第27話 地下の書庫

その後、二人は数人の人に話を聞いたが収穫は無く、大書庫に向かう事にした。


「何も分かりませんでしたね」

”でも、口封じに殺された男の事は聞けただろ”


色々聞きこんで、男の情報は聞けたのだ。最近あの隊に配属されたせいで情報は少なかったが、どうやら借金があったようなのだ。


「やはり、借金の返済のために犯行を手伝ったのでしょうか?」

”おそらくな”


しかし、収穫はそれだけだった。


「えっと……大書庫はここみたいですね。何か見つかればいいですけど……」


大書庫は地下だからか、薄暗く少しひんやりしている。静かで人もいない。


「何の用だ」


地下を進んで行くと、堅牢な鉄格子に仕切られた場所に出た。そこには警備の兵士が立っていて、ミルを見ると不審な表情になる。


「すいません、閲覧したいのですが……大書庫はここでいいですか?」

「ここは確かに大書庫だが、ここに入るには特別な許可書がいるぞ」

「はい、許可書はあります」


ミルはそう言って殿下から貰った許可書を取り出す。


「……確かに殿下のサインがあるな」


兵士は許可書を見て少し驚いた表情になった。若くてあまり見かけない顔だからだろう。

ここはかなり厳重に警備されているようだ。重厚な鉄の扉の向こうにも、もう一つ大きな扉がある。


「入れますか?」

「ああ、許可書も本物のようだしいいぞ。そうだ、ここに入るのは初めてなんだな」


兵士は気が付いたように言った。


「はい」

「入るならローブは脱いで、荷物はペンと紙だけに限られる。あと申し訳ないが身体チェックもさせて貰う」


おそらく、書物をどこかに隠して持ち出したり本を傷つけたりしないためだろう。


「分かりました。あの……使役獣はいいですか?」

「使役獣?猫か……まあ、いいだろう」


猫であれば力も弱いからだろう。それに使役者の命令には絶対だ。

少し考えたあと兵士はそう言った。

ミルは魔法使いのローブを脱ぎ、荷物を預ける。ポケットや腰に付けたポーチも渡した。


「厳重なんですね」

「それだけ貴重な本ばかりなんだ。くれぐれも気を付けて、怪しい行動も控えてください」

「わ、分かりました」


重厚な雰囲気に、何もしていないのに、ただならぬプレッシャーを感じる。

そうして、やっと警備兵は腰に付けた鍵を二つ取り出し、ミルに渡した。


「この鍵は?」

「鍵は両脇にある鍵穴に刺して、同時に回すんだ。回す時に誰が回したかも登録されるから、これをしないと入れない」

「なるほど」


これなら、誰が入ったか確実に登録されるし、偽名も使えないから偽装も出来ない。したとしても後でわかるのだ。

双方に別れて鍵穴に突き刺す。兵士はさらに魔法の杖も出すとなにやら、複雑な呪文を唱えだした。

そうして、兵士が合図を出したのでミルは鍵を回した。ガチャリと音がしてドアが開いた。


「あなたも魔法使いなんですか?」


ミルは兵士に聞いた。


「ああ、といっても低レベルの魔法しか使えないがな。この鍵は低レベル魔法で特別な呪文、それから鍵も同時に使う事で開けられるようになっている」

「なるほど、鍵だけじゃなくてその呪文と魔力も無いと開けられないんですね」

「そうだ。じゃあ、入っていいぞ。それから時間に制限はないが、夜には閉めるからそれまでに出てくれ」


そう言いながら、兵士は鉄格子を開けた。

ミルは紙とペンを持って進む。鉄格子を抜けるとさらに重そうな扉があった。

それを開けるとやっと大書庫に入れた。


「話には聞いていましたが本当に厳重なんですね」


ミルは感心したように呟く。

大書庫の中はとても広かった。しかし、その分高い本棚がズラリと並んでいて、圧迫感すらあった。


「うわ……、すごい。どこから見たらいいかわからないくらいいっぱいある」


ミルは感動したように呟いて言った。目もキラキラしている。


”うれしそうだな”

「元々、本や資料を読むのは好きなんです。上手く魔法が使えなくても知識があれば欠点を補完できますから」


そう言いながらミルは、本棚の端から本を見ていく。学生時代苦労したが、それを助けてくれたのは知識だ。


「この本は言語からして違う……こっちは専門外だ……あ、これは植物学だ。すごい、聞いたことがない国にある植物について書いてある。読みたい……でも今は関係ないよね」


ミルはブツブツ言いながら調べていく。時間があれば何時間でもいられそうだ。

ローグは邪魔しないように静かにしていた。ミルは本に没頭していく。

それからしばらく経った。

やる事がなかったローグは、集めた情報を元に王を殺したのが誰か考えていた。しかし、いつの間にか大書庫にある簡易の机の上で眠っていた。

この部屋に入るのは難しい。だからなのか誰も入ってこないし、変な人物も逆に入れない。

地下だからか物音もしなくて、ミルが本をめくる音と何かを書く音が聞こえるだけで眠気が更に増したのだ。

ふと何か気配を感じて、ローグは目を覚ました。


「あ、起こしてしまいましたか?丁度書き込む紙も無くなってしまったので帰ろうと帰ろうと思っていたところでした」

”何か見つかったか?”

「すいません、今日はこれといって大きな収穫が無くて……。ただ、ただ魔法薬をつくるのに役に立ちそうな情報がいっぱいで……」


ミルは申し訳なさそうに言った。


”それなら良かったじゃないか、どうかしたのか?”


ミルがあまりに申し訳なさそうに言うのでローグが聞いた。


「そ、その。探している事を見つけようとしたんですが……知らなかった事とか気になる事を見つけてしまってそっちに夢中になってしまって時間が無くなってしまったんです」

”ああ、そんな事か。王の捜査はまだかかるだろうしまたここにこればいいだろう”


ローグも考えないといけないのにうっかり寝てしまった。人の事は言えない。


「すいません……ありがとうございます」


”今日はもう遅くなった。戻ろう”


ローグは優しく言った。

大書庫は地下にあるので外の様子は分からないが、遅くなった。そろそろ兵士が様子を見に来てもおかしくない。


「はい。あ、この本を返してきます」

”ああ、じゃあ一緒に行こう”


ローグはそう言って、ミルの肩に乗る。

ミルは紙とペンを纏めると、本を持って元あった場所に戻る。


”そう言えば、夢中で何か書いていたが何がわかったんだ?そんなに貴重な情報なのか?”

「ええ、もう廃れてしまった国の魔術とか、過去の忘れられた伝承とか……」


ミルは目をキラキラさせながら言う。

本が好きだというのは本当のようだ。引っ越しをしたり、城で捜査とか慣れない事の連続で大変だっただろう。その楽しそうな表情を見てローグはそれだけでもここに来てよかったと思った。

少しでも気晴らしになったならいいのだがと思う。


”歴史はあまり得意じゃなかったから、尊敬するよ”

「え?ローグ様にも不得意な事があったんですか?ふふ、意外です」

”知らない人物の名前を覚えるのが苦手でな。国の仕事をする時もそんなに必要なかったから余計学ぶ必要がなくなってな”

「歴史は物語みたいに覚えると覚えやすいですよ。私は小説を読むみたいでとても好きなんです」

”なるほど、そういう風に見ればいいのか……それでも……うん?なんだ?”


他愛のない話をしていたら、ふと何か風を感じた。こんな地下でどうしてと思った時、また何かの気配がした。


「え?どうしました?」


ミルが不思議そうに聞き返した途端、誰か別の人間の声がした。


「なるほど、こんな所にいたのですね……」

「っ!だ、だれ?」


誰もいないはずだった場所に、いつの間にか誰かが立っていた。大書庫は地下にあってとても暗い。その人物はローブを着ていて深くフードをかぶっていたので顔は見えない。

その人物はいきなりミルに手を伸ばしてきた。


「きゃあ!」

「フシャー!!」


寸前のところでローグが爪で引っ掻く。しかし、人間の力には敵わないそのまま叩き落された。


「きゃあ!ダメ!!」


ミルは慌ててローグに駆け寄る。


”ミル!逃げろ”


ローグを助けようとするミルをローグは慌てて止める。


「目障りだな……」

「え?何を……」


謎の男は、ミルの首を掴み締める。


「う、っぐ!」

「ここで殺されてもしばらくは見つからないだろう、悪いが死んでもらおう」


男はそう言って腕を振り上げた。その手にはキラリと光るナイフが握られていた。


「っ!」


ミルは恐怖で固まり、目を閉じる。すぐに衝撃があった、しかし、ナイフで刺された痛みはなかった。

そろりと目を開ける。ミルは驚く。ローグが飛び出して代わりに刺されていたのだ。

飛び散る血しぶき。


「いやあああ!!!」

「なんだ!何の音だ」


ミルの声を聞きつけたのか、警備兵がやってきた。


「ッチ」


謎の男は流石に不利だと思ったのか、舌打ちをすると立ち上がり、音も無くその場を離れた。そのタイミングで警備兵が部屋の中に入ってきた。


「おい、なんだ!何があった」


なんとか危機は去ったものの、ミルは恐怖で固まって言葉が出ない。


「き、急に人が襲ってきて……」


ミルは震えながらも男が消えた方向を指さす。しかし、男は闇に消えていた。

しかも、警備兵はあり得ない事を言った。


「人?どういうことだ?今日はこの大書庫に入ってきたのはお前だけだぞ」


ミルは唖然とする。


「え?どういうこと……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る