第2話 突然の襲撃

そして翌朝。


「ふあ……」


俺はあくびを噛み殺しがら、馬に乗っていた。

今は、昨日兄上に言われた妖魔退治のために森に向かっている。

結局、仕事と準備をしていたら出発の時間になっていて眠っていない。

兄上が言っていた通り、討伐の準備はすべて終わっていた。

俺はただ一緒に向かうだけでよかった。

一応立場があるので俺はこの部隊の隊長の後ろに付く。周りや後ろには護衛の兵や部隊の副隊長が付いてくる。


「殿下、寝不足ですか?」

「あ、いや……」


そう言ったのは、前にいた隊の隊長だ。兄はよほど体面が大事だったようだ。その男は軍の中でも優秀と噂で、将来は軍のトップになるのではと言われている男だ。


「遅くまで遊んでたんですか?いいご身分ですな」


隊長は馬鹿にしたように笑いながら言った。


「遊んでって……仕事だ」

「ふん、どうだか……」

「ちょっ!隊長!何言ってるんですか失礼ですよ!」


そう言って割り込んで来たのは隊の副隊長だ。焦ったように間に入ってきてとりなす。

隊長は顔をしかめて離れていった。まあ、エリートなのにこんな仕事に駆り出され、厄介者扱いされている王子のお守りをしなくてはならないのだ。腹も立つだろう。


「ローグ殿下、申し訳ないです」


副隊長は気遣うように言った。


「はぁ、まあいいよ。いつもの事だ」


俺がそう言うと副隊長は苦笑いをしながらも、気まずい表情のまま距離を置く。

城で、周りの人間は大抵こんな反応だ。馬鹿にして下に見てくるか、へりくだってよそよそしく距離を取るかどちらか。

そして、やってもいないことを噂で流される、これも昔からだからもう慣れた。

発信源は王妃だ。

王妃が言っているから否定すれば侮辱と取られ肯定するしかできない。だから、その噂が流されるのを止めることもできないのだ。

そうして、今に至る。


「まあ、俺の評判は生まれた時から地に落ちてるからな……」


元々面倒な仕事だと思っていたが、さらに気が重くなってきた。

気を紛らわすために、俺は今回の妖魔討伐の資料を軽く思い返す。

その妖魔は、王都の郊外よりさらに田舎にある森に現れたらしい。

妖魔は妖精が暴走したもので、大抵は動物に取り付いて暴れる。取り付かれた動物はとても凶暴で力も強くなる。首を切ってもしばらくはうごいているくらい凶暴だ。

そして、殺さない限りあばれて止まることはない。

とは言え今回は、妖魔は一匹で、大人数であればすぐに対処できる。予定通りに進めは今日中に城に戻れるだろう。

現地に着くと、簡易のテントを張って荷物を置き、準備をする。

それが終わると、地元の人間に詳しい話を聞き、具体的な作戦をたてることになった。


「俺は何をすればいい?」


到着して俺はそう聞いた。

兄上からは付いて行けばいいと言われただけなので、具体的に何をすればいいか知らないのだ。


「殿下は取り敢えずそちらに座って、休んでいただければいいです。細かい作戦はこちらで立てますので、実行する時に後ろの方でついてきてもらえれば……」

「それだけでいいのか?」

「ええ、何かあってはいけませんし……」


副隊長が苦笑いで言った。本当に自分はいてもいなくてもいい存在なのだ。


「足手まといなんだ。出来るだけ何もしないでいただきたい」


横から隊長が横から付け加えるように言った。


「隊長!またそんな言い方!」


副隊長が言ったが、隊長はフンと馬鹿にしたように笑ってテントから出て行った。


「で、殿下申し訳ありません……」

「ああ……」


まあ、何も出来ないし足手まといになるのは分かっていたが、こうもはっきり言われると逆に清々しい。

副隊長は申し訳なさそうにしながら、テントを出て行く。

しばらく待っていると準備ができたようで、実際に現場に向かうことになった。


「作戦はどうなった?えーっと……」


馬に乗りながら副官に聞いた。名前をド忘れして思い出せない。

作戦も知っていても何も変わらなさそうだが一応聞いてみる。


「ロイドです。妖魔がいるのは村のはずれにある空き家です。しばらく人が寄り付かなかったせいで気付かれずにいて、手に負えなくなったようです」

「なるほど」

「周りに人が住んでいなかったのは幸いでした。兵で囲っていっきに片づける予定です」

「そうか、それならすぐに終わりそうだな」


俺はそう言って頷く。


「そして、その場所はここから村の反対側なので、村を通ります。殿下の姿を見れば村人も安心するでしょう」

「ああ、それで俺はそこまで付いていけばいいのだな。まあ、それが俺の来た意味だからな」


自嘲しながら言うとロイドは困ったように笑った。


「申し訳ありません。お手数かけます。……それから隊長の事もすいません」

「随分嫌われているようだな……」

「隊長はこれが正しいと思ったら、そう思い込んでしまう性格で……」

「いいよ、慣れてる」


その時、大きな鷹がロイドの元に飛んできた。


「ああ、知らせが来ました」

「それはお前の使役獣か?」

「ええ、そうです。小さいですがあと三匹います。安全のためにこの辺りに不審な者がいないか調べていました」


そうかと俺は頷く。

ロイドは魔法使いのようだ。

魔法使いは大抵使役獣をつれている。それが魔法使いの目印と言ってもいいかもしれない。

使役獣は猛禽類の鳥や犬や狼が多い。意のままに操り、こんな風に情報を集めたり、その鋭い爪や牙で戦わせたりできるそうだ。

魔法使いは使役獣が多いほど優秀だと言われている。四匹も従えていると言うことは、ロイドは優秀な魔法使いのようだ。

このロイドは鷹のようで、そうこうしているうちに他の鷹も帰ってきた。鷹たちはロイドの肩にとまると餌を貰っている。


「何かわかったか」

「はい、現場はすぐ近くですが他に妖魔や危険な動物はいないようです」

「そうか、それなら後は妖魔を討伐しておわりだな」

「そうですね。順調に終わればいいのですが」


そうしているうちに俺達は村に入った。

村はとても小規模で、教会や家・数軒の店や役所宿しかないようだ。それ以外は広い広い農地にポツポツと家が建っているだけ。

そのまま進んで行くと村人がわらわら出てきて俺達の姿を見ると、歓声を上げた。


「随分、大袈裟だな」

「それだけ不安だったのでしょう」


ぼそりと呟いたら、ロイドが言った。


「そう言うものか」


俺はあまり城から出る事がなく、外からどういう評価なのかよく分からない。王妃が変な噂を流しているのでろくな評判になっていないだろうと思っていたが、ここまで遠い場所だとそれも届いていないのだろう。

兄の思惑通り、王族というだけで価値があるのかもしれない。


「そういえば、この村には魔法使いはいないのか?」


俺はこっそりロイドに聞いた。

魔法使いはある程度魔力があれば、魔法の学校に入学することが出来る。そこから卒業出来れば魔法使いと認められるのだ。

数はそこまで多くないが、村には大体一人はいるものだ。


「いますよ。しかし、あまり優秀ではないようで妖魔をどうにか出来たりは無理でしょう」

「ああ、どちらにしても一人では危険だからな。しかし、妖魔のことにも気が付かないものなのか?」


その魔法使いがいれば、こんな状況になる前に対処できたかもしれないと思ったのだ。


「魔法使いだからと言って魔力が分かるわけではないですから、一流の魔法使いでもよっぽど警戒していないと分からないものなんですよ。しかもその魔法使いは少し離れた所に住んでいるので難しいかったでしょうね」

「そういうものか……」


魔力がない俺は当然のように魔法の知識がないのだ。


「まあ、それはそれとしてもここにいる魔法使いの能力は低いみたいで、近くにいても意味がなかったかもしれません」


ロイドが思い出したように言った。


「そうなのか」

「魔法使いの同僚に学校でその魔法使いと一緒の者がいて。その者に聞いたのですが、その魔法使いは学校一の落ちこぼれとして有名だったそうです」

「なるほど」


落ちこぼれと言われていたのなら、あまり期待できないのは確かかもしれない。


「今は薬草などをつかった魔法薬を作るのが専門の魔法使いをしているようです」

「ああ、それなら気が付かないのも仕方がないな」


魔法に疎い俺でも知っている。魔法使いには二通りあり、研究者タイプと戦士タイプがある。

魔法薬を扱っているならどちらかというと研究者タイプで薬草などを作ってそれを売ったりして生計を立てる。

今話しているロイドは軍に所属していることもあって、おそらく戦士タイプ。

戦闘を得意としていて炎や使役獣を使って戦うのだ。そうであるなら、妖魔に対処できないのも仕方がない。


「そういえば。村長から話を聞いていた時に少し変な話を聞いたんです」


ロイドがふと思い出したように言った。


「なんだ?」

「何でも、私達が来る数日前に王宮からの使いと言って魔法使いが村を訪ねて来たそうなんです」

「事前調査のために、派遣していたのか?」

「いえ、それが……王宮からそんな人間は送って無いんですよ。少なくとも私達はそんなこと聞いていない」

「は?そんな事があったのか?」


事前に調査することはあり得る話だが、そんな話はないというのはおかしい。


「ええ。村長は王宮に被害の報告をしていたので疑うこともなく、詳しい事情を話したそうです」

「それで、なにか被害があったのか?」

「いえ……その魔法使いは話を聞いて妖魔が出た場所を少し調査しただけで帰ったそうです。なにか金を要求されたとか壊されたといった被害も何も無かったようです。身なりも喋り方もしっかりしていたそうで疑うことも無かったと……」


何も被害がないのなら良かったが確かに変な話だ。


「そいつは何がしたかったんだ?」

「分かりません……もしかしたら本当に誰かが使いを送っていたが行き違いで話がこちらまで来なかったのかもしれません」


ロイドは困惑しながらもそう言った。


「ああ、それもありうるのか……」


王宮には沢山の人間が働いている。特に政治に関わる人間は色々な部署に分かれていたり貴族や元老院の派閥もあって入り組んでいる。

そんな事があってもおかしくはないのかもしれない。特に今は戴冠式も近い。連絡の行き違いはありそうな話だ。


「おい!なに無駄な話してるんだ。着いたぞ」


隊長が怒鳴った。話していたら、いつの間にか目的地に着いていた。

その場所はロイドが言っていたように妖魔が現れた現場の近くで、森の中にあった。

少しひらけた場所だ。

ここで俺は護衛の兵と討伐が終わるまで待っていればいいようだ。


「あ、すいません。じゃあ、殿下こちらの安全な場所でお待ちください」

「ああ、わかった」


そうして数人の兵を残して、部隊は問題の空き家にむかった。


「まだ、少し眠いな……しかし、ここで眠るわけにはいかないし……」


向かった騎士たちはみな優秀な者達ばかりだし、人数もいるのでそこまで時間もかからないだろう。

しかし、そこからまた城に帰ることを考えると眠れるのはいつになるのか。

しかも、帰ってもまた仕事が待っている。


「あんまり考えないようにしよう……」


疲れが溜まっているのかうんざりしてきた。

天気も良くて木陰が気持ちがいい。辺りは静かで鳥の声しか聞こえない。

何もかも忘れて眠れたらいいのにと、思わず思った。


「殿下、お疲れですか?」


その時、一人の兵士が話しかけてきた。


「うん?ああ、大丈夫だ……うわ!」


そう答えたのだが、突然その兵士がなにか液体のような物をかけられる。


「おい!お前、なにして……うわあああああ!よ、妖魔が!」


いきなり液体をかけられて驚いていると、逆方向から叫び声がした。そちらを見ると背後の方から醜い姿をした妖魔が兵を襲おうとしていた。


「な、なにが!」


驚いていると、体が動かなくなり、視界が揺れた。


(ど、どういうことだ……)


いきなり周りのものが大きくなったように感じ、体がグラリと揺れたかと思うと馬から落ちてしまった。

襲われた兵士は残っていた数人で妖魔と戦っている。しかし、この人数だときつい。

なんとか状況を把握しようと自分の体を見下ろす。

すると驚くべきことがおこっていた。


(ど、どうして……)


何故か手が毛むくじゃらになっていたのだ。しかも、周りの物や木がやたら大きくなったような気がする。

その時、俺に話しかけてきた兵士がおもむろに近づいてきたと思うと、俺を掴んで麻袋のような物に入れた。


「捕まえた。案外簡単だったな……。よし、ずらかるか……すぐに部隊が戻ってくる」


兵士はそう言うとどこかに移動し始めた。

俺は何が起こっているのか分からない、しかし何か小さな動物に変えられてしまったのは分かる。魔法だろうか。

そうこうしている間に、俺はそのままどこかに運ばれてしまった。



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