第11話 驚愕の事実

ミルは口をあんぐり開けたあと、何かいおうとしたが口をパクパクさせるだけで声も出せないようだった。

その表情を見て、しまったと思った。驚くのは当然だ、一応俺はこの国の第二王子で王族だ。

最初に言っておけばよかった。取り敢えず落ち着かせて話をしなくては。


「え、えーっと。取り敢えず説明を……」

「な、なんでローグ殿下が……え?この間見かけたばっかりなのに……っていうか私知らずにずっと失礼な態度を……あ……そ、そう言えばすっかり忘れてたけど、私……」


ミルは混乱しきっているようで、言っていることがごちゃ混ぜになっている。しかし、何かに思い至ったのか、ミルの顔が突然真っ青になった。


「え?ど、どうしたんだ?」

「ローグ殿下を……人を使役してしまった!」


ミルはそう叫ぶと、真っ青な顔を今度は白くしながら倒れてしまった。


「あ、……おい!しっかりしろ」


俺は驚きつつも倒れるミルを抱きとめる。幸いな事に頭をぶつけることは無かった。それでもミルは完全に意識を失ってしまったようだ。


「おい、大丈夫か?」


何度か呼びかけて頬を軽くたたいたが目を開かない。


「ショックなのは分かるが、倒れるほどだったのか?」


とは言えこのままではダメだろう。

俺はミルを抱き上げてベッドまで運んだ。


(猫だった時は見上げるほどの大きさだったけど、人間に戻ってみるとこんなに小柄な女性だったんだな)


ミルは軽々と抱き上げられるし細い。あらためてこんな事に巻き込んでしまって申し訳なく思う。

ベッドに寝かせると、これからどうするか考える。


「たしか……ここら辺で見たような……」


俺はそういいながら気付け薬を探す。家の中を探索した時に見かけたのだ。

なんとか見つけてミルの元に戻る。ミルはまだ気を失ったままだ。

早速俺はミルに嗅がせるように近づける。


「んん……」


幸いな事にミルは直ぐに身じろぎして、薄く目を開けた。


「大丈夫か?」


ミルは少しぼんやりした後、慌てて起き上がって周りをキョロキョロ見回す。


「えっと……私なんでここに……」


そうして俺の顔と自分のいる部屋を交互に見て、気を失う前に何があったか思い出したようだ。

また、顔色が悪くなる。


「お、おい。しっかりしろ。また気を失うなよ」


また気を失われたら困る。


「う、は、はい。大丈夫です!うわ!近い!あ!すいません、すいません」

「ほら、落ち着け。深呼吸しろ」


近づくと今度は驚いて慌てだしたので、なんとか落ち着かせる。

ミルは素直に深呼吸をしてなんとか息を整えられたようだ、今回は流石にまた倒れることは無かった。


「はぁ……夢じゃなかったんですね」


落ち着いたものの、ミルはそう言って顔を覆う。

拾った猫が実は人間で第二王子なら当然そうなるだろう。

助けてもらったのに負担をかけてしまって、申し訳ない気持ちになる。


「俺も猫にされてしまった当初は何度もそう思ったよ」


苦笑しながらそう言った。相手が慌てているのを見ると逆に落ち着いてくるから不思議だ。


「う、あう……」


何故か俺の顔を見てミルの顔が赤くなる。


「どうした?まだどこか具合が悪いのか」

「うわわ、また近いです!い、いえ!だ、だ、大丈夫です」

「本当に大丈夫か?」

「ほ、本当に……!っていうか私ったら殿下を立たせて、私だけベッドに!も、申し訳ありません」


ミルは慌てたようにそう言って立ち上がろうとする。


「あー、大丈夫だ。また倒れるかもしれない、そのまま座っていていい」


俺はそう言っておしとどめ、ついでに近くに置いてあった椅子に座った。近くにいるとあまり良くないようだ。

少し距離が空いたおかげなのか、ミルは少し落ち着いた。それでも、まだ顔は赤いしオロオロした表情をしている。


「ほ、本当に申し訳ありません……」


ミルは肩をおとして力なく言った。まあ、パニックになるのも分かる。猫を拾ったかと思ったら文字を書いて人間だと訴え。人間に戻したら、一応とはいえ王族だったのだ。


「落ち着いたか?」

「は、はい……」

「変な事に巻き込んでしまって申し訳ない。俺もまさかこんな事になるとは思ってなくてな」

「い、いえ。私の方こそ、まさか殿下に使役術を使ってしまうなんて……本当にどうしたら……」


ミルはそう言ってまた真っ青になってしまう。


「しかし、それが無ければ俺は死んでいたんだろう。それに、そんなに深刻なことなのか?」


俺はそう聞いた。魔法の事は詳しく分からない俺にとってみれば、今使役されて困った事は命令されたら従うことしかできないくらいだ。

まあ、悪用されたら最悪だが、ミルはそんな事をしそうにない。


「し、深刻ですよ!まず、使役は使役主に命を握られているという事です。しかも、この先ずっとその術に縛られることになるんですよ。それに、死ぬ時は術者がそれを解除した時か術者が死んだ時しかありません」


ミルは必死の形相で言った。


「そうなのか?」


使役の事は知っていたが、そんな関係になっていることは知らなかった。便利な一面はあるが、一方的に完全支配している状態なようだ。


「そうです。そもそも、人間を使役することは人間を動物にする魔法とは比べ物にならないくらい禁忌の魔法なんです。それを使ったと分かったら確実に死刑ですし、その家族一族も罪をかぶって殺されます」


言いながら、ミルは顔を青くさせている。思っていた以上に事態は深刻なようだ。


「そんなに厳しいのか」

「本当に禁忌中の禁忌なんです。その魔法の事を調べただけでも危険視されますし、方法を知っているだけも牢獄送りになるほどです」

「……知らなかったな」


こんな大事だと思わなかった。


「知らないのは仕方ありません。私も学校で初めて知りましたし、口にすること自体が避けられているせいか、その魔法の資料事体もほとんど残ってないんです……王城にある大書庫にはあるらしいですが、噂だけですし大書庫に入るには特別な許可がいります。そこで閲覧することしか出来ません」


ミルは顔を曇らせながら言った。


「それは、困ったな……しかし、それじゃあ、ミルはどうやって俺を使役したんだ?」


禁忌で存在すら知られていなかったのに、どうやってミルは俺を使役したのだろうか。


「そ、それはそうですね……」


ミルも気が付いたようでそう言った。戸惑いつつも考えこむ。

しばらく考え込んだあとミルは言った。


「もしかしたら……動物になっていたことが鍵なのかもしれません」

「なるほど……直接使役するのではなく、一旦他の動物にする事で使役するってことか……」


回りくどい方法だが、ありそうな話ではある。


「もしかしたら動物にする事が禁忌なのは、これが理由の一つなのかも……」


ミルは難しい表情で言った。確かに動物にする魔法を知っていれば、人間の使役は簡単になってしまう。


「使役の魔法はよく使われるし、動物にすればいいだけなら、方法を禁止されるのもわかるな……」


とはいえ、そんな禁忌になっているような魔法にかかってしまうなんて、偶然が重なったからといえ、かなり面倒な事態だ。


「……それにしても……これからどうしたら……」


ミルは途方に暮れたように言った。死ななかったのは運が良かったかもしれないが、死ななかっただけで最悪な状況なのは代わりがない。


「そうだな……取り敢えず人間に戻れたし、城に戻らないと。いきなり俺を襲ってきたやつがいたんだ。それに仮にも王族が行方不明になっているこの状況は良くない」

「え?でも……」


ミルは心配そうな表情になる。おそらく使役してしまった事がバレた時のことを心配しているのだろう。


「……使役の事は……しばらく隠しておこう。……下手に知られたら取り返しがつかないが故意にしたわけじゃない。それにミルを処刑してしまったら、俺も死んでしまうんだろ?仮にも王族なんだからそんな事しないだろ……多分……」


城での自分の立場を思い返すと、あっさり切られそうなのが怖い。


「あ、そうじゃなくて……」


ミルが何か言おうとした時、ドアがノックされた音がした。


『ミルちゃん、いるかい?』

「え?あ、はい!」


ミルはびっくりした表情になって、俺の顔とドアの方を見比べてオロオロする。


「取り敢えず俺は隠れてる。怪しまれないようにしておいた方がいい」

「わ、分かりました」


小声でそう言うと、ミルは立ち上がるとワタワタしつつ身だしなみを整えて部屋を出た。

俺は部屋の隅に移動して隠れつつ、外の様子を伺った。

パタパタとミルの足音とドアを開ける音がした。


『あ、こんにちは。ジョージさん、どうかされました?今日は私村に行く予定は無いんですけど……』


声しか聞こえないが、どうやら家を訪問してきたのはミルの知り合いのようだ。


『ああ、今日は村で言付けをたのまれたんだ』

『言付けですか?お店の店主からですか?』

『そうなんだ。なんでもミルちゃんが作った薬の評判が相当良かったようで、急いで追加が欲しいそうだよ』

『え?本当ですか?』


どうやら、ミルの仕事が関係する話のようだ。取り敢えず自分のことは関係ないようでホッとする。


『なんでも、この値段では買えないような効果が出たらしくて、しかも買ったのが王都の兵がらしくて、評判になってるそうだ』

『あ、そう言えば昨日、店ですれ違いました』

『よかったじゃないか。ずっと頑張っていたのが認められたんだ』

『あ、ありがとうございます』


なんの話なのかわからないが、なにかいい事があったようだ。しかし、あまり自分には関係ない話を盗み聞きするのはよくない。

俺はそう思ってその場を離れようとした。


『それに、どうやら王都の方が騒がしいみたいだから、これから忙しくなるかもしれないよ』

『え?何かあったんですか?あ、第二王子が行方不明になったから……』


ミルはもごもごと口ごもった。

話が自分の事になって俺は思わず足を止めた。


『ああ、そうか。ミルちゃんは村に行ってないから知らないのか』

『知らない?』

『どうやら、王が亡くなったらしい』

『え?ええ!!』


俺はあまりの事に、声を押さえるのがやっとだった。


『しかも、殺されたらしくて、その行方不明の王子が犯人らしい……』

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