第35話 空からの襲撃
王宮には、国中から集まった貴族たちがズラリと並んでいた。
荘厳な音楽が奏ではじめると、人々の声が鎮まる。大きな扉が開くと、煌びやかな服を身にまとった次期王で第一王子のワンドがゆっくり入ってきた。
今は戴冠式の真っ只中だ。式は粛々と進んでいる。
『ヤクナム王国、第5代目の王が身まかられて……』
進行役が粛々と、決められた文言を読み上げる。
警備の兵も勿論ズラリと並んでいて、警備も厳重にされていた。入念に準備されていたこともあって、これまでのところトラブルは無かった。
第一王子ワンドはそんな状況ではあったが、つねに警戒はしていた。
それでも、儀式は進み緊張感だけ高まっていった。
『偉大なる太陽が……これに……王冠を授ける』
静かなホールに進行役の臣下が、ワンドにこの国の正式な国王を任命した。
新たな王になったワンドが跪くと、重く煌びやかな王冠が頭上に置かれる。
音楽が消えホールは静まり返る。王が立ち上がったときの衣擦れの音が聞こえるほどだった。
そうして王がゆっくり王座の前に立ち、大勢の貴族たちの方を向く。
その途端、わっと歓声が上がる。
「ワンド陛下万歳!」
そんな声が上がった。ワンドはそれにこたえるように手を上げる。
「兄上!!」
その時ホールにひと際大きな声でそんな声が響いた。その声にホールがざわつく。そこにいたのはいなくなったはずの王子ローグが必死の形相で立っていた。
「危ない!」
ローグのその声にワンドが振り返ると、第三王子のアレフがワンドに剣を振りかぶっていたところだった。
「っく!」
ワンドは寸前のところでそれを避ける。しかし、それが精一杯で体勢を崩し、その場に倒れこむ。
「クソ!どうやって抜け出したんだ?大人しくしていればいいものを」
アレフは悔しそうな表情でいった。あの枷を外すにはアレフが持っている鍵を使うしかないはずだった。
周りの人間は何が起こったのか分からず唖然としている。それはそうだ、ローグは王を殺して行方不明になっていたと言われていた。しかも、ローグの身体は血だらけだった。
ローグはアレフの方を睨みつけて言う。
「こんな事をして何になる、止めろ!」
「うるさい!僕は欲しい物は全て手にいれるんだ!今度こそとどめを刺す!!」
アレフは避けられた事に苛立ったように言って、また剣を振り上げる。
「兄上!……っぐ」
ローグは混乱する人々を押しのけ、走ると二人の間に割り込み、ワンドを庇った。
グサリと剣で刺される。
なんとかワンドを庇う事は出来たが、その剣はローグの胸に深く突き刺さってしまった。
ローグは顔を歪めて膝をつく。
「ローグ!!」
ローグはズルリと床に倒れこむ。床に血だまりが出来る。
「衛兵!!」
一瞬怯んだがワンドはすぐにそう叫ぶ。何かあるだろうと信用のおける兵を近くに分からないように配置していたのだ。屈強な兵がアレフを囲む。
証拠が何も無かったので、何も出来なかったが、王になったワンドに剣をむけ、兄であるローグをそうと分かって剣で貫いたのだ。これで、堂々と捕まえられる。
「……っく」
弁解はもう出来ない。例えここで処刑をしてしまっても大丈夫なくらいの証拠だ。
アレフを囲った兵が槍を突きつける。少しも動く事が出来ないだろう。
「無益な事をしたな……大人しくしておけば。なに不自由なく過ごせたのに」
ワンドがそう言うと、アレフはまだ余裕の表情でニヤニヤ笑う。
「はは、なに不自由なくだ?ここにあるものは全て僕の物だ。僕が何をしても問題なんてない」
こんな状況なのに、アレフはまだ強気の発言をする。今の状況を分かっていないのかとワンドはため息を吐く。
「お前の主張は分かった。処分は追って伝える」
「まだだ、僕はまだ何も手に入れてない……」
何を言っても無駄だと話を切り上げたが、性懲りもなくアレフが呟くように言った。
「何を……」
「僕は全てを手に入れる!今だ!」
アレフがそう叫んだ瞬間、ガシャンと何かが割れる音がした。誰かが床に瓶のようなものを投げたようだ。中に入っていたようで入っていた液体が地面に散らばる。
振り向くと、そこには局長が立っていた。
どうやらあの拘束を抜け出してきたようだ。服は汚れてボロボロだが何事も無かったように立っている。
局長は杖を振り上げた。
「あいつも取り押さえろ!」
ワンドは慌ててそう言った。しかし、兵がそちらに向かおうとした時、天井付近の大きな窓が突然壊れた。
それと共に大人三人分くらいの大きさの竜が、壁を破って入ってきたのだ。
『うわーー!!』
『竜だ!!逃げろ!!』
『ひ、ひいい!!助けてくれ!!』
ホールの中は入ってきた竜に一気にパニックになる。崩れた壁の下敷きになった者もいた。
入って来た竜は大きな咆哮を上げる。人々は完全にパニックになった。外に逃げようとする者、腰が抜けたのかへたりこんで閉まっている者もいる。
兵達も例外ではない。竜なんて一度も見たことが内のが普通だ。何をしたらいいのかわからないようでオロオロしている。
そんな中、局長は何かを取り出し、今度はワンドに何かを投げつけた。
「っく!なんだ?」
割れて中身が辺りに散らばる。それは何かの液体のようだが何かは分からない。よく分からない匂いが辺りに漂う。しかし、毒の類ではないようだ。
その途端、竜の目がギラリと光り、ワンドの方を向いた。
そうして凄い勢いでワンドの方に向かってくる。
流石の事態に兵もワンドも突然の出来事に硬直した。
「兄上!」
「ローグ!!」
固まっていたワンドをローグが掴み庇う。しかし、大きな竜が突撃してきたのだ、二人とも吹き飛ばされた。
それでも竜に噛みつかれるよりはましだ。ローグが庇ったので、幸いにもワンドに大きな怪我は無かった。
「ローグ様!陛下!大丈夫ですか?」
ミルが慌てて駆け寄ってきた。
「っく……大丈夫だ。それよりミル、危ないから来るんじゃない!」
ローグは顔を歪めながらも言う。しかし、見た目は全然大丈夫に見えない。服は血だらけで庇ったときに竜の爪に引っ掛かったのか新しい爪の跡がついている。
「ローグ、本当に大丈夫なのか?さっき剣で刺されて……」
目の前で刺されたのを見たワンドは、困惑の表情を浮かべる。
「そんな事より、兄上はここから早く離れて。衛兵なんとしても兄上を守れ!」
「っ!は、はい!」
周りは酷い状況だ。さっきの竜の突撃でやられたのか倒れて動かない兵もいる。生きているようだが酷い怪我を負っている者も、なんとか立っているが傷を負っているものもいる。
誰も状況を把握できていない。そんな中でローグとミルだけが辛うじて判断して動けると言った状況だ。
「兄上の命は何としても守れ!」
ここは一度逃げた方がいい。何よりこの国のトップであるワンドが死ぬのが一番よくない。
しかし、そのローグも満身創痍だしミルは一介の魔法使いでしかない。
そもそも脅威となっているのは大きな竜なのだ。ここにいる誰も敵わないだろう。
ワンドに突撃した竜はそのまま壁に激突した。かべは竜に傷をつけることもなく、むしろ壁の一部は壊れてしまった。
竜はまだ興奮したようにグルリと振り返る。あんなにすごい勢いで激突したのに何もなかったような動きをしている。
そのついでに大きな尻尾もグルリと周り、逃げ遅れた人々を吹き飛ばした。
「ミルも下がっていろ!」
「でも、こんな大きな竜……」
ミルはなんとか気丈に振る舞っていたが、流石に顔色が悪い。なんとかローグの元まで行き、部屋を出る事が出来たので後はアレフの思惑を潰すだけだと思っていた。
それが、いきなり竜が襲ってくるなんて予想もしていなかった。
竜は大きく素早く力も強い。今逃げたとしても、どこまで逃げられるかは疑問だ。
「俺がなんとか身体をはって時間を稼ぐ……その間に……」
ローグはそう言って剣をかまえる。それはアレフがローグに突き刺した剣だ。身近にはそれしかなかった。
しかし、血に濡れたそれは、竜に対して役に立ちそうには見えない。
それでもローグはワンドを守るように竜の前に立ちはだかる。そうして、自分に意識を向けさせるように竜の方に走った。
勝つ事は不可能だろう、でも死なない体を利用すればなんとか時間は稼げるはずだ。
ガキンと硬い音と共に剣が弾かれた。
「っく!!」
取り敢えず剣で切りつけてみたのだが鱗が固く、傷一つも負っていない。
強靭な身体でそこから繰り出される爪と牙は一振りで死んでしまう。近づくことさえままならないのに、剣で切ることもできない。
ローグはまたもや、あっという間にその爪の餌食になり吹き飛ばされる。
「くそ!傷一つも付けられない……」
ローグが使役された身だから生きているが、通常ならもう死んでいる。
それでも、竜はこちらに注意を向けたようだ。興奮したようにローグに向かってくる。
「っぐ!」
なんとか避けたがその風圧でまた床を転がってしまう。その後も大きな腕で叩き潰されそうになって避けるので精一杯だ。
「さっきフェイ局長が投げた壺はもしかしてなにか竜を引き付けるような物でも入っていたのか?」
今度、竜は執拗にローグに向かってくるようになった。壺は兄のワンドに投げられかかったが近くで倒れていたローグにもかかっていた。
最初に局長が瓶を床に叩きつけたのも同じものだとしたら竜がやってきたのも頷ける。
何らかの方法で竜をここまでおびき寄せて、タイミングを見てここに突撃させたのかもしれない。
「その液体が俺にもかかってて良かった。なんとか時間稼ぎが出来たな」
チラリとワンドが逃げた方向を見る。ワンドは兵に守られ、このホールから逃げられたようだ。
しかし、王がなんとか逃げられても竜はまだ暴れている。このままでは城が滅茶苦茶になってしまう。
王が生き残ってもこれでは元も子もない。
なんとかしなければならないが、どうすればいいかもわからない。
その時、熱い風と共に炎の弾が竜に降り注ぐ。
「ローグ様!大丈夫ですか!」
どうやらその炎はミルが放ったもののようだ。必死の顔で杖を握っている。
「危ないから逃げろと言っただろう!」
「で、でも……きゃあ!」
炎は竜には効かなかった。大きな羽を一度羽ばたかせたら吹き飛ばされた。
ミルはその風に煽られて、壁に叩きつけられる。
「ミル!危ない」
竜はそのままミルを尻尾で撥ね飛ばそうとした。ローグはなんとかミルを庇ったが二人して吹き飛ばされる。
「ミル、大丈夫か?」
「ローグ様……すいません」
ローグはもうボロボロだ。それでも立っていられるのはミルと使役関係にあるからだ。
「俺は大丈夫だ。それにしても、この状況……どうしたら……」
本当ならミルには逃げて欲しいがこんな竜相手に逃げても逃げられるか怪しい。それに今下手に動くと逆に目立ってしまう。
「竜の鱗は硬くてそれ用に鍛えた特殊な刃物じゃないと切れない、ダメージを与えるには目か口の中くらい……」
ミルは震えながらも知っている知識を話す。しかし、今の状況を考えると絶望的な情報だ。
特別な刃物なんてあるわけもなく、近づくことさえ無理なのに目と口の中なんて夢のまた夢だ。
そんな事を考えていたら、間髪入れずに大きな竜の爪が襲いかかってくる。
「っく!、考えている暇もないな!」
なんとか避けるがミルを守るので精一杯だ。
「ローグ様。なんとか隙を作れれば……どうにか出来るかも……」
「しかし、そもそも隙をつくるなんで出来ないぞ」
簡単に隙と言うがそんな事すら難しい。
「……うまくいくか分からないですけど。私に考えがあります」
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