第32話 探る

「えっと……これからどうしようか……」


ミルは言った。ローグに探すと威勢よく言ったものの、特に具体的に何をするか考えていなかったので途方に暮れてしまう。


「えっと……えっと。……あ、そうだ、探すにしてもまず身を守る方法も考えないと」


ローグを助けたいが自分に何かあったら元も子もない。話を聞く限り、もはや城の中は安全な場所ではなさそうだ。慎重に動かないと。

ミルは今城の中の物陰に隠れていた。すぐに目立たないように深くローブをかぶり、城で唯一自由に使える自分の部屋に向かう。


「ふう……誰にも見られなかったよね」


ロストの家に避難することになった時、殿下は身の危険があるためミルを一時的に避難させると魔法省全体に通達した。最初はなんでそんな大袈裟な事をするのだろうと思ったが、局長が関わっていると分かった今、それは意味があることだと分かる。

ミルは安全な場所にいること、相手側に思惑は分かっていると知らせるためだ。


「そう考えると、こんな風にここにいたら意味ないんだけどね……でも、逆に考えれば局長は私がここにいるなんて思わないってことでもある」


襲われた時の事を思い出してしまい、怯んだがなんとか自分に言い聞かせる。

やっと魔法薬の部屋に辿り着いた。

それでも同じところにとどまるのは危険だ。ミルは身を守るための道具をかき集める。


「これは……使えるかな、ううんこれは持ってても邪魔になりそう。そうだ、あの薬は使えそう……あれ?あんまりない……仕方ない、急いで作ろう」


そんな感じでいくつか魔法薬を作ったりかき集めたりして、準備をする。


「こんなものかな……これ以上時間をかけても危険だし、はやくローグ様を探さないと」


ミルはそう呟いて部屋をこっそり出た。幸いなことに周りには誰もいなかった。元々人が寄り付かない場所にあったのも幸いした。

ミルはまた深くローブをかぶり直し、意識を集中させてローグの気配を探る。


「……やっぱり地下の方に気配を感じる」


使役出来るようになって、初めて気配を感じることが出来るようになった。何度もしているが面白い。

ロウはロストの家で留守番をしてもらっているので、遠すぎて気配はわからない。ローグの気配は小さいが確実に感じる。動き回ってみたが、つねに気配は下の方にあった。


「……でも地下って言っても、そもそもどうやって入るかも分からない……どうしよう」


ミルはこそこそと、目立たないように歩きながら呟く。

大体の場所が分かった。しかし、そこまでの道順がわからない。そもそも、城の中は作りが複雑だ。ミル一人では到底見つけられそうにない。

その時、ふとミルは地下にある大書庫の事を思い出した。


「大書庫で襲って来たのはきっとフェイ局長だ。ローグ様が推測していたように、フェイ局長は私達が大書庫に行くって知っていた、だからあそこにいて襲ってきた……」


ローグの推測は正しかった。


「でも、どうやって入ったのかまではわからないままだ……」


ローグは大書庫に隠し通路はないはずだと言っていた。しかし、ローグが地下のどこかにいることを考えると何かしら知られていない、部屋や通路があってもおかしくない。


「危険かもしれないけど……大書庫にもう一度行ってみようか」


出入口が一つしかないし、また局長が来るかもしれない。危険だ。


「でも、あそこなら何か見つかるかもしれない……」


何よりあそこは地下にある、ローグの気配が近くなれば更に詳しい場所が分かるかもしれない。迷っている時間はない。

ミルは早速、地下にある大書庫に向かった。


「また、来たのか。噂でまた襲われたって聞いたぞ」


大書庫に行くと警備をしている人が以前と同じ人で、眉を顰めて言われた。どうやらミルの事は城で噂になっていたようだ。まあ、城で襲われるなんて、警備兵にしてみれば不名誉なことだ。警戒しろと情報が出回ったのだろう。


「だ、大丈夫です。何ともなかったですから。噂は大袈裟に言っているだけですよ。あの……少しだけ利用していいですか?」

「ああ、いいぞ」


大事にならないようにそう言うと、警備兵は信じてくれたようだ。以前と同じように手続きして荷物を置いてミルは中に入った。


「うう、薄暗い……。ちょっと怖いな……でも、それどころじゃない。早速、気配を探ろう……」


前回大書庫に入った時はローグと一緒だったから怖くなかった。

ミルは意識を集中してローグの気配を探す。さっきより気配が近くなった。やはり地下のどこかにいるのは確実のようだ。

ミルはさらに大書庫を歩き回って近い場所を探る。


「うーん……よく分からないな……」


場所を探ろうと歩き回ったが気配の強弱は多少あるものの、ローグのところに行けそうな道やヒントになりそうな物もなかった。そもそもこの部屋は重厚な本棚に囲まれているし、貴重な資料があるので下手に動かしたりもできない。


「隠し道とか、あるかもって思ったけど……」


ローグが言ったように、ここには隠し道はないのか。


「でも、ないとしたら局長はどうやって入ったんだろう……」


行き詰ってしまって、頭を抱える。しかし、一人では何も思い付かない。


「うう……どうしよう。助けに行くって言ったのに……」


あまりにも進展しないので、自分が情けなくなって悲しくなってくる。


「だ、ダメだ、ダメだ。ちょっと落ち着こう……この事ばっかり考えても埒が明かない、こういう時は他の事を考えてみよう。……そうだ、ローグ様に掛けられた魔法のことを探してみよう。この魔法をフェイ局長が使ったとしたら、ここで知ったはずだよね」


この間は見つける事が出来なかったが、もう一度探してみることにした。


「ここは前、調べたから……ここは……うう、量が多い……」


本当に貴重な本なので、きちんと管理できる人間がいないのだろう。劣化しないようにされているし綺麗に管理はされているが、使いやすいようには並べられていないのだ。

だから、禁忌になっている魔法の書物やもうなくなってしまった国の歴史書、闇に葬られた事件についての本がバラバラに並んでいるのだ。


「うう、これに関しては文字が読めない……こんな状況じゃなきゃ楽しかっただろうけどゆっくり見られない……」


何も見つけられなくて落ち込んできた。時間ばかりが過ぎていく。嫌な予想ばかり頭を巡る。


「あれ?ここって?……」

”ミル?近くにいるのか?”

「うわ!びっくりした」”ローグ様どうかしたんですか?”


突然ローグの声が頭に響いた。ミルは驚いたがすぐに頭の中で返事をした。


”いや、さっきより気配が近くなっていたから、何かあったのかと思って……”

”実は、何か分かるかと思って、大書庫に来ているんです……”

”ええ!?あんな事があったのに何でそんな危険な場所に?”


正直に言うとローグは驚いたように言った。少し怒ったような声だ。


”うう……でももう、ここくらいしか手がかりが無くて……”


ミルはもごもごと言った。


”しかし……いや、何も出来ない俺がいう事じゃないな。今言っても仕方ない。くれぐれも気を付けてくれ”

”はい……”

”そう言えば何か分かったのか?”

”……申し訳ありません。まだなにも……ただ、地下の方がローグ様の気配が近くなったので、おそらくローグ様は地下におられるってことが分かったくらいです”


ミルは申し訳なさそうに言った。元々ローグが地下にいる確率は高かったしそれが確定しただけだ。


”そうか……まあ、焦っても仕方ない。弟と局長は今忙しいみたいだ。俺達にかまっている暇はないかもしれない”

”そうなんですか?”

”ああ、二人がそれらしい事を言っていたのを聞いた……”


向こうはミルとローグが会話出来ることを知らないから、目の前で会話していたのだろう。

そう言ったときローグの声はやけに暗かった。なんだかいつもと違ってミルは気になった。


”ローグ様どうかされましたか?”

”え?な、なんだ?なにも……”

”なんだか様子がいつもと違うような気がして……あの二人に何かされたんじゃ?”

”っ……な、何もない……ミルが心配するような事は……なにも……大丈夫だ”

”でも……”


大丈夫だと言うローグの声は何かを押し殺しているように感じる。ミルは少し集中してさらにローグの気配を感じてみた。

途端に強い不安と不快感、悪寒のようなものが流れてきた。一体何があったのか分からないがこんな感情に晒されるような事があったのだ。

そして、それをミルに悟られないようにしている。


”ほ、本当に大丈夫だ。それよりミル気を付けてくれ。もし何かあっても絶対自分の事を優先してくれ”

”わ、分かりました。……あれ?これって……”


話しながらふとミルが見上げた先の本棚に、何か違和感があった。

本棚にある本が数冊、変に飛び出している箇所があったのだ。ミルはそこの本を出してみる。

少し高い場所にあって梯子を使わないといけない場所だった。

数冊その飛び出した本を抜き取ってみると、奥に本が数冊隠されるように置いてあった。


”どうした?何かあったのか?”

”人間を猫に変化させる本、見つけたかもしれません……それに……これは……”

”ミルどうした?”

”すいません、何かわかったかも。少し会話から離れます。詳しく調べてみないと”


ミルはそう言って、会話を切り上げると、見つけた本を調べる。


「なるほど……局長はこの魔法を使って……」


ミルが手に取った本には、人体の透明化についての魔法が書かれていた。

おそらくフェイ局長はこの魔法を使って大書庫に入ったのだろう。透明ならば一緒に入られても分からない。


「こんな魔法があるなんて知らなかった……なるほど……こうやって……」


詳しく読んでみると、この魔法が便利なのにあまり知られていない理由が分かった。まずこの魔法は高度な魔法薬の技術とかなりの魔力が必要になる。以前は戦場で使われていたようだが使える者が少なかったのだろう、戦争が終わって使わなくなったこともあって、そのまま忘れられたのだ。


「これは確かに使いこなすのは難しそう……でも……使う材料はそこまで珍しい物じゃない……」


ミルは読みながらブツブツ呟く。魔法薬は得意だし使役が出来るようになって魔法も使えるようになったから魔力が足りれば今のミルだったら使えそうだ。

ふと恐ろしい考えがよぎった。ミルもこの魔法を使うことだ。


「でも、この魔法も禁忌の魔法だし、流石に罰せられるよね……。でも、時間のない今はそんな事言ってられないし……」


ミルはブツブツ呟く。そもそも、人間を使役するなんていう禁忌中の禁忌を犯しているのだ、今さらだ。

それに、ローグは危険に晒されていて、更には第三王子が国を乗っ取ろうとしているらしい。

禁忌なんて気にしている場合ではない。


「材料も器具も揃ってる……透明化して、なんとかフェイ局長の事をつけられれば……もしかしたらローグ様の居場所が分かるかも……」


かなり危険な方法だ。見つかったら命に関わる。でも、それくらいの事をしないと物事は進みそうもない。


「迷っている暇はない、取り敢えずやってみよう」

”ミル、何か分かったのか?”

「わあ!」

”ど、どうかしたのか?”


いきなり話かけられて驚く。しかも、今計画していた事がバレたら反対されそうだ。


”い、いえ。何も……い、いやもしかしたら打開策になりそうな事を見つけたかもしれません!でも、まだ検証が必要なので……あ、あの、ローグ様は大丈夫ですか?局長や殿下は戻ってきましたか?”

”いや、まだ大丈夫だ。それより検証が必要って何を……?”

”あ、え、えーっと。す、すいません。時間がないので。し、失礼します!”


ミルは上手く誤魔化すことが出来ずに無理矢理会話を断ち切った。本当の事を言ったら、絶対反対されてしまう。

ローグは少し困惑していたが、それ以上話しかけてはこなかった。


「うう……ローグ様申し訳ありません……でも、やらなくちゃ」


ミルはローグから感じた不安を思い起こして決意した。あんな苦しそうな感情、早々味わうものではない。それくらいローグの感情は切迫していた。

ミルが思っている以上にローグは危険な状況なのかもしれない。ミルは手早く見つけた魔法をメモして大書庫を出た。

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