ああ、恋のフォーチュンクッキー(2)

 餡の乗った卵に放り込んだもの、蟹身だ! 


カニカマではなく本物の蟹身、こんなに美味しい卵は生まれて初めてだ。でも主役はその下にある炒飯、パラパラとお米が光り惜しげもなく入れられた牛肉がゴロゴロと主張している。


「これは牛肉炒飯かな? それとも蟹玉天津飯かな?」


そう訊くとまたもや太陽のような微笑みを浮かべて


「特製蟹玉チャーハンです! 裏メニューなの、原価高いからね」


と作りっぷりもさることながら食べっぷりも見事なものだ、一緒に食事をしていて気持ちが良い。蟹玉チャーハンがかなりのボリュームだっただけに結構膨らんでしまった僕のお腹を見て


「お腹膨れてくれたかな? じゃあ、デザート持ってくるね」


と彼女は再び厨房に戻っていった。


(まさか・・・あれか?)


 カラカラとタッパーに入れられた無機質な瓦せんべいのような味と共に、何とも切なく寂しい気持ちがよみがえる。僕もあまり詳しくは無いのだが、中華料理のデザートといえばフォーチュンクッキー、胡麻団子、桃饅頭、杏仁豆腐が頭に浮かぶ。


せめて胡麻団子や桃饅頭を選択してくれたら寂しい気持ちにはならないだろうが、とはいえここまで一生懸命手作り中華を振る舞ってくれている彼女に現段階で


『あれはあまり好きじゃないから・・・いいかな』


なんて言えるはずもなく複雑な気持ちで待っていると、満面の笑みと共に彼女がボール状のガラスでできた器を持ってきた。お? 焼き菓子系デザートではない。きれいなガラスの器はマリンブルーの液体で満たされており、シュワシュワと炭酸らしき気泡が立ち昇っている。白い角切りにされたそれらきしものだけではなくフルーツもいっぱいで、まるでそれらが水槽の中で泳いでいるようだ。想像していたものとは全く違う物の登場に驚きを隠しきれず、


「こ、これ・・・杏仁豆腐?」


と彼女に聞き返してしまったほどだ。笑みをたたえる彼女からは肯定の言葉が出てきたが、正直何と返ってきたのか覚えていない。それくらいショッキングで美しく、それはまるで大きなフルーツカクテルという感じだったのだ。柄の長いおたまのようなもので器からすくい上げて、取分け用に準備されたクリスタルグラスのような器に半分ほど液体だけ取り分ける。


「はーい、お待たせしました! 本日のコースの〆でございます。お好みに応じてライムを絞っても美味しいからどうぞ召し上がれ!」


そう言って差し出してくれた彼女はテーブルに肘をつき顎を乗せて、ウキウキと僕の反応を待っている。まずはグラスを持ち上げ泡立つきれいな液体を口に含んでみる・・・今まで食してきた口内の油っぽさを一掃してくれるような強めのスパークリングで、とても爽やかだ。さらにライムを数滴絞って飲んでみると、さらに強い爽快感が口いっぱいに広がって幸せな気持ちになった。クッキーの時とは違い、僕は瞬時に飲み干しおかわりを求めた。彼女はとても嬉しそうな笑顔でグラスを脇に置き、手のひらサイズの少し深めのグラスに今度はフルーツなどの具材も一緒に入れていく、強炭酸によってこれらがグラスの中で泳いでいるような錯覚を覚える。


 メロンやオレンジなど形を整えられて泳いでいるフルーツはもちろん美味しい、さて、この白く角切りにカットされた杏仁豆腐はどうだ? スプーンで持ち上げ口に運ぶのを一瞬ためらった仕草を彼女は見逃さず、


「杏仁豆腐、苦手ですか?」


と不安そうな顔で問いかける彼女に対し、


「以前にお客様との会食で、でちょっと僕の口には合わないかなっていう味の杏仁豆腐を完食しなければならないっていう事があったから、思い出しちゃって」


そう言って口に運ぶ。これが同じ杏仁豆腐という名前のデザートなのか? こう言っては何だが全く別物ではないか! 味はもちろんのこと、食感も香りも全く違う! 


 何より押しつけがましくないこの爽やかさは、今日の楽しい記憶がもう一度彩られていくようだ。満腹状態で頂くことが計算され、どこか優しさを感じる。


 昔友人から聞いた言葉をふと思い出したが、一口目が分かりやすい味付けの食事は、人気もあるし売れる。しかし最後には食べ疲れ、もたれることすらある。それに引き換え、最後の一口が美味しい手料理には、健康への願いとともに、本当に愛がこもっていると・・・。


形の違うラブレターとして瞳に映る杏仁豆腐に再び感動し、一人で耳を赤くしてしまう。


「どう・・・ですか?」


そう問いかける彼女に対し、


「もの凄く美味しいです! 僕が食べてきたものとは全くの別物です、杏仁豆腐ってこんなに美味しいんですね」


これを聞いて嬉しそうに笑顔でガッツポーズを作った彼女は、


「よし、やったぁ!」


と溢れんばかりの笑顔でキラキラと微笑んで見せた。彼女が勤務している中華料理のチェーン店とはいえ、僕のためだけに彼女が考えて腕を振るってくれた料理の数々。苦労して運んだ材料がカレーになる日も待ち遠しいが、コンビニのお弁当とは違って誰かが自分のためだけに口に入るものを作ってくれるというのはこんなにもありがたく嬉しいものなのかと、東京での出来事を思い出しながら感動している。そして目の前で喜んでくれている彼女が何ともいじらしく可愛らしいではないか!


「本当に美味しかったよ、ありがとう。そして凄く嬉しかったし、一生懸命お料理してくれている千鶴さんは凄くステキでした」


 何の邪念もないこの素直な一言が、彼女の頬に熱いものを伝わせた。男というのは女性の涙を見るとひどく狼狽するもので、どうしていいかわからずパニック状態になったりする。ご多分に漏れず僕もさっきまで口を拭いていたおしぼりを急いで裏返してきれいな面が上になるように折り返し、彼女に渡した。ここはスマートにハンカチを渡してニッコリ微笑んであげるべきところなのだろうが、先の『漏れそうダッシュ事件』と同じくそんな余裕はないのだ。それでも彼女は受け取ったおしぼりで軽く涙を拭いて


「よかった・・・私が雄二さんにできる恩返しなんてこんなことしかできないから。喜んでわんぱくに食べてくれて嬉しいです」


(おっふ、キュンキュンホワホワする~)


そんな頭の中お花畑状態で次に自分が発した言葉が、後に彼女を苦しめてしまうことになるなんて考えもしないどころか、考えて喋った言葉ではないのだが。


「千鶴さん、結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」


ビックリして彼女は座布団一枚分ほど後ろに跳ね、僕はその様を見てとんでもないことを口にしたと自覚した。


「ごごごごめんなさい! いきなりそんなこと言われても困るでしょうし、何でしょうか。あまりにも嬉しかったからつい口に出たといいますか、いや違うな。でも大好きなんです、素直に口から出たんです、悪気とかそういうの全くないんです」


むしろ動揺しているのは後方に飛び跳ねた彼女というより、僕の方ではないか。なんで必死でこんな事を喋りながらこのタイミングで、お箸の袋をジャバラ折りにして


『箸置き』


を一生懸命に作っているのか意味が分からない。この支離滅裂な状態を見て、驚きから笑いに変わった彼女は目尻から今にもこぼれそうな涙を小指で拭いながら


「そんなに必死に動揺しちゃうなんて、ピザの時を思い出します。紳士なのにどこか不器用で、格好いいのにどこか子どもっぽくて。私も雄二さんの事が大好きですよ! でも動揺して言っちゃったのかもしれないから『結婚を前提に』の部分はその時まで心の中に大切にしまっておきますね」

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