広くなかったので、持ってきた荷物で部屋は狭くなった。二階建てなのだが細長くて部屋は小さい。薬草や薬を作る道具がかなり場所を取ってしまうのだ。
まあ、生活するスペースはローグは猫の姿で寝るのでミルのベッドさえあればなんとかなる。
そうやって引っ越しが終わったところで王城に向かう、日時になったのだ。
「今日はこの辺にしておきましょうか……」
二人は相談してその日は帰ることにした。
そうしてミルとローグは城で働きながら犯人捜しをする生活になった。
翌日。
二人は準備をして城に出勤した。与えられた部屋に行くと、早速二人は仕事にかかることにした。
「じゃあ、決めた通りに私はこの部屋を使えるようにする。ロマは隠し通路の捜査ですね」
今日の事は二人で相談していた。
隠し通路であれば一人で探せるので、ローグは一人で捜査することになった。
ミルは持って来た荷物を置くとローグを連れて中庭の方に向かう。ローグは一人で移動できないからだ。
「ここでいいんですか?」
”ああ、ありがとう”
以前中庭から隠し通路に入ったから、今回もそこから行くことにした。中庭は今日は閑散としていて人はいない。
見張りの兵は数人いるが、ミルに注意を払うものはいなかった。
ローグは地面に降りると、あっという間に物陰に隠れて、姿が見えなくなった。
「行ってらっしゃい」
ミルは小さな声で言って、ローグを見送った。
**********
俺は二度目なので慣れたように物陰に隠れながら隠し通路に入った。今日は王の部屋にある隠し通路を調べる。今回は通る道を注意深く観察しながら進んだ。
(兄上の部屋にある通路には誰かが通った後はなかった。王の部屋にある通路もなければ同じようになっているはずだ)
幸い汚い通路だが埃が積もっているから、何か通っていればすぐに分かる。
一応兄上の通路に寄ってみたが見事に自分の足跡が残っていた。
虫の死骸や枯れ葉、蜘蛛の巣をかいくぐり王の部屋に向かう。
(……これは!)
王の部屋に近づいたところで明らかに人が通った跡があった。
(足跡がある……しかもまだ新しい。明らかに最近誰かが通っている)
これを付けたのが犯人じゃない可能性もあるが、最近ここを使うような有事もなかったし犯人の可能性は高い。
詳しく調べたいが暗くてよく見えないので、出来るだけ荒らさないようにどこに続いているかたどってみる。
猫の姿でよかったかもしれない、この姿なら犯人の痕跡を消すことはないし、灯りがなくても猫の目はよく見えるのもよかった。
(さて、どこに続いているのか……)
薄暗い道を跡をたどりながらゆっくりと進む。ここを通った人物は迷いもなく進んでいるようだ。
明るくして、詳しく調べてみればもっと何か分かるかもしれないが、足跡は一人分のようだ。行きで通ったと思われる跡と、その帰りに通ったと思われる跡がある。
(実行したのは一人みたいだが……計画した者もいるはず……俺に薬をかけた奴みたいに命令されたのか。二人か、もしくはそれ以上か)
俺を猫に変えた奴と王を殺した人物が同じとはまだ確定できないが、とても一人で計画実行は無理だ。
(というか……そもそも、何が目的なんだろうか)
王を今殺害しても得をする人物なんて、今ほとんどいない。むしろ国が混乱する分、損をする人物の方が多いだろう。
(まさか、俺を陥れるためだけに?それともこの混乱を機になにか仕掛けているのか?)
なにか仕掛けるというのも、今のところそれらしいことは起こっていない。
陥れるというのもあり得なさそうだ。王を殺すより得る物はないだろうし、俺によほどの恨みがない限りありそうにない。
(……まあ、一人俺に恨みがある人物には心当たりはあるが……)
俺はそう思いながら王妃の顔を思い浮かべる。とは言え、例えそうだとして何で今なのか……。
(いや、仮の話に仮の話をしてもしようがないな……うん?ここは?)
色々考えていたら、辿っていた足跡がどこかに着いた。
**********
ミルはローグと別れた後、与えられた仕事部屋に戻って部屋で作業をしていた。
作業と言っても持ち込んだ本や器具を置いたり。元々あった器具を使えるようにセットするくらいだ。仕事というより仕事の準備だった。
しかも、物が多いし一人だったのでなかなか作業が進まない。
そんな時にドアがノックされた。
「あれ?ロスト?どうしたの?……!!ロー……、ロマ!?」
ドアを開けるとロストと、何故かロストに抱っこされた黒猫のローグがいた。
「うちの部署にいつの間にか入り込んでたんだよ。迷ったのかな?」
「つ、連れてきてくれたのね。……あ、ありがとう」
ローグは王の隠し通路を調べているはずだ。どうして、魔法省の部署にいたのか。
ミルは混乱しながらも、話を合わせて黒猫を受け取る。
”俺も驚いた。詳しくは後で”
ローグは大人しく抱っこされながら、頭の中に言葉を送ってきた。
「もし、使役で分からないことがあったらいつでも相談してくれ」
どうやらロストは、ミルが使役に慣れていないと思ってくれたようだ。普通は命令すればそれ以外の余計な事は一切しないのが普通だ。
「あ、ありがとう。まだ慣れてないみたい。気を付けるね」
「初めてなら仕方がないよ。そう言えば仕事の方はどう?順調に進んでる?」
ロストは、ミル越しに部屋の中をチラリを見て言った。
「うん。まあ、まだ片付けしてる途中だから。仕事してるとは言えないけどね」
ミルは苦笑しながら言った。
「何か手伝えることがあったら言ってくれ。力仕事なんかは、無理しない方がいい」
「ありがとう」
そうしてロストは自分の部屋に戻って行った。ミルはドアを閉めてローグを机に乗せる。
「一体何があったんですか?」
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