第40話 陽だまりの猫

ミルは驚いて固まる。


「す、すまない……兄上の目の前で、剣で突き刺されたのに、なんで傷一つ残ってないんだって問い詰められて……上手い言い訳を思い付かなくて……」


ローグはもごもご言う。


「……あ、ああ、戴冠式で陛下を助けた時ですね……」


ミルは思い出しながら言った。あの時は色んな事があって混乱のさなかだったのですっかり忘れていた。


「そう、庇うために刺されたのだが、胸を突き刺されたのを目の前で見られていたから、隠せなかったんだ」

「そ、それはもう仕方ないですね……うう、でもどうしよう。陛下はなんと?」


ミルは動揺しながらもそう言った。

一番知られてはいけない人に知られてしまった。こうなってしまっては後はどういった処刑の方法で死ぬかを選ぶくらいしか選択肢がない。


「だ、大丈夫だ。ミル、どうしてこうなったか事情を話したら兄上はわかってくれたし、これがなかったら、俺や兄上の命も無かった事もわかっているから」


真っ青になって絶望しているミルを見て、ローグは慌てて付け加える。そうして、しばらく様子見すると言った兄の言葉も伝えた。

そうして、やっとミルの表情も少し戻った。


「じゃ、じゃあ。私はまだ処刑されたりしませんか?」

「だ、大丈夫だ。それに、忘れたのか?ミルがしんだら俺も死んでしまうんだ。流石に、兄上は処刑したりはしないよ……」

「そ、そうですよね……」


そう言ってなんとかミルはホッとした顔になる。


「す、すまない。バレないようにすると言ったのに……」

「い、いえ。ローグ様のせいではありません。……でもこれからどうしましょう?」

「取り敢えず、目標はこれまでと同じで、使役を解く方法を探すだけだな」

「そう言えば、最近その事についてまともに調べていませんでした。私の方も落ち着いてきているので、これからそれを中心に調べますね」


ミルはぐっと拳をにぎり、気合いを入れる。


「なにか手伝える事があったら言ってくれ。兄上もそう言っていた」

「はい、ありがとうございます。とりあえず今は大書庫を使わせてもらえれば大丈夫です」

「それなら、問題ない。それなら今まで通り使えるはずだ……」


その言葉を聞いてミルはにっこり笑う。


「良かった……」

「問題は全て解決とはいかなかったが、急ぐ必要はなくなったんだ。取り敢えず落ち着いてゆっくり考えよう」

「そうですね。そう言えば……フェイ局長はどこに行ったんでしょうか……」


ミルがふと思い出したように言った。

実はフェイ局長は一度捕まえたのだが、その後どうやったのか逃げられてしまったのだ。


「ああ、あいつか。大怪我を負っているはずだから、そんなに遠くには行けるはずないんだがな……」


局長は、いや今は元局長か、その元局長はアレフと一緒に捕まった。その時に大怪我を負った。

犯した罪を考えれば同情の余地もないが、それでも罪を償うために一応治療をうけさせなければならない。

しかし、その治療の途中、目を離した隙にいなくなっていたのだ。

立ち上がれないくらいの怪我を負っていたはずなのだが、その後姿を見た者はいない。


「あの後、局長のことを調べたって聞きましたがなにか分かったんですか?」

「ああ、それが色々不可解な事がわかったんだ。よくよく調べて見ると分かっていた経歴や家柄は全て嘘だった」


王城で雇う時当然経歴や家柄は徹底的に調べられる。安全のためだから当然だ。それなのにそれを潜り抜けて長い年月城で雇われていたのだ。


「え?そうだったんですか?」

「ああ、思っていた以上に謎の人物だったんだ。これからも勿論調べて追うつもりだが、どうも手ごわそうだ……」

「そんな人物だったなんて驚きです。ローグ様が生まれる前から城で働いていたんですよね?そんな長い間……」

「まあ、だからこそ誰も疑わなかったというのもあるだろう。でもその分調べるのが難しくてな」

「私の方でも分かる事があったら調べてみますね。彼が使っていた部屋はまだ残ってますし。魔法の事なら私も多少わかりますから」

「すまない、出来るだけでいいから」

「はい」


そんな会話をしていたら竜は食事を終えて、昼寝を始めていた。

穏やかに眠る姿を見ると、そんなに危険な生き物には見えないから不思議だ。


「そう言えば近いうちに戴冠のお披露目パレードをするのは聞いたか?」

「ええ、ロズも参加するんですよね?大丈夫でしょうか?この子は強いですからパレードで行進するくらいは問題ないですけど。強すぎるので、うっかり人を怪我させないか心配です」


パレードは人が集まる、それに竜は大きく、ちょっとした動作でも大振りになる。だから、ちょっと尻尾が当たっただけで、大人でも吹き飛ばされる威力がある。


「細かい事は決まっていないが、そんなことにならないように調節するよ。というかロズを参加させるのは、竜を思い通りに出来ると知らしめるためだからな」


これをするのは外交のためなのだ。

この国は今のところ他の国とは戦争はしていないが、この先何があるか分からない。領土を広げようと虎視眈々と狙っている国は沢山ある。

事実、弟のアレフが謀反を起こし、危うく内戦状態になるところだった。

この噂を聞きつけた他国が、チャンスとばかりに不穏な動きを見せたらしい。

あっという間に収束したからその危険は一旦回避できたが、またこんなことがあるか分からない。


「まあ、この子がいればインパクトも凄いですし、きっとみんな話題にして、あっという間に他国にもその噂は広がるでしょうね」


竜のロズを城で飼っているのはそれも理由の一つだ。もし人と人の戦いで竜も戦力の一つだったら竜が味方にいる方がどれだけ優位か。

なので、この国には竜を従えているぞと喧伝しておけば、他の国はそう簡単に攻め込もうなんて思わないだろう。

そんな戦略の一環として竜のロズをパレードに参加させることになったのだ。

むしろ、パレードをわざわざするのはこれが目的だったりする。


「この竜が現れた時はこんな事になるとは思わなかったな」

「ふふ、本当ですね。まあ、私はローグ様に出会ってからそんな事の連続ですけど」


ミルは思い出したのかおかしそうに笑う。


「確かに……まあミルにとっては巻き込まれて迷惑ばかりだったろうし、俺もなんでこんな目にって何度も思ったけど……」

「けど……?」

「兄上と距離も近くなったし、王宮での居心地も少し良くなった」


王妃と弟のアレフが囚われ動けなくなったのは大きい。二人の不幸を願っていたわけでは無いが、この先かかわりが少なくなるのは、正直嬉しい。


「何より、ミルに出会えたからな」

「え?私ですか?」


突然言われてミルは驚く。ミルはローグの命は助けたがそれ以上に厄介なことも背負わせてしまった。

今回、上手くいったが一歩間違えれば悲惨なことになっただろう。


「ミルのおかげで乗り越えられたって言っても過言じゃないよ。……今だからいえるけど、猫になって生活するのも結構楽しかった」


いたずらっぽくローグが言った。ミルは少し驚いた表情をする。


「そうだったんですか?」

「ああ、今日みたいにいい天気の時に日向ぼっこしながら丸くなって寝るのは、かなり気持よかったし。仕事が忙しい時は、戻りたいとすら思うよ」


ローグはクスクス笑いながら言った。

ミルはそれを見てつられて笑う。


「私もあれはちょっとうらやましかったです。日向ぼっこした後のローグ様の毛並みはとても暖かくて柔らかくて触り心地も良かったですしね」

「それなら、今度はミルに猫になる魔法をかけて貰おうかな。ミルにならいつでも解いてもらえるし」

「ロ、ローグ様。流石にそれはだめですよ」


ミルは慌てて止める。猫にする魔法も禁忌魔法の一つだ。


「冗談だよ。それくらい嫌な事ばっかりじゃなかったって言いたかったんだ」


慌てるミルを見てローグは吹き出しながら言った。苦笑いだったり微笑む顔は見たことがあったが、こんな風に破顔する表情は初めて見た。

不覚にも可愛いと思ってしまって、ミルは顔が赤くなる。年上のしかも立場の高い人にこんな事を思うなんてと恥ずかしくなった。


「そ、それならいいんですけど」

「悪かったよ。……うん?どうしたんだ?何だか感情が変に乱れてるが?」


使役されているローグがミルの動揺を察知して聞いた。使役されている者は主人を守るために主人の動向には敏感に察知する。

竜のロズも目を覚ましてなにかあったのかとこちらを見ていた。

ミルは慌てて言い訳をする。


「ちょ、ちょっと忘れていた仕事を思い出しまして……」

「そうだったのか?それじゃあ引き留めて悪かったな」

「い、いえ。急ぎじゃないですから大丈夫です」


ミルはなんとか誤魔化せたとホッとしながら言う。使役関係というのは動物とならいいが人間相手だと、こういったことが筒抜けなのが困るなと思った。

動揺もなんとか治まってくると、また昼寝を再開し始めた竜を眺める。

ローグも眩しそうな顔でそれを見ながら、呟いた。


「いい天気だな……」


暖かい日差しの中、ミルはこんな時間がずっと続けばいいなと思った。

ずっとは無理だろうし、問題も沢山残っている。

今まで辛いことも褒められない事もしてしまった。問題も全て解決したわけではない。

でもミルは、こんな状況を後悔はしないと思った。


終わり




最後まで読んでいただきありがとうございます。

これで、一旦完結です。応援やいいねありがとうございました。


近況ノート(2023/01/09)にあとがきを載せてますのでよければ読んでやってください。

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