第30話 不可解な事実

俺は薄暗い闇の中、丸まりながら弟の事を思い出す。

最近すっかり猫の生活が板に付いてきているのか、無意識に毛づくろいをしていた。何となく落ち着くのだ。


「アルフ様ですか……その……あまりいい噂は聞かないのですが……」


ミルが言いにくそうに言う。俺は思わず苦笑する。弟アレフに関しては最悪の噂しかないのが正解だ。

容姿は見目もよく兄上と違って雰囲気も柔らかい。

ただ、王妃は甘やかして育てたのもあってとても我儘に育ってしまったのだ。女遊びがひどく王族としての執務もほとんどしない、それなのに浪費もひどく、兄上も困っているようだが王妃は止めることもせず、庇ったりするので実質放置するしかないのが現状なのだ。


”アレフの噂は平民まで広まっているのだな……まあ、ほとんどの噂は真実だよ”


「そ、そうなんですね……そ、そのローグ様は仲が良かったんですか?」


ミルは聞きにくそうに言った。


”正直言うと、あまり関わりたくなくて近づかないようにしてたから、あまり知らないんだ”


「御兄弟でもそんな事があるんですね」


ミルは気まずそうに言った。


”しかも、俺は関わりたくないのにたまに意味もなく絡んでくるんだ。いやがらせもしてくるし、何がしたいのか分からない”


俺は自分でもわかるくらい嫌そうな顔をして言った。そうなのだ、俺は出来るだけ関わらないようにしているのに、アレフはたまにわざわざ近寄ってきて嫌味を言ってきたり、いやがらせをして来たりした。


「い、いやがらせ……」


”嫌味を言うくらいならいいのだが、変な物を贈ってきたり、寝所にいきなり女を寄越してきたりもしてきた”


今思い出しても本当に意味が分からなかった。知りもしない女にいきなり迫られてもよく分からないのですぐに帰って貰ったが、その後俺が女をとっかえひっかえしていると噂が立ってしまった。

狙ってやったのかは分からないが、関わると碌な事がないのは共通だ。


「ええ?もしかしてローグ様の女性関係の噂ってそれが発端なんですか?」


”そうだよ。悪評なんてどうでもいいが周りがうるさくなるのが敵わん、しかももっと意味が分からないのはその贈り物というのが女物の服だったんだ。本当に意味が分からない”


実害はあまりなかったが、あまり関わりたくないし思い出したくもない人物だった。


「お、女物ですか?確かに意味が分かりませんね。それじゃあ、アレフ様は今回のような事を起こすような動機はあったのでようか?」


その言葉を改めて考えてみる。確実に好かれてはいなかっただろうが、こんなに回りくどいことをして命を狙われるほどだとも思えない。殺したいなら、もっと確実な方法があるはずだ。

俺はその事をミルに伝える。


”意味がよく分からない事に関しては共通している感じもするが、アレフにはあまり得はない気がする”


俺は少し悩んだ末に言った。俺が死んだところで兄上がいるので王になれる訳でもない。執務にも興味がなく、俺が死んだところで変わらない。

とは言え今までアレフと関わらないようにしていたから、もしかしたら知らぬ間に恨みを買っている可能性はある。

しかし、殺したいと思われるほどの事はしていないはずだ。


「うーん何かわかると思いましたけど、これも違うんですかね」


”いや、色々考えてみることは悪くないと思うぞ、何かのきっかけで繋がるかもしれないし。この線は一旦保留としておこう”


気を紛らわせるために少し話そうと思っていたのに、思いのほか喋り過ぎてしまった。


”すまない、もう寝よう”


「そう言えば寝ようと言っていたのに話し込んでしまいましたね。でも、おかげで落ち着けました」


ミルはそう言って目をつぶった。しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。

どうやら眠ったようだ。

俺は伸びをして、頭を振って眠気を飛ばす。流石にこの状況でゆっくり眠るわけにはいかない。

猫になって良かったと思うのは耳や感覚に敏感になった事だ。しかも怪我をしてもすぐに治るのもありがたい。

これなら多少無理をしてもどうにかなる。

どちらにしても今日はずっとミルの肩に乗っていただけだし大書庫で眠ったのでこれくらい問題じゃない。痛みはあるし疲れているが、使役獣だからかさっきよりかなりましになってきた。これくらいの無理は問題ない。

目を凝らして感覚を研ぎ澄まし異変がないか注意する。

それから数時間。

何事もなく夜はふけって朝日が昇った。

幸いなことに部屋に近づいて来る者はいなかったし、ミルも起きて寝る前より多少顔色もよくなっていた。

翌日。


少し早かったが、魔法省のミルの部屋に着くとすぐに兄上から来るようにと連絡があった。

昨日、簡単にしか話さなかったから詳しい話が聞きたいらしい。


「俺達も聞きたい事があったから丁度良かった」

「そうですね。行きましょう」


そうして俺達は、兄上の元に向かった。


「来たか、早速で悪いが昨日の事を詳しく話してくれ」


部屋に入ると早速兄上はそう言った。ミルが人間に戻れる薬を掛けてくれたので、直接話す。ついでに昨日、ミルと二人で考えた推測も話す。


「申し訳ありません、不完全な推理しか出来ませんでした……」


何かを調べるにも猫の姿だし、何か調べようとして襲われてしまったりして全く進まなかった。

もっと調べる時間があればと申し訳なくなる。


「……」

「……あの、兄上?」


兄上は何か考え込んでいるのか黙り込んでしまった。ミルと顔を見合わせる。


「……もしかしたら、犯人が分かったかもしれない」

「「え??」」


考え込んでいた兄上がぼそりと言った。俺達は驚く。まさかわかるとは思わなかった。


「だ、誰なんですか?」


思わず意気込んで聞いてしまったが、兄上は眉に皺を寄せて少し黙ってしまう。


「それはまだ言えない、証拠もないし確定もできない……それよりローグとミルは、引き続き護衛を付けるからしばらく何もせず、大人しくしていろ」

「え?大人しくですか?しかし……」


まだ何も分かっていないのに、何もするなと言われるとは思わなかった。


「向こうはお前の正体に気が付いているのだから、当たり前だ」

「し、しかし……」


いきなりなにもしないというのは落ち着かない。


「明日私の戴冠式がある。今さら中止にも出来ない。もしかしたら犯人が何か仕掛けてくるかもしれないここは慎重になった方がいい」

「あ……確かに……そうですね」


そうだ、それもあった。みんなは俺が犯人だと思っているし、事件は終わっていると思っている。

だから戴冠式は行われることになったのだ。王の座が長く不在なのは国にとってよくない。

だからこそ戴冠式は中止にできないだろう。

これは仕方がない、よく考えればミルもいるのだ。変に動いて危険な目に合わせるのも問題だ。

兄上が犯人に目ぼしがついたと言うなら無理に動かない方がいい。

俺はミルをチラリと見る。

いつも猫になっているからあまり意識していなかったが、ミルは背丈は俺の肩くらいしかないし、小柄で力も弱い。

命が狙われている今の状況を考えると、確かに心もとない。

猫に戻ると俺達は一度魔法省に向かった。俺達は街にある自分の家に戻ることにした。

城の中は安全とは限らない。昨日は夜も遅かったしそんな時間に戻るのは危険だった。

兄上は護衛もつけてくれた。これならひとまず安心だ。

兄上が付けた護衛が二人ついて来ている。ちょっと威圧感があるせいかミルは居心地が悪そうだ。

少し目立つのか周りの人間にジロジロ見られている。


「ミル!」

「あ、おはようロフト」


魔法省に到着すると、何か慌てたような様子でロフトが話しかけてきた。


「王子に昨日も今日も呼び出されたって聞いたけど、何かあったのか?大丈夫だったか?」


どうやら兄上のところに行ったことが噂になっていたようだ。こんなに早く情報が出回るのならば犯人の耳にも入っているだろう。やはり慎重に動くべきのようだ。


「え?えーっとちょっと、色々あって……その、薬のこととか……えっと仕事のこと?」


ミルは本当の事を説明するわけにもいかずもごもごと誤魔化す。しかし、いきなり言われたせいか質問に質問で返してしまっている。


「ほ、本当に大丈夫なのか?なんか護衛?なのか兵士もいるし……何か困っているなら……」

「ちょっと、噂で聞いたんだけど。殿下に呼び出されたって本当なの?」


突然誰かがミルとロストの間に割り込んで話しかけてきた。以前ミルに嫌味を言ってきた女性だった。


「え?わ……えっと、は、はい……」


ミルは相手の勢いに押されてオロオロしながら答える。


「やっぱりあの噂は本当だったの?……」

「え?噂って……?」

「あなたが王子に身体を使って取り入ってるって。卑怯な手を使っているって……」

「……い、いや!?以前も言いましたけど、そんなことしてませんよ」


ミルは驚いた顔で言った。俺はこんな時に面倒な奴に絡まれたと顔を顰める。


「突然、平民のあなたを城で雇って、なおかつ頻繁に名指しで呼び出したり。しかも人を下がらせて長時間二人っきりで話し込んでいるって……今日もそれで呼び出されてたんでしょ!二人っきりでなにしてたの?」

「え?ええっと……そ、それは……その……」


ミルは口ごもってしまう。王子のところには行ったがローグもいた。しかし、それは言えないしさらには話した内容はもっと言えないからだ。

何も知らなければ頻繁に第一王子に会いに行っているように見えるだろう。

突然責められるように言われて慌ててしまって、上手く答えられないようだ。


「ほ、本当に何かあったのか?」


口ごもるミルに、何故かロストが慌てたように言った。


「い、いや。ちが……」


”ミル、特別に薬を作るように言われたと言え”


俺はミルに頭の中で話しかける”


「あ、そうです、で、殿下にはその……特別に薬を作るように言われていて……」

「薬?そんな事にいちいち呼び出して話す必要ないでしょう?やっぱり怪しい……」

「え、えーっと」


さらに問い詰めるように言われてミルはまた慌てる。

俺はさらに頭の中に、言い訳を伝える。


「え、えーっと、その詳しく診断するには直接話した方がいいので……それに殿下の健康状態が外に漏れるのはあまりよくないとのことで……」


そう言うと、ロストは少しホッとした表情になった。王の健康状態は変に利用されると混乱を招く。そうじゃなくても今は王が殺されたことで、国は騒がしいのだ。これ以上騒ぎが大きくなるのはよくない。


「ああ、そうだったんだね。流石だねミル、王子に信頼されてるってことだ」


どうやらロストはそれで納得してくれたみたいだ。俺はホッとした。

もう一人の文句を付けて来た方はまだ少し納得していないようだが、言い返せないようで黙った。


「そ、そう言う事で、今日は家に帰ることになったんです。その……薬の事で色々しないといけなくて……」


ミルはそう言ってすぐにその場から離れた。あまり詳しく追及されるとボロが出そうだ。

俺達はミルの仕事の部屋に入る。


「すぐに出ますのでちょっと待っていて下さい」


ミルは護衛の兵士にそう言ってドアを閉じた。


「ロマ、ありがとうございます。助かりました」


ミルはホッと一息付いたあと俺にそう言った。


”いや、こっちが面倒なことに巻きこんだんだから当然だ。でも、このままずっと誤魔化すのも苦しい。早いところここから離れよう”


「そ、そうですね。すぐに準備します」


ミルは頷いて使いそうな装備や薬草を纏める。俺はそれをぼんやり見ながらまさかこんなに早くここを出ることになるとはと、心の中で思う。

まあ、いずれ出て行くことになっただろうから、時間の問題だっただろう。

それよりも問題なのは王殺しの犯人だ。


(兄上は心当たりがあるみたいだった……一体誰なんだろう。……まあ、戴冠式で忙しいとはいえすぐに対処しないという事は、まだ余裕があるのかあるいは対処するのに時間がかかってしまうか……)


誰が手を下したのかは分からないが、主導した奴はかなり地位が高いのは確実だろう。そうなると分かったとしても今後の影響を考えると慎重にならざるを得ない。


「お待たせしました。準備出来たので行きましょうか。……え?……誰?」


ミルが突然、驚いた顔をして俺の背後を見た。俺は咄嗟に振り向いたが、突然真っ暗な闇になった。

どうやら何か布のような物に覆われたようだ。


「ロ、ロマ!!い、いや!キャー」


ミルの叫び声が聞こえる。


(ミ、ミル!どうにかしなければ!)


「ミギャーーー!」


俺は爪を立てて必死にもがいた。しかし、何か袋のようなものに入れられてしまったようで、動くことすらままならない。


「何だ!何があった」


外で待っていた兵士がミルの声を聞きつけたようだ。


「人に見られると面倒だ。行くか」


俺を捕らえた人物がそう呟く。何も見えない。

俺は袋の中に入れられたまま、どこかに連れて行かれた。

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