サヨナラ・・・モウムリ(1)

 そんなある日、彼女がコンビニのシフトに入っていないことを確認して有給休暇を取得し、転勤に向けてより深いお付き合い


(せめて門限をもう少し延ばしてほしい、可能であれば外泊許可を欲しい)


と思いながらケーキと花束を持って彼女の住む奥山飯店へと歩を進める。花束まで持って伺うのだから、


『結婚を前提にお付き合いを・・・』


なんて話になるのだろうか。


 もし結婚となったら二人の生活? 


・・・・・・いや、ご両親がいらっしゃる中華料理店に婿養子のように入ることになるのではないだろうか。ひょっとしたらそれを前提で話をされるかもしれない、そうなるとかおるさんがいくら魅力的で可愛らしいとしてもちょっと返事はできかねる。そこで軽々しく「はい」なんて返事をしようものなら、僕の将来は中華料理店の跡継ぎが決まってしまうのは火を見るよりも明らかだからだ。


 あれやこれやと考えながらお店のすぐ近くまで来たとき、


『ガッシャン』


というもの凄い音と共に店舗入り口のガラスが割れて中からパイプ椅子が歩道に飛び出してきた。


 この瞬間頭に浮かんだのはあの気難しそうなお父様が酔っぱらって暴れている姿、こんな想像をしてしまったらなおさら顔を出しづらくなってしまった僕は咄嗟に自分が見つからないように電柱の陰に隠れた。耳を澄まさずとも聞こえてしまう大きな声が店内から外に響き渡る。


「だーかーらー! この間の弁当に入ってたエビチリがなんであんなに辛かったのかって聞いてんだろ? アタシが辛い物ムリだっていう事はテメエがよーくわかってるよな? 雄二さんはニコニコ食べてくれたけど、弁当っちゅうのは二人で食べるんだよ! それを考え付かなかったのかって聞いてんだろうが!」


「いや、ついいつもの癖で普通に作っちまって・・・」


「ついじゃねーんだよついじゃよ! 言い訳する前にゴメンナサイが先じゃねーのか? ああ? お兄ちゃんといい、自分のやったことに言い訳ばっかりしやがって!」


「ゴメンナサイ、次から気を付けますからどうか許してください。だからどうぞ怒りを治めてお店をやらせてください」


「次に辛い物入れたり、舐めた口きいたらタダじゃ済まねーからな! こんな儲からねえ店をいつまでも続けやがって、アタシがバイト代入れなかったらやっていけねえ状態なんだから、見栄はってないでサッサとたたんじまえ!」


 会話の声と店外までぶっ飛ばされたパイプ椅子から想像するに、お父様がかおるさんからゲキヅメされているのがわかった。


 ちなみにゲキヅメとは激詰めと書いて、営業などで成績が悪かったりお客様を怒らせてしまった時などに上司から強烈に理論で詰められる事象である。


 外では可憐で可愛らしく大人しくて笑顔のステキなかおるさんだが、実情家の中では鬼だったのか? そういえば前回お邪魔した時に


(なんでこの入口のガラス、ヒビが入っているのにテープで補修してあるんだろう? 入口はお店の顔なのだからガラスくらい交換すればいいのに)


と感じたのを思い出す。


 近年家庭内DV(ドメスティックバイオレンス)がものすごく問題視されていてニュースでも新聞でも取り上げられているのもついでに思い出す。お父様としては何とかして店舗を維持存続させたいが娘がコンビニのアルバイト代を入れないと中華料理店の経営が成り立たず、それをかおるさんに補ってもらっているものだから娘に強く出られない。


 そしてコンビニで迎えてくれる可愛らしい声とは対照的に、まるで地獄の底から響いてくるような恐ろしい声・・・僕がこの声をお母様ではなくかおるさんだと断定したのは会話の内容もさることながら、かすかに


「私が見ていなかったから悪かったの! お願いだから許してちょうだい」


という泣き叫ぶお母様の声を聞いたからだ。


 さて右手に花束と左手にケーキを持っているわけだがどうしたものか? ちょうど隠れている場所は電柱の裏、ここに両方そっと置いておけば


(何かしら事故があって誰かが供養に置いていったのかしらと見えるだろう)


とお店にコンニチハと入る状況でもないことに見切りをつけ、僕は足元にそっとケーキと花束を置いて立ち上がり、去ろうと振り返った時に偶然にも目が合ったのは駐在所から飛んできたであろう三人の警察官。この騒ぎを聞いて近隣住民が通報したのかお母様が通報したのかはわからないが、挙動不審な行動をしている僕は当然怪しまれて職務質問をされても仕方がない状態だ。


「おいお前ら二人は先に奥山飯店に行け! で、君はここで何をしているの? ちょっと話を聞かせてくれるかなぁ」


 後輩警察官二人がお店の中に入っていき、僕は一番年配の警察官に職務質問されることになる。何も悪い事をしていないのだからビクビクする必要もないのだが、事実を話すとちょっと・・・なので、


「先週まで元気だったペットがこの電柱が大好きだったんです、散歩をすると必ずこの電柱から離れないくらいこの電柱が好きで。人間と同じように僕を愛してくれた子だったので、せめて弔いにと・・・」


「あーそう、こんな立派な花束とそれはケーキか何かかな? よっぽど大切なペットだったんだねぇ。怪しすぎるでしょ、任意同行で詳しく話を聞きたいからちょっと署まで来てくれるかな?」

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