第25話 周りの評判

ローグから何があったか聞いたミルは驚く。


「まさかそんな……」


なんでも、王の部屋にあった隠し通路には誰かが通った跡があったそうだ。しかも、それをたどって行くと魔法省の部屋に辿り着いた。

魔法省には隠し通路はない。隠し通路はあくまで王族のための物だからだ。

しかし、隠し通路と部屋が近接していて、そこから無理矢理穴を開けて通れるようになっていたらしい。

出入口は隠されるように布がかかっていて、人為的に誰かが乱暴に作ったのがわかる。

その部屋にはさっき紹介された局長や、その部下達が机を並べて働いていた。かなり広い部屋で、人も沢山人もいる。穴は下の方にあって見つかりにくいところにあった。

ローグは驚いていると、たまたま通りかかったロストに見つかり、捕まってしまった

変に騒いでも仕方がないと思って、素直に連れてこられて今にいたる。


「じゃあ、この事件は魔法省が関係しているのでしょうか?」


”その可能性は高い。でも全体なのか、個人で誰かが関係してるのかはわからない”


「ああ、そうですね。出入口が隠されていたならどちらも可能性はありますね」


ミルはホッとしながら言った。


”誰かは分からないが、猫に変える魔法薬を作ったのが魔法省の奴なら、俺を猫にした奴と王を殺した奴は同じ可能性が高くなる”


「……そう……みたいですね」


ミルは暗い表情で言った魔法省にはロストがいる。関係があるかどうかは分からないが、関係がある可能性が捨てきれないだけにミルは複雑な気分になる。


”取り敢えず、魔法省を調べた方がよさそうだな。違ってもそれはそれで分かることがあるだろう”


「調べる……でも、どうやって?」


ローグは猫の姿だ。人間の姿にもなれない。


”それに関しては、申し訳ないが、ミルに協力して欲しいことがある”


「え?私ですか?」


聞いた時は何だろうと身構えたミルだったが、詳しく聞いてみると意外に簡単なことだった。

要するに、さりげなく魔法省本部の職員に話を聞きに行くのがミルのやる事だ。

元々、ミルはある程度部屋が片付いたら挨拶に行くつもりだったので丁度よかった。それに、捜査をする時はミルが一緒に行かないと入れない場所もある。

早速、ミルは片付けを切り上げて魔法省本部にむかった。


「初めまして、今日から入省しましたミルと言います」


取り敢えずミルは本部に入ると一番近くにいた人に声をかけた。


「うん?あれ?君は……」

「あ、あなたは」


声を掛けた相手がミルの顔を見て少し驚いた表情になった。ミルも顔を見て思い出した。声を掛けた人物は会った事がある人物だったのだ。

森の村でミルの魔法薬を買ってくれた国王軍の人だったのだ。


「まさかあの時の子が同僚になるなんて思わなかったよ」

「私もこんな事になるとは思いませんでした。それにしてもあなたは、軍人さんだと思っていたんですが、どうして魔法省に?」

「うん。軍人だよ、軍には魔法使いの部隊もあって僕はその代表なんだ。だから魔法に関する事はここで処理する。まあ、基本的には軍にいて書類の仕事がある時だけここにいるんだ」

「ええ?じゃあ、凄い人だったんですね」


ミルが驚いて言う。穏やかな表情と腰の低い人物だったので、そんな重要な所属の人だとは思わなかった。


「そんな事ないよ。面倒だからって押し付けられたみたいなもんだから。それにやることは必要な事を軍に伝えているだけで、そんなに責任もないんだよ」

「そんな、それだけ信頼されているってことだと思いますよ」

「いやいや。でもありがとう。あ、申し遅れました。俺の名前はロイドだ」

「あ、私は。ミルです。魔法省で魔法薬師として働くことになりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


ロイドはにこやかな笑顔で言った。


「そう言えば、あの森では大変でしたね。」


ミルはいい機会だと事件があった時の事を聞く。魔法省で最初に会ったのが知っている人で良かった。

でもこの人も魔法省に出入りしているなら、容疑者の一人になる。

ミルは複雑な気持ちで話を聞く。


「ああ、驚いたよ。簡単な任務だと思っていたのに、予想外の事ばかりが起きてね……」


当時の事を思い出したのかロイドは苦い表情になった。

それはそうだ、想像するだけでもお腹がいたくなりそうな状況だ。


「それで村に薬を買いに来られたんですね」

「そうなんだ。あの時は本当に助かったよ。申し訳ないとは思うけどあの時はあんなに効く薬だとは思ってなくて。使ってみてあっという間に全快まで回復したから驚いたよ」


ロイドは申し訳なさそうに言いながら笑った。薬の事を宣伝してくれたのだ。


「あの薬の事を言ってくれたおかげで、私も助かりました。ありがとうございます」

「いやいや、君の実力だ」


ロイドは謙遜するように言った。ミルはさらに聞く。


「そういえば、あの……事件が起きる前に、何かおかしな事はなかったんですか?」

「え?おかしな事?……うーん、おかしなことと言っても何もなかったよ、だからこそ油断してやられたって言うのもあるしね」

「そうですよね……」

「ああ、でも事件が起こった後、少し変な事があったな……一人の兵士が死んでてね。しかも場所も離れたところで……なんでこんな所でと思ったな」


眉を顰めながら思い出すように言った。それを聞いてミルは、ローグが兵士にいきなり薬を掛けられて猫にされて、その兵士もその後、口封じに殺されたと言っていたのを思い出した。

もしかしたらその兵士の事だろうか。


”ミル、その死んでいた兵士がどんな奴だったか聞いてくれ”


ローグがミルに話しかけた。ローグはフードの中で隠れながら話を聞いていた。なにか気になることがあったら話しかけることになっていたのだ。


「あの、その死んでいた兵士の方はどんな人だったんですか?」

「うん?死んでた兵士かい?」


ロイドは顎に手を置いて思い出すような仕草をしながら言った。


「確か、割と最近配属された兵ですね。名前はヨーム。突出して優秀という訳ではなかったですが、要領がよくて問題も起こさない人物だったと思います」

「なにか、私生活で問題とか。恨まれたりって可能性はないですか?」

「え?恨まれる?そんな事は聞いた事はないな……ただ、私生活の事は隊に入ったばかりなのもあってよく知らないんだ」

「なるほど……」

「なんで、そんな事が気になるんだい?」


相手が不思議そうに聞いてきた。


「ああ、いえ。少し気になっただけで……この事件はよく分からないことだらけなので。だって第二王子が王様を殺すなんて、いまだに信じられなくて……」

「まあ、そうだよね。俺もいまだに信じられないよ。最後に話した時もそんな素振りはなかったからね」


ミルはそれで話を切り上げ、次の人に挨拶にむかった。思いがけないところで、現場にいた人の話を聞けた。


「ロマ、すいません。あまり上手く聞き出せなくて」


”大丈夫だ、変に怪しまれても危ないから、丁度いいくらいだった。それより、他の人にも聞いてみよう”


そうしてミルはさらに三人ほど、職員に話を聞いていった。

しかし、特にこれといった話は聞けなかった。まあ、王の死について調べていると言えないから、たいした事を聞けないのは仕方がない。


”まだ始めたばかりだから仕方がない。焦らなくていい”


落ち込むミルにローグは慰めるように言った。


「ありがとうございます。そうですよね、まだ始めたばかりですし……よし、次はあの人に挨拶しよう」


ミルは気を取り直して、残りの人に声をかける。


「何?今忙しいんだけど」


次に声を掛けたのはミルとも年の近い男性だ。質のいい服を着ていていかにも貴族といった風体だった。

その人物はミルの顔を見た途端不機嫌な表情になって、しかも舌打ちまでした。


「す、すいません。あの……今日から魔法省で働くことになったミルと言います……あの……」

「ああ、王子の推薦で入った奴か。どんな手を使ったか知らないけど、お前みたいな奴がいると魔法省自体が舐められるんだよな」


相手は本当に嫌そうな口調で言った。ミルはせっかく気を取り直したのにあっという間に気持ちがしぼむ。

どうやら随分嫌われているようだ。


「す、すいません……あの、よかったらこれ……」


ミルはそう言って挨拶代わりに配っていたクッキーを差し出す。急いで引っ越しをしてここにきたので暇があまりなかったから、あり合わせで作ったものだ。


「はぁ?そんな貧乏くさいものいらないよ。平民出身ってこれだから嫌なんだよ」

「どうされたの?……ああ、噂の……」


その時、誰かが話しかけてきた。若い女性で、こちらも高そうな流行りの服を着ている。

女性はミルの事に気が付くと眉を顰め下から上までジロジロ見て言った。


「あ……は、初めまして。ミルと言います」


ミルは身を縮こませながら言った。


「男に媚び売るのは上手いみたいね」


名前も分からないその女性は、馬鹿にしたように笑って言った。この人にもあまり好かれていなさそうだ。


「あ、あの。私、媚び売ったりなんて……」

「学生の時のこと覚えてるわ。落ちこぼれのくせに、それで気をひいてかまってもらおうとして、本当に鬱陶しかった」

「え?あ、同じ学年でしたっけ?」


王都に魔法学園は一つしかない。だから魔法省にいるこの女性が同じ学園に通っていたのだろうというのはわかる。

相手がこちらを知っているという事は、同じ年代ということか。

しかし、ミルは見覚えがなかった。とはいえ、一学年の人数がかなり多かったので全員知っているわけではなかったのでその一人なのかもしれない。


「本当にあんた鬱陶しいわね。なにも出来ないくせに」


女性は心底嫌そうな顔をしてミルを睨んだ。余計な事を言って、さらに怒らせてしまったようだ。

何を言っても怒らせそうで黙っていると、追い打ちをかけるようにさらに言う。


「どうせ、第一王子にも何かいかがわしい事をして取り入ったんでしょ?あなたみたいな落ちこぼれが作った魔法薬が認められるわけないわ」

「そ、そんな。でたらめを言わないで下さい」

「でたらめじゃないわ。城で噂になっているもの」

「う、噂?」

「特に実力もないのに、特別扱いされてる。何か怪しい薬でも渡したんじゃないかって……」

「ま、まさかそんな事……」


あまりの事にミルは言葉が出ない。そこに誰かが横から入ってきた。


「どうしたんだ?なにかもめごとかな?」

「きょ、局長!」


現れたのは昨日挨拶した局長だった。昨日と同じように穏やかな表情で話しかけてきた。


「何か問題でもあったのかい?」


局長は穏やかな表情で、何を考えているかわからない。でもうむを言わさぬ雰囲気がある。

ミルに嫌味を言ってきた二人は。気まずそうな表情になって黙った。


「だ、大丈夫です。ありがとうございます。あの、今日は皆さんにご挨拶をさせて貰ってまして……あの、よければ局長も……」


ミルはそう言ってクッキーを差し出した。


「ああ、ありがとう。美味しそうだね、頂くよ」


局長は嬉しそうにそう言って受け取ってくれた。庇ってくれたしクッキーにも嫌な顔をしなかった。

局長クラスになると優秀で地位も高いのが普通だ、それなの気取らず相手してくれるなんてあまりないことだ。


ミルに嫌味を言ってきていた二人は気まずそうな顔をしてその場を離れていった。


「大丈夫ですか?」


おっとりした口調でフェイ局長が言った。どうやら嫌味を言われていたのを分かっていて声をかけてくれたようだ。


「あ、ありがとうございます。助かりました」

「王城には色々な人がいるから、君をよく思わない人もいる。特に第一王子が突然雇うと言って入れたから、何かあるんじゃないかと怪しんでいる人もいるんだ」


”何かある”という言葉に少しギクリとしつつミルは苦笑いをする。


「私自身も驚きましたし、いまだに信じられないですから当然です。でも、私を採用してくれた殿下を失望させないためにもしっかり働きたいと思います」

「ああ、いい心がけだね。頑張って」


フィン局長はそう言って励ますように肩をたたいた。

その後、ミルは自分の部屋に戻った。


”これだから魔法使いは嫌いなんだよな”


二人っきりになるとローブの中に隠れていたローグがボソッと言った。言ったと言っても頭の中で呟いただけだが。


”ミル、あんな奴らのことなんて気にするなよ”


「ありがとうございます。ロマ。まあ、学生時代にも色々あったので、もう慣れっこです」


魔力がある人間は割と貴重で、学園から卒業すると良い職業に就くことができる。こんな風に王城で働くこともできるし、貴族に雇われる事も多い。

そのせいなのか自分が特別だと奢って、傲慢な態度の者も多かったりするのだ。


”慣れてるのか?意外だな……”


ローグが意外そうに呟く。


「そんなに意外ですか?」


”いままでミルの周りではあんな奴らいなかったし、ロストも気に食わないけど偉そうな奴でもなかったから……”


ローグはそう呟いた。それに、ミルはそんな陰を思わせるような雰囲気をいままで感じなかった。


「実は、学生時代はロストに助けられていたんですけど。ロストは人気があったから、それで妬まれたこともあって……」


ミルはちょっと困った顔で言った。ロストは貴族の出で優秀で特待生に選ばれ、性格も面倒見がよく顔も整っているので、相当人気者だったのだ。

取り入って人脈を作りたい人、将来の伴侶になりたい人が集まってきていた。

そんな人気者だったのに、落ちこぼれでいつも落第ギリギリのミルとよく一緒にいたので、ねたまれ目の敵にされてしまったのだ。


”やっぱり、ロストは気に食わないな……”


「まあ、でも私はいい人に恵まれているので大丈夫ですよ」


ミルは陰りのない笑顔で言った。


「それより、あんまりいい情報が集められなくてすいません」


結局なにか役に立ちそうな情報は聞き出せなかった。


”いや、十分だ。あまり色々聞いても怪しまれる。それよりも職員と親しくなって話をしやすい関係を持てた方が有益だ。……まあ、あの嫌味を言って来たあの二人とは仲良くしなくていいけどな”

「ありがとうございます」


少し悲しい顔になっていたミルはローグの言葉にまた笑顔になってそう言った。


”今日は、これくらいにして帰ろう”


そうしてその日は、遅くなってしまったので捜査はまた明日という事になって、二人は王都の家に帰った。

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