第38話 過去の因縁

ローグはまた言葉を失う。


「アレフと局長はそう言う繋がりがあったんだ。だから分かった」

「だから……」


あの二人の繋がりが分からなかったが、そういうことであれば納得がいく。

アレフがなんで王位を奪おうとしたのかは分からない。ただの我儘だろうが、局長はそれに協力したのだ。

王を殺し、ローグを猫にして連れ去り罪を着せ、最後にはワンドを殺して王位簒奪を狙ったのだ。アレフが王になるには事実を知っている人間を殺すしかない。

だからこんなに乱暴なやり方になったのだ。


「何も問題を起こして無かったし、公にもなってなかったから放置していたが。何でもいいから首にしておけばよかった……」


ワンドは後悔するように言った。確かに局長を辞めさせるにはそれなりに理由がいる。フェイ局長は優秀だったようだし放置してしまうのも分かる。

あの竜の襲撃が上手くいってしまっていたら、状況は逆転していただろう。

アレフはあの事件の後、すぐに捕まった。またワンドを殺そうと近づいたが、駆けつけた兵にあっさりと取り押さえられたのだ。

今はめったに人が寄り付かない塔に幽閉されている。


「……じゃあ、王妃も最初から関わっていたのですね?」

「そのようだ。しかし、詳しい事は知らずただ金を出しただけのようだ。詳しい動機は分からなかった……まあ、いまさらその事実がわかったところで意味もないがな」


ワンドはそう言って苦い顔をする。

実は、アレフが捕まって幽閉されたと聞いた王妃は、その事実が受け入れられなかったのか気がふれたようになってしまったのだ。

今は、まともな会話も出来なくなってしまい、療養という名目で人の少ない土地に送られ、実質的に幽閉されている。

王妃はあのままでも、王の国母になれた。自分の息子が王になったのに、なぜ王の血が繋がっていない子にそんな事を許したのかはわからない。


「兄上……」


ローグはかける言葉が思い付かなかった。ワンドは短い間に父親を亡くし、母と弟に命を狙われたのだ。


「そんな顔をするな。お前が残ってくれただけでも助かっているよ」


ローグがよっぽど酷い顔をしていたのか、ワンドは苦笑いして言った。


「っ……!そ、そうですか……」


突然、優しいことばをかけられてローグは狼狽える。最近というか、事件があってからワンドは目に見えてローグへの対応が柔らかくなった。

まあ、あんなことがあったし、もう肉親と呼べる人間はローグしかいないのだ当然なのかもしれない。それでもローグは戸惑ってしまう。


「……お前に謝らないといけないな」


ローグの態度を見てなのか、ワンドは少し考えた後そう言った。


「え?何ですか?」

「母……いや、王妃のことだ。弟も含めてお前に辛くあたっていただろう。俺はそれを止められなかった。何かしたかったが私が下手になにかすれば悪化するだけだと思ってなにも出来なかった」

「だから……だからあんな態度を?」


ワンドは理不尽な事はしなかったが、ローグにとっては態度は冷たく恐ろしい存在だった。でも、露骨にローグに味方をしていたら無駄な対立が起こっていたのも確かだ。


「悪かった。執務の事を覚えて貰うためにもと思って厳しい態度をとった。……私が正式に王になれば、この状況は打開できると思っていたが……まさかこんな事になるとは思っていなかった」


そう言ったワンドの顔はさっきより穏やかだ。あの事件から時間が経って少し落ち着いたのかもしれない。事件当時は常に厳しい表情をしていた。


「……そう言えば。結局お話は何だったんですか?アレフの事だったらかなり驚きましたが……」

「いや、違う。まあ、さっきのこともだが、もう一つ確認したい事があってな……」


そう言ってワンドは真面目な表情に変わる。また少し緊張が戻る。緊張するのは今までのことがあったからだと思ったが、それとは別にワンドには威厳があるのだ。

何かあったらローグに王位を継げといったが、なにより王として適任なのはワンドしかいない。

ローグは自分だったらこんな威厳のある態度はきっと無理だと思う。

改めてあの時、身を挺して守って良かったと思った。ローグは姿勢を正す。


「なんでしょうか?」

「一つ気になったことがある。戴冠式で俺がアレフに刺されそうになった時、庇ってお前が刺されただろう」

「あ、え、ええ」


丁度同じ事を考えていた事に驚いたが、なんで今この話をするのか分からなくて戸惑う。


「お前はたしかにあの時剣で切られた、それなのにその後、何事もなかったように立ち上がって戦い始めた」

「あ……そ、それは偶然、脇を抜けて直撃しなかったので大丈夫だったんです。ほ、本当に運が良かったです」


ローグは目を泳がせながら言った。本当はほとんど心臓を貫かれていた。しかし、ミルと使役関係にあるから治ったのだ。

でも、これは誰にも知られてはいけないことだ。


「ローグ、私は目の前で見ていたんだぞ。完全に身体を貫かれていた」


ワンドはさっきとは一転、厳しい表情で言った。まさか今こんなことを聞かれると思っていなかったから、どうしていいか分からなくなる。


「い、いや。本当に……」

「一体どういうことだ?」

「そ、その。ミルが……」

「ミルがいくら優秀でもあんな短時間では治らない事は俺でもわかる。それに、治癒魔法も使っていなかっただろう」


真っすぐにローグを見るワンドの、視線は先ほどと違いとても厳しい。ローグはとてもじゃないがワンドの顔は見れなかった。


「えっと、その……」

「あの後、魔法治療師に聞いたが傷跡も無かったと聞いた。あの後、お前は竜とも戦っていただろう、かなり傷を負ったはずだ。でも、その時の傷もない」


確かに全てが終わったあと、大丈夫だと言ったのにやたら詳しく魔法治療師に診断された。異常はないと言われたが、それが仇になるとは。

あの事件の後は混乱していたから、何とか誤魔化せたと思っていたのに。

ローグは言い訳を考えたが、刺すような視線が恐ろしくて考えがまとまらない。


「兄上のの勘違いでは……」

「……」

「……」

「……」


部屋に重苦しい沈黙が降りる。ワンドの視線は鋭く重々しい。


「じ、実は……」


ローグはたまらず使役の事を話した。



**********


「……そうか、そんな事が……」


一通り話した後、ワンドはため息を吐いてそう言った。


「本当に偶然が重なったんです。ミルに悪意はありません。それに、この事があったおかげで俺は生き残れたんです」


何度となくそのお陰で助かった。


「そのようだな。私が今生きているのもそのお陰だ。しかし、使役とは……」


ワンドは深刻な表情をしている。それはそうだ、前例のない事だ、驚くだろう。しかも王族でもあるローグがそんな事になるなんて。知られてしまったら大変な事になる。


「黙っていてすいません……」

「お前の話を聞いて、話が繋がらないところがあって。おかしいと思ったんだ」


ワンドに猫にされた時の事を説明した時も、誤魔化しつつ話したので筋の通らない事もあったのだ。

ワンドは思い出したように言った。呆れているのだろうか。


「その……俺がこんな事を言うのはおかしいかもしれませんが、この力はとても便利です。ミルもそれを悪用したりもしなかった」


ローグはあわてて言った。ミルには本当に感謝しているのだ。彼女が何か罪をかぶるのは本意ではない。それに、ミルとどうにかすると約束したのだ。


「わかっている。何か刑罰を与える気はない。しかし、いつまでもそのままという訳にもいかないだろう」

「それに関してはミルは大書庫でついでに調べたいと言っていました。なにか見つかるかもと」

「ああ、それで大書庫の使用許可が欲しかったのか」

「結局まだ見つかってはいないみたいですが、あんな事があったので時間も無かったのだと思います」

「そうか、もしかしたら戻す方法がみつかるのかもしれないんだな」


そう言ったワンドの顔は、少しホッとしていた。


「そうですね。きっと見つけられると思います。彼女は謙遜していますが本当に優秀な魔法使いですから」

「随分彼女を買ってるんだな」

「本当に色々助けられたんです。巻き込んでしまったのに文句も言わずよくやってくれていました」

「そのようだな。わかった、しばらく様子を見よう。分かっていると思うがこの事は誰にも知られないようにしておいた方がいい」

「分かりました」


なんとか大事にならず、ローグはホッとした。

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