第22話 王子の依頼
立ち話もなんだからと、ミルはロストを家のなかに招いた。
お茶を入れて落ち着くと、ロストが何か手紙を取り出した。その手紙は何だか重厚で厳重に封蝋がされている。
「これは?」
「これが俺の仕事だよ。第一王子からあずかってきた」
「第一王子から?」
「ああ、どうやらミルが作った薬を気に入ったみたいだよ。凄いじゃないか」
「え?どういうこと?」
「詳しい事は、手紙に書いてあるから読んでみて」
ミルは言われた通り手紙を読んだ。
王子からの手紙だから、当然なのだが手紙はとても高級なもので、金色の箔で綺麗な縁取りがされている。
内容はさっきロストが言ったとおり、第一王子に渡した魔法薬がよく効いたこと。そしてそれを見込んで、城で雇いたいとも書かれていた。
「え……雇うって……」
「そう、これも預かってきたから渡しておく」
そう言ってロストが手渡したのは、王城に入ることが出来る証明書とメダルだった。
「これは?」
「メダルは証明書と同じだね。それを見せれば城に入れるし中も歩ける。王子の要請があれば王子の部屋にも通してもらえるものだ」
「な、なんだか、凄いものを貰った気がするけど……」
ミルは冷や汗をかく。城に簡単に入れて歩き回れもするなんて、かなりの地位にないと無理だ。
ついこの間まで落ちこぼれの魔法使いで、ど田舎村で細々と魔法薬師をしていたのに、王都でしかも王城に雇われることになった。
「いや、本当にすごいよ。俺も、王子に渡した薬草を試してみたけど凄い効き目だったよ。気が付いたらぐっすり眠っていて朝になってた。しかも体調もよくなってたし」
「え?ロストも使ってくれたの?」
ミルは驚いて言った。
「ああ、気を悪くしないで欲しいんだけど。王子は次期王だから食事でもなんでも誰かがまず毒見をしないといけないんだ。それで俺が試すことになったんだ」
「それは当然だよ。むしろ、私は本当に王子に使ってもらえるとは思ってなかったから、ちゃんと試してくれたことの方が驚いた」
第一王子がわざわざミルのところまで来たのは、王を殺した犯人を探すことと関係があると予想していた。だから薬草を買ったのもただのポーズだと思ったのだ。
「うん?なんで使わないのに買うんだ?王子も最近本当に色々立て続けに色々あったからな。相当お疲れだったんだと思うぞ」
「え、えっと。だってそんな市民向けの薬草なんて怪しすぎるし、本当に使うなんて思わないよ」
ちょっと動揺してしまったがなんとか誤魔化せた。第一王子は、あえてここで関係性を作って雇う理由を作ったのだろう。
その時、トスっという音とともに猫のローグがテーブルの上に飛び乗ってきた。
「あれ?猫?猫も使役してるのか?」
ロストは目を丸くして言った。そう言えばお城で会ったときもローグはいたのだが陰に隠れていて直接は会ってないのだ。
「え?えっとあの……」
ミルはどう答えるべきか迷う。
ロストはそんなミルに気が付いていないようで、珍しそうに手を伸ばす。
「可愛いね」
その途端ローグが毛を逆立てて、その手を引っ掻いた。
「わ!」
「ロ!ロマっだ、だめですよ……」
ミルはオロオロしながら言った。しかしローグは更に尻尾を膨らませてフーっと唸った。
「あれ?なにか怒らせるようなことしたのかな?」
「ご、ごめんなさい。いつもはおとなしいんだけど……ど、どうしたんですか?」
困った顔をしながらミルがそう言うと、ロストが思わずといった感じで笑った。
「猫に敬語で話かけるなんて、ミルは相変わらずだな」
「え?そ、そうかな?」
「ミルは学生時代も動物に優しかったよな。最初の使役の授業で小さいネズミを前にして、使役なんてできないってポロポロ泣き出した時はびっくりした」
「うう、そういえばそんなこともあったね。よく覚えてるな……」
「優しい子なんだなって思ったよ。ネズミに対してもそんなに真剣に考えているなんてって」
そう言われてミルは思い出す。そうなのだ、最初の授業はネズミを使役するというものだった。しかし、そのネズミは練習のためにするもので、その場限りになる。ということはその日にネズミは殺さないといけなかったのだ。
こんな事のためにネズミを殺さないといけない事が、辛くて悲しくて泣いてしまった。
使役の授業はずっとそんな感じだった。勿論先生には怒られたが、いくら言われても出来なくて、なんとか魔法をかけても上手くいかないので、最後には呆れられていた。
思い出して苦笑する。
「今思うと懐かしいな……」
「本当だね。それが今では、あんなにかっこいい狼を使役できるようになってるんだもんね」
狼のロウは近くで大人しくお座りしている。そんな姿を見てミルは少し胸が痛む。ロウを使役したことでロウは助かったし、ミル自身も助けられた。
でも本来の狼の姿を見ると、本当なら広い森を駆け回って自由でいられたのにと思う。
それでも、それは今さらだ。狼に襲われて戦ってしまったことで死ぬかこうなるかしかなかったのだ。
「そうだね。本当になにがあるかわからないな……」
ミルは苦笑しながら言う。本当にここでは言えないようなことも、沢山あったと思い出す。しかも、ここ数日での出来事だ。
そんな感じで二人は学生時代の思い出話に花が咲く。
本当に懐かしいねと二人で話し合っていたら、あっという間に時間が経っていた。
しかし、ふとローグを見るとなんだか不機嫌な顔をしていた。
一体どうしたんだろうと思ったところで、ロストが思い出したように言った。
「あ、ごめん。ミルはこれから忙しくなるのに長居しちゃってごめんね。そろそろ行くよ」
「え?もう帰るの?別にそんなに忙しくなんてないし、ゆっくりしていっていいのに」
ミルは残念そうに言う。久しぶりのお客さんだったし、ロストが来てそんなに時間は経っていない。
「いや、でもミルはこれから王都に引っ越すことになるんだから大変だろ?準備だけでも時間がかかるだろうし」
「……え?!引っ越し!!」
ミルはロストの言葉に驚く。そんな事、考えてもいなかった。
「何言ってるんだ?城で働くんだから当然だよ。そもそも、こんな遠い家からは通えないだろ?いつでも王家の要請に応えられるようにしておかないと」
「た、確かに……」
王城で仕事するのに、この家から通うのは大変だ。仕事は毎日行かなくてもいいだろうが、それでもその時間が勿体ない。
それに、薬を作るだけならまだしも、王を殺した犯人を探さないといけない。ミルはそこまで思い至っていなかった。
「だろ?だから急いだ方がいいだろ?」
「ど、どうしよう……一体なにから手をつけたら……っていうかどこに住めばいいかな?荷物も何をまとまれば……」
突然でしかも急げと言われて、ミルは完全にパニックになってしまう。
「ミル、大丈夫落ち着いて。王子から知り合いなんだったら、手助けしてやってくれって頼まれたんだ。俺も手伝うよ」
「ロスト……」
「住むところに関してはいくつか紹介できるところがあるし、あ、あとこれ必要だろうからって預かって来たんだ」
ロストは落ち着かせるように言って、ジャラリと金貨が入った袋を手渡した。その袋はずっしりと重く結構な量が入っていた。
「え?こ、こんなにいいの?」
「これは準備資金だよ。っていうかこれから王城で働くんだ、これでも少ない方だよ」
ロストは呆れたように言った。
「そ、そうなの?」
「むしろ城で働きだしたら、服とか道具とか下手に安物を使っていると怒られるからお金はいくらあってもたりないよ」
「服……そうか、城で働くために買わないといけないんだ……うう、基本的に古着を直して着てるような生活してるから別世界だな……」
服や道具まで買い替えないといけないと分かってミルは絶望的な気分になる。ロストの言う通り、それらにお金を使っていたら、貰った分は使い切ってしまいそうだ。
「ミ、ミル落ち着いて、服や道具は後でもいいから取り敢えず引っ越しを先にしよう。まずは……」
その後、ロストに色々アドバイスしてもらい、大まかな計画を立てるた。
ロストは貴族で王都に暮らして長いので、色々紹介もしてくれたので助かった。
「それじゃあ、俺は帰るね」
なんとかめどがついたので、ロストは帰ることになった。
「うん、色々とありがとう」
「いやいや、これからは同僚になるんだし。色々聞いてよ」
ここまで来るまで大変だったろうに、そんな風に言ってくれるなんて本当にロストは優しい人だ。
「本当だ。同僚だね。これからよろしくね」
何から何まで世話になってしまった。
こんなに色々してもらっているのに、言えないこともいっぱいあるのが何とも心苦しい。
それに、王城に勤めるといっても王を殺した犯人を見つければ、雇われる理由もなくなる。
「じゃあ、王都で会おう」
そう言ってロストは帰った。
「あいつは何だか気に入らない」
馬車まで送って家に戻ると、ローグが人間に戻って、なんだか不満そうな顔をして言った。
「ローグ様?えっと、何かありましたか?」
ミルはオロオロしながら聞いた。
「いや、魔法使いはなんだか基本的にうさん臭くて好きになれない」
「え?私も魔法使いですけど」
「あ……ミ、ミルは別だから……」
ローグは慌てたようにフォローした後、気まずい顔で続けた。
「悪かった。猫にされたのがかなり堪えてるんだ。殺されそうになったしな。それに、きっと王城にいる誰かが関係しているだろうから、城で働いているロストは容疑者候補にもなる」
「え?ロストが?!そ、そんなロストはそんな事するような人じゃ……」
ミルは慌てて言った。確かに王城で働いているが、ロストの人柄を知っているミルとしてはそんなことなんて考えられない。
「まあ、俺の姿を見ても普通の反応だったからおそらく違うとは思うが……」
ローグがテーブルに乗った時、ロストの表情には少しの驚きと好奇心だけが現れた。
どういう経緯でここにいるのかとかも聞かなかった。もしロストが犯人だったら、黒猫のローグを見て、それを聞くだろう。しかし、何も聞かなかった。
その言葉にミルはホッとする。
「学生時代から知ってますが、校則を破るなんて一度もなかったし。寮では監督生をしていたくらいですから」
「……やっぱり……なんだか気に入らない」
ミルがロストを庇うと、ローグは何故かまた不機嫌な顔になる。
「ええ?どうして……」
「何となくだ。それにミルも不用心だぞ」
「え?不用心?」
何かしてしまったのかとミルは不安そうに言った。
「いくら昔の知り合いでも。女の子一人暮らしの部屋に入れるなんて何かあったら危ないだろ」
ミルはまた驚いた顔をしてその後可笑しそうに笑った。
「ええ?ロストが?私にそんな事しないですよ」
「そんなことないだろ?」
「でも、学生時代に寮で生活してた時に何時間も一緒の部屋で勉強してたこともありますし」
「二人っきりでか?」
それを聞いたローグの表情がまた険しくなった。
「はい。だから大丈夫ですよ」
ミルは安心させようとそう言った。学校では寮生活をしていた。もちろん部屋は違うがよく勉強に付き合ってもらっていた。
「二人っきりで勉強……まあ、いい。そう言えば封筒の中にもう一つ何か入ってなかったか?」
ローグは気を取り直し、封筒を指さした。
「え?あ、本当だ」
よく見ると封筒の奥にさらに小さな封筒が入っていた。
そこには”黒猫へ”と小さく書かれていた。
「俺宛か」
「そうみたいですね」
そう言ってミルはその封筒を取り出し、ローグに手渡した。
「わざわざ俺に?そうか……」
ローグは何故か少し嬉しいような複雑な顔をして手紙を開封して読み始めた。
「なんて書いてありますか?あ、言ったらダメだから分けてあったのかな?じゃあ、いいです」
ミルは慌てて言った。
「いや……まあ、特に言ってはいけない事はないぞ。内容は……城に来たら部屋に来いと。捜査の事について、詳しく話すから魔法使いと来てくれと書いてある」
「え?わ、私もですか?」
ミルはいきなり指名されて驚く。
「まあ、そうだろう。猫が一匹で城の中を歩き回って殺人の捜査は出来ない」
「あ、確かにそうですね」
「俺は城では人間になれない、。だから代わりにミルと一緒に動くことになると思う。だから兄上はミルを雇ったんだろう」
「な、なるほど。私は魔法薬師として雇われて、そのていで捜査をしたらいいんですね」
「基本的に俺が指示するから。ミルはその通りにしてくれたらいい。それに多分薬草師としての仕事も多少はあると思う」
「あ、そうか。でも、それを聞いて少し安心しました。薬草師としても私なんかまだまだだから」
「そうなのか?俺から見ても優秀だと思うが……まあ、俺もそんなに詳しくないから何とも言えないが」
「ありがとう、ございます」
「それじゃあ、準備に取り掛かるか。あの男が言っていた通り時間はあまりないからな」
そうして二人は、引っ越しの準備をし始めた。
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