第26話 情報を集める
「よし、出来た」
ミルは沢山の小袋を入れた籠をどさりと置いて言った。
”何だ?それ”
いつも寝ている寝床からのそりと起き上がり、ローグが聞いた。
「第一王子に頼まれたお香です」
”ああ、随分多いんだな”
お香は籠に一杯入っている。一度に使うのは小袋に入っている分だけだ、一日一回としてもかなりの個数になる。
「これで、しばらくは捜査に集中出来るかなと思って……」
これだけあれば次に作るのはしばらく先になるだろう。幸いな事に陛下はミル達が捜査をしやすいように、特に大きな仕事は回さないように手配しておいてくれている。
一応、与えられたあの部屋を使いやすく整理して、薬草畑を使えるようにしておくなどの仕事はあるが、急ぎではない。
”じゃあ、今日はまずそれを届けるのか?”
「はい、そうです」
そうして二人は城に向かった。最初は緊張していたミルだが、大分慣れてきた。
「えっと、このお香は侍従長に渡しておいてくれって言われたんですけど……どこにおられるんでしょう?」
昨日、第一王子にお香は侍従長に渡しておいてくれればいいと言われていたのだ。
”それならあっちだ”
ローブに隠れているローグがそう言って場所を示す。ローグにとって城の中は慣れた家同然だ。
「あ、ありがとうございます」
ミルはローグのおかげで迷うことなく、目的地まで辿り着いた。
「あの……侍従長はおられますか?」
侍従長室は開いていて、色々な人が出入りしていた。
城の使用人を統括しているだけあって、いそがしそうだ。
「私だ。何か用か?」
侍従長は初老の男性だった。眼鏡をかけた厳めしい表情だ。
「第一王子に頼まれていた、お香をお持ちしました」
「ああ、魔法使いか。聞いている」
侍従長はそう言うと、すぐにメイドを呼びお香を渡す。おそらくいつでも使えるように手配しているのだろう。
「効果があったようで、良かったです。もし他にも必要な魔法薬があれば、言って下さい」
「ああ、殿下はあのお香をかなり気に入っているようだ。前より顔色もよくなった」
厳めしい顔だが、そう言った侍従長の表情はすこし柔らかくなった。第一王子の事を本当に心配しているのが分かる。
「最近大変な事が続きましたからね……」
「ああ、そうだな」
ミルはこの機会だからと、その時の事を聞いてみる。
「陛下が亡くなられたとき?」
「ええ、侍従長も大変だったのではないですか?」
何せ、陛下の部屋に殺人者を入れてしまったのだ。城の使用人を管理する人間としては大変なことだ。
その時の事を思い出したのか、侍従長は眉を顰める。
「ああ、まさかあんな事が起こるとは思わなかったからな」
「その事件が起こる前、なにか変わってこととかありませんでしたか?」
そう聞くと、侍従長は思い出すように腕を組んだ。
「本当にいつも通りだったから、余計驚いたんだ。特に変わったことは……ああ、そうだ」
「何かあったんですか?」
「……本当に関係ないと思うが、城の中でヘビを見たと言うメイドがいてね。でも城の中にいる魔法使いにヘビそ使役している者はいないはずなんだ」
「それじゃあ、ヘビが城の中に迷いこんだってことですか?」
「野生のヘビがわざわざ、こんな人の多い場所に来るとは思えません。ネズミならわかるのですがね……」
侍従長は不思議そうに言う。
「確かにそうですね……」
「一応、魔法省には確認したんだが、城にいる魔法使いにヘビを使役している者はいないと言われた」
使役している使役獣は、必ず城に知らせないといけない。もし悪意のある魔法使いが使役した動物を忍び込ませた時にややこしいからだ。
もし、忍びこまれた時もそれが出来ないように、魔法で感知できるようにしてある。
因みに、ローグも使役獣として登録してある。第一王子にバレないかひやひやしたが流石にそこまでチェックはしていないようだ。
「それは不思議ですね」
「まあ、そのメイドの見間違いの可能性もある。そこまで心配することはないと思うがな……」
侍従長は苦笑して言った。
「侍従長!すいません」
その時、慌てたように使用人が部屋に入って来た。
「どうした」
「王妃様が、例の件が納得がいかないと」
「城で舞踏会を開きたいと言っていた件か……第一王子がしばらくは人の出入りを制限すると命令がでていたのに……」
侍従長は疲れたように言った。
「なんだか大変そうですね」
「ああ、すいまない。第二王子が行方不明になったおかげで、こちらに仕事が回ってきて、人手が足りなくてね」
「え?第二王子はこのような仕事もされていたんですか?」
侍従長が代行できるという事は、それレベルの仕事を第二王子がしていたということだ。
侍従長は気まずそうな顔になる。
「王妃が命令をして王子にさせていて……大きな声では言えませんが、いやがらせのうようなものです」
侍従長は声を顰めて言った。
「そんなことが……」
「我々にはどうすることも出来ないことで……」
この数日、城でローグの事を聞いたがみんな腫れ物を扱うような態度をしていた。
今、肩にいる猫のローグがどんな表情なのかはわからないが、胸が締め付けられるような感情がわずかに流れてくる。
「あ、あの。お忙しいところすいません。失礼します」
ミルは何も言えなくて、その場を離れることにした。ローグもあまり聞かれたくないだろうと思ったのだ。
ローグの立場が複雑なのは知っていたが、想像以上に辛い立場だったのかもしれない。
「ああ、殿下は今大変お忙しい。薬が必要になったらまた頼む」
「はい」
幸いなのはローグの事を嫌っている人間は一部だということだ。使用人や家臣達は距離を置いているが、疎ましく思っている様子はない。
二人は部屋を出る。
「次はどうしましょうか」
”そうだな、さっきの話も気になるが、今日も人に話を聞いて回ろう”
ローグは何も無かったように言った。
そうしてミルは魔法省に向かい、話を聞いていない人に片っ端から話しかける。
「ふう……今日も収穫はなさそうですね……」
”そろそろ終わろうか。配っていたお菓子もなくなったしな”
しばらくしてミルが言うと、ローグがそう答える。色々な人に話しかけたものの、特に進展は無かった。
「やあ、ミル。何してるんだ?手伝おうか?」
そこに話しかけて来たのは、ロストだった。
「ああ、ロスト。ありがとう、でも大丈夫だよ、一人でもなんとかなってる」
「それは良かった。そう言えばお昼は食べた?よかったら一緒に食べないか?」
そうしてミルとロストは使用人が使う食堂に向かった。食堂は城で働いている者であれば誰でも使える。
「ロストはこの食堂はよく使うの?」
食堂は誰でも使えるが、地位の高い者は自分の部屋に持って来さる事ができる。
ロストの地位なら、それくらい出来そうなのに。
「ああ、人と食べるのが好きだから。学生の時もよく食べてただろ」
「そうだったね」
ミルは思い出す。確かにお昼時は沢山の人がロストに集まって賑やかだった。
学生の時を思い出して嬉しくなる。ミルはあまりお金が無くてあまり行けなかったが、ロストが奢ってくれたりして食べた。
「懐かしいな」
「やあ、ロスト。君もいたのか」
話していると誰かが話しかけてきた。
「フェイ局長。局長もお昼ですか?」
「一緒にいいかな?」
そうして仲間が加わって三人で食べることに。
「あの、質問してもいいですか?」
フェイ局長とは何度か話したが、詳しい話は聞いていない。魔法省でトップにいる人物だから何か知っているかもしれない。
「うん?なんだい?」
「あの、以前は魔法薬は誰が作られていたんですか?兼任されているってきいたんですけど……」
「ああ、魔法薬に関しては僕が作っていたんだ」
「わあ、凄い。局長をされるだけでも大変なのに魔法薬にも精通しているなんて」
局長になるほどなのだから優秀だろうとは思ったが、魔法薬学まで網羅しているなんて凄い。
魔法薬学は学校で一応一通り習うものの、実用しようと思ったらさらに広範囲に勉強しないといけない。
「そんなことはないですよ。それに、これからはきちんと専門にしているミル君にお願いできるから、頼もしいかぎりだ」
「い、いえ。そんな、私なんかまだまだです。わからないことだらけで……」
「昨日も言いましたが、なにか分からないことがあったらいつでも聞いて下さいね」
局長は相変わらず優しい笑顔で言った。
「ありがとうございます」
「そういば、ミルはもう道は覚えた?」
ロストは聞いた。
「うん、なんとかなってるよ」
「すごいな、城はかなり複雑に作られているから、俺はかなり迷ったんだ。どうやって覚えたんだ?」
「え?……えっと、その……」
ミルは口ごもる。迷わないのはローグがいるからだ。
「何かコツでもあるのか?」
「えっと……限られたところしか行ってないから、迷わないだけだよ。……あ、そうだ。大書庫に行こうと思ってたんだけど……場所が分からなくて行き方を教えてくれない??」
大書庫に入る許可を貰ったのを思い出したので話を逸らすために言った。
「え?ミル、あそこは特別な許可がいるんだよ」
ロストが驚いたように言った。
「あ。殿下に許可書は頂けたので……」
ミルはそう言って昨日第一王子に書いて貰った許可書を出す。時間があればどんな感じなのか見に行きたいと思っていたのだ。
「凄い!そう簡単に許可は降りないものなのに。おめでとう」
ロストは自分の事のように喜んでいる。
「え?そんなに貴重なものなんですか?」
ミルは大書庫の存在は知っていたし、入るのが難しいのも知っていたが、第一王子があっさり許可してくれたので、そこまで難しいものだとは思っていなかった。
しかし、よく考えれば禁止された魔法や危険な書物もあるのだ。そう簡単に入れないのだ。
「そうだよ。大書庫は貴重な書物も多いから一部の人しか閲覧は許可されてない。城で勤めていてもなかなか入れないんだ」
「そうだったんですね。貴重な本が所蔵されているとは、聞いていましたが……」
「普通の書庫もありますよ。そこはここで働いていれば自由に出入りできます」
「ああ、書庫は二つあるんですね。そちらにも行ってみたいな」
ミルは納得したように頷き言った。
「王子は相当あなたの実力を認めて、期待しているみたいですね。大書庫は城の地下にあります。いい勉強になるでしょう」
「あ、ありがとうございます」
フェイ局長はにこやかに応えた。
そうして、二人に道を聞いたミルは二人と別れて大書庫にむかった。
”大書庫に行くのか?”
「あ、少し時間があればと思ったんです。捜査が優先ですよね」
話を合わせるために向かっただけで、本当に行く必要はない。
”いや、大書庫には人間を猫に変える魔法の事や、人間を使役することについて書かれた本があるんだろ?それも、必要な情報だ”
ローグは首を振ってさらに言った。
”もう少し、人に話を聞いたらそっちも行ってみよう。何かヒントが見つかるかもしれない”
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