第39話 事の顛末

ローグは話が終わったので、王の執務室から出て中庭に出た。そこには、でかい竜が日向ぼっこをしている。


「そろそろ慣れるかと思ったが、いまだに慣れないな……」


ローグは苦笑いしながら言った。中庭に鎮座しているのは、王の戴冠式に飛び込んできて国を混乱に陥れかけたあの竜だ。


「あ、ローグ様」

「ああ、ミルか」


パタパタ走る音がしたと思ったら、ミルだった。

ミルは山もりの肉が入っている大きな桶を持っていた。ミルはヨロヨロしながらも、丁寧にお辞儀をする。


「ああ、別にそんな改まったお辞儀なんていいぞ。急いでいるんだろ?」

「い、いや。流石にここではきちんとしないといけませんよ」


ミルは周りをキョロキョロ見ながら言った。猫になっていた時はそんな事をしていなかった。

しかし、平民出の魔法使いが王族のローグとそんなに気安く話すなんてあり得ない。

分かってはいるが、なんだか違和感がある。


「正直、ここまで敬われる事はしてないんだがな」

「何言ってるんですか、ローグ様はこの国では二番目に偉い方ですよ。本来は私なんかが話していい人間ではないのです」

「しかし、な……もう、王子ではなくなったし」

「あ、そう言えばそうでしたね。大公になられたんですよね」


そう、ワンドが王になったので、立場は王弟ということになる。そして、地位としては大公の地位と領地をもらった。


「まあ、一応王族だが、貴族と同じだ。それにミルは俺と王の命の恩人でもあるんだ」

「それでも、そんなわけにはいけませんよ」


ミルは困ったように言って更に続ける。


「それに、私が無礼な態度を取ったのを見られたら、怒られるのは私ですよ。王都ではローグ様は王を間一髪で救い突然現れた竜に勝って配下にしてしまった英雄って言われているのに」

「それか……竜を配下にしたのは俺じゃないだろう。全くなんでこんな勘違いされたのか……」


ローグは困った顔をして言った。

そうなのだミルが竜を使役した時、周りに残っていた貴族や怪我をした兵士がそれを見ていた。

しかし、ミルが小柄でローグの陰に入っていたので、ローグが竜を従えたように見えたのだ。

その後、アレフを捕まえたり、状況を収めているうちにその間違った噂があっという間に広がってしまったのだ。

勿論、訂正はしはしたがそれは、追いつかないくらい広がってしまった後だった。


「初代の王様が竜を倒したって伝承があるし、ローグ様はその王と同じ黒髪と金の瞳をされていますからね」


もう伝説の再現だ、いやそれより凄いと言われてかなり盛り上がってしまったのだ。

竜を使役した張本人のミルはまるで他人事のように言う。


「何だか人の手柄を横取りしたみたいで、複雑なんだよな。凄いのはミルなのに……本当にミルはそれで良かったのか?」

「え?私はいいですよ。変に目立つほうが困りますから」


ミルはなんてことないと言うようにあっさりと言った。城では名誉や地位を自慢して見栄を張るような人間ばかりで、ミルのような人間は珍しいなとローグはあきれ半分に思った。


「そうなのか?」

「使役に関してはあまり調べられられると、いもずる式に魔法が使える経緯が知られたら困りますから……」


その言葉でそうだったと思い出す。ミルはローグを使役してやっと魔法をまともに使えるようになったのだ。

ローグはミルが魔法を使えない時を知らないので忘れていた。


「ああ、確かに。それであまりに有名になって、変な詮索されるのは困るよな……」

「そうなんですよ。ですのでローグ様お気になさらないで下さい」


ミルはニコニコ笑いながら言う。


「……あー、実はその事で報告があるんだが……」

「何ですか?」

「……ここだと言いにくいな。もう少し落ち着いた場所に行きたい。それにミル、その手に持っているものそのままでいいのか?」


ローグは周りを気にしながら言って、ミルの手に持っている物を指さす。少し話していただけだが、廊下には人が通るし、ただでさえローグは目立つのでじろじろ見られている。

それに、ミルの手には竜の餌が山もりになったままだ。とうの竜は大人しく待ってはいたが、お腹は空いているようでよだれをダラダラ流している。


「あ!そうでした。すいません、少し待っていただけますか?」

「どうせなら、そっちで話そう。竜の近くなら人はそんなに近づかないだろう」

「あ、そうですね。分かりました」


ミルはそう言って竜のところに向かう。ローグもゆっくりついて行く。

周りの人間達はローグ達を目で追っていたが、竜の方に向かうと遠くで眺めるだけになった。


「ロズはもうすっかり、城に慣れたようだな」


ロズはミルがつけた竜の名前だ。

この竜が城に現れた時まさかこんな事になるとは思わなかった。使役してしまった竜はあれから城にいる。

まあ、ミルの使役獣になったのだからしょうがない。放し飼いも出来ないので城で飼うことになったのだ。


「そうですね。ほら、ロズごめんね遅くなって」


ミルはそう言って中庭に入って桶を置いた。すると、早速ロズは桶ごと食べる勢いで食べ始める。ミルに使役されているとはいえ、その牙は鋭くやはり少し恐ろしい。

事実、廊下を通りかかった人々は近づくことなく、遠目でこっちを見ている。まあ、仕方がない。本気になれば城を破壊できるだけの力がある竜なのだ。

それでも、物珍しいのかいつも見物している人がいる。


「あ、そう言えばローグ様、お仕事中ではないですか?お忙しいのでしたら後でも……」

「いや、大丈夫だ、急ぎ仕事はあらかた終わったからな」

「そうですか。ずっと仕事が忙しそうだったからおちつかれたなら、良かったです」


ミルはホッとしたように言う。

本当にあの戴冠式の後は色々忙しかった。おかげでミルとゆっくり話す時間もあまりなかった。

ローグも竜に近づきそのつるつるの鱗を撫でる。相変わらず硬い。

戦った時のことを思い出す。剣で切った時に傷一つ付かなかった時は絶望的な気分になった。


「それにしても、改めて凄いよな。いまさら何だけどなんでミルは竜を使役できたんだ?」


でかい竜が穏やかに陽を浴びながら食事をしているのを見ながら、ローグは言った。竜が使役できたと分かった時も驚いたが、改めてこの大きな竜が穏やかに食事をしている姿に驚愕してしまう。

竜を使役するなんて歴史的に見てもあまり前例がない。

そもそも、竜はあまりいないしそれを使役しようなんて人間もいなかった。


「私もよく分かってないんですよね。自分でも驚いてて……」


ミルは困ったように言った。確かに使役してしまった時、一番驚いていたのはミルだ。


「使役魔法の事詳しく分かってないんだが、こんな大きくて魔力のある生き物はめったに使役出来ないんだろ?」


使役は身体の大きさに比例して操るのが難しくなる。それに複数体使役するのも難しく、ミルはもうすでに俺と狼のロウを使役している。

そうなると、理論的にこんな大きな竜を使役するのは不可能なはずなのだ。

だからミルは最初、作戦を話した時使役は出来ないと断言していた。


「そのはずなんですけどね……思った以上に私の魔力量が多かった?のかな?」


ミルは自分のことなのになんだかあやふやで自信がなさそうに言う。

魔力の量は人によって違う。子供の時にうける魔力測定はある一定の魔力までしか計れないそうで、ミルは正確に自分の魔力量がどれだけあるかを知らないのだ。しかも使役が出来なかったから、長い間使うことも出来なかったし知る必要もなかった。


「いい機会だし、これから詳しく調べてみたらいいんじゃないか?」

「う、うーん。そうですね……一度そうしてみます」


ミルは考えてそう言った。全てでは無いが色々解決したし、このタイミングで調べてみた方がいいかもしれない。


「ミルは謙遜してるけど、きっと凄い力を持っている気がするよ。確か、魔法省の局長にならないかって打診もあったんだろ?」

「うう、確かにあったんですけど。断りました、私なんてとんでもない、無理ですよ」

「経験がないからか?」

「それもありますけど……その気はなかったですけど、人間を使役するって禁忌を犯してしまいましたし、今回の事件で禁止されている魔法も使いましたしね」

「ああ……そうだった……その事で……」


ローグは気まずそうな表情になった。


「どうされたんですか?あ、そう言えば話があると仰ってましたが……」

「う……実は兄上に使役された事がバレてしまった」

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