第4話 落ちこぼれ魔法使い
王都から離れた田舎にある、さらに人里離れた森の中。
そこに、一軒の家があった。
まだ暗い時間。そこに住んでいる魔法使いミルは、眠い目をこすりながら仕事の準備をしている。
真っ白に近い銀色の髪。肌も白いのだがその目は闇夜のように黒い。
「良し!今日もがんばるぞ!」
ミルは自分に気合いを入れるように頬っぺたを叩き、仕事に取り掛かる。大きな籠を持って、外に出ると畑に向かう。
そして、朝露がまだついている薬草を摘んでいく。
ある程度摘み終わったら、今度は大きな鍋で水を沸かして煮込んだり乾燥させたりし始める。
「よし!今日の下準備はこんなものかな……あとは、今日の分の薬をつくろう」
ミルはそう言って棚にある瓶から乾燥した薬草を何種類か取り出すと、鍋に入れていく。
さらに慎重に温度を計り、重さも計って入れていく。
そして腰につけていたツヤツヤに磨かれた杖を取り出した。
そして、さっきとは打って変わって真面目な表情に変わる。そして慎重に呪文を唱えた。
しかし、鍋の中は何の変化も無かった。
「あ……失敗した。だめだ、もう一回……」
ミルは残念そうな表情をした後、くじけずもう一度挑戦する。
しかし、次も失敗。その後も何度も失敗したあとやっと成功した。
「やっと、出来た……」
そう言ったミルの顔には、早速疲れた表情が現れている。
「今日の納品も、ギリギリになりそう……」
ミルは魔法使いで薬草師だ。
薬草師とは薬草に魔法をかけて普通より効果のあるものや、特殊な効果のある魔法薬を作るのが仕事だ。
「ふう、よしやろう」
ミルは気を取り直すと、また作業に取り掛かる。
そうしていると、外がすっかり明るくなっていた。
「わ、もうこんな時間。急いで出かけないと」
ミルは慌てて商品を箱に詰めると、適当にパンを口に詰め込んで家を出た。
それから数時間後––––––
「ふう、今日もなんとかなった……」
作った薬を納品し終わった帰り道。ミルはホッとしながら歩いていた。
「はあ、それにしても今日も上手くいかなかったな……」
ミルはため息を吐く。
「まあ、いつもの事だけど……うん?何か聞こえた……」
自嘲するようにそう呟いた時、森の中で何か音が聞こえた。
ミルは気になって森の中を覗く。
「きゃあ!」
そこには獰猛な狼が、獲物に噛みついていたところだった。この森には危険な動物はいるものの、基本的に夜にしか出ない。油断していた。
それなのにいきなり出てきて驚いた。
しかし、狼も驚いたのかミルの姿を見て、驚いたのか逃げて行った。
狼に驚いたものの、ミルは逃げて行ったことにホッとする。
そして、それと同時に狼が襲っていた獲物にも気が付いた。
よく見るとそれは黒い猫だった。しかもどうやらまだ生きているらしい。
ミルは慌てて猫に駆け寄った。
「大変!酷い怪我……」
薄く目が開き少し体が動いた。そして、死にたくないというように、ミルを見た。
「と、取り敢えず家に……」
その物体は小さな黒猫だった。
猫は傷だらけで、ダラダラ血が流れている。放っておいたら確実に死んでしまうだろう。
ミルは急いで抱き上げ、近くにある自分の家に走った。
「ど、どうしよう……」
部屋に入り、取り敢えずテーブルの上に猫を乗せる。
しかし、乗せたもののどう治療したらいいか分からない。
ミルは一応、魔法使いだ。
しかし、治癒魔法は専門的な魔法だ。ミルは学校で基本的なことを習っただけで、ほとんど使えない。
しかも、ミルは通っていた魔法学校で一番の落ちこぼれと言われたくらい、魔法が出来ない魔法使いだった。
ミルの専門は魔法薬だ。体力を回復する薬や傷を治す薬も作れる。しかし、最悪なことにそれらの薬は丁度村のお店に卸してきたので、すぐに使える薬が手持ちにないのだ。
作ればいいが、そんなことをしているうちにこの猫は死んでしまうだろう。今日だってつくるのに何度も失敗した。今から作ってもどれだけ時間がかかるか。
そもそも、そんな薬で治るかも分からない。
傷を治す薬も万能じゃない。落ちこぼれのミルの作る薬は、品質としては最低ラインギリギリの効き目しか出せないのだ。
「せめて私に使役獣がいれば……」
ミルは悔しそうに呟く。
そう、ミルには使役獣がいない。
魔法使いであれば誰しも従えているはずだが、ミルにはそれがいないのだ。
実は、使役獣は魔法使いにとっては無くてはならないものだ。魔法使いは持っている魔力が一定以上高いと、魔法使いと認められる。
しかし、持っている魔力だけでは魔法使いは上手く魔法を使えない。そこで、動物を使役することでそれを媒介にして、やっと安定して魔法が使えるようになるのだ。
使役の魔法は魔法使いであれば誰でも使えるし、一番最初に使えるようになるものだ。
しかし、ミルはその使役魔法が使えなかった。
最初の初歩の初歩でつまずいたのだ。だから、ミルは落ちこぼれだと言われている。
魔力はある。一人でも魔法は使えなくはないが、安定しないし、本来の効果の半分も出せない。
だからミルは怪我をした猫の前で困り果てているのだ。
「もし……この子を私の使役獣にできたら……?」
ふと思い付いて、ミルはそう呟いた。
使役獣は魔法使いの使い魔で手足となって働く。それは魔力でその動物と繋がるからだ。
しかも、魔力で魔法使いに直接繋がっているので、怪我はすぐ治ってしまう。死ぬこともないのだ。
だから今すぐこの子を自分の使役獣にできれば、怪我もあっという間に治る。
問題はミルは動物を使役出来た事がないということだ。
「一か八かで試してみるしかない……」
ミルは決意をかためてそう呟いた。
正直やってみて成功する確率はほとんどない。しかし、ミルに出来る事はこれくらいしかないし、迷っていてもその時間で死んでしまうだろう。
やってもやらなくても同じなら取り敢えずためしてみた方がいい。
しかも、使役魔法は魔法の中でも基本中の基本で一番使われる魔法なので、一番はやく掛けられる魔法なのだ。
ミルは急いで使役魔法の準備を始める。
準備と言っても簡単だ。
ミルは薬を作る時にも使うナイフを手に取り、指を薄く切る。そして、意識のない猫の口を開け、そこに血を垂らす。
「あとは呪文……」
そして、短い呪文を唱える。使役の魔法はこれだけ。
あとはミルの魔力量と合うかどうかだ。
魔力量が少ないと、そもそも使役が出来ない。ミルはそれすらもわからないのだ。
「お願い……助かって……」
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