ポンコツだらけ(3)
そして彼はいつものように靴の匂いを嗅いでは口を開けるのだ・・・それを見ながら忘れていたニャンゴの充電を見たら今朝まで赤ランプだったものが緑ランプに変わっている!
財布の有り金全部使って待ち焦がれた時間がようやく訪れた。さてここからがまた大変な作業で声を機械に認識させる必要がある。そうしなければちゃんとしたデータをとる事ができないからだ・・・
どれくらいの時間この機械と向き合っているのだろうか、時計の針は深夜二時を指している。待てど暮らせど録音に協力するどころか
『フトンニイレロ』
と圧力を掛けてくるミールに根負けし、布団に入った。寝不足は万病のもとだと新聞の占いにも書いてあったし、焦りが禁物であることは昨日パチンコで嫌というほど学んだ。
後ろ髪をひかれる思いで玄関の鍵を閉めてトボトボと出社した僕に、目を覚ます転機が訪れる。
《 辞令 二月十日付けで貴殿を係長として任命し、名古屋支社への転勤を命ずる。この異動は貴殿の益々の活躍を期待するものである 》
わかってた・・・独り者にこういう役割は巡ってきやすいものであると。名古屋という土地のことはよく知らないが、
「高速道路や主要鉄道路線の中心部であり東京や大阪に比べると、住みやすい場所で人柄もいいぞ。今度は課長として戻って来いよ、おめでとう!」
と上司や同僚からも言われ、その祝福に何と答えていいのかわからない複雑な気持ちを押し殺しながら会社の机を整理しはじめ、何とも言えない気持ちで帰宅後に名古屋の賃貸物件探しを始める。
(駅からなるべく近くでペットOKで、買い物にも不自由しない場所でなるべく安く)
なんて考えているとなかなか決まらないもので、かおるさんの顔もちらついてくる。このまま付き合えるのだろうか。正式な結婚申し込みにはまだまだ早い気がするし・・・。
『あなたにとって幸せとは何ですか?』
フォーチュンクッキーの言葉を思い出す。その後、ろくに内覧もできない状態で今と変わらない程度のそこそこの立地条件のアパートを契約した。
その間も物件探しと並行して、帰宅しては僕が機械に向かって
「こんにちは神崎雄二です」
「ニンシキデキマセン、モウイチドオネガイシマス」
の繰り返しである。しかし第一関門の充電は突破したのだ、ここをクリアせずして何のためのニャンゴだろうか? 負けてなるものかとそれから一週間、眠い目をこすりながら毎日毎日機械に認識させるために頑張った。
「ニンシキデキマセン、モウイチドオネガイシマス」
もう、アッタマきた! こいつ初期不良なんじゃないの?
僕の怒りは頂点に達した。だって会社の電話に出る時も本来社名から入るところを
「こんにちは神崎雄二です・・・失礼しました!」
と言ってしまうくらい頑張ってきたのにもかかわらず、この十数万円もするポンコツ機械は全く認識しようとしない。コールセンターに問い合わせしようにも受付時間は平日の僕が仕事している時間と丸被り、土日祝日は休みでつながらない。少ない昼休みの時間に掛けても
「只今おつなぎしております、少々お待ちくださいませ。お待たせして申し訳ありません、現在大変込み合ってつながりにくくなっております。しばらくたってからお掛け直しください」
の自動アナウンスが延々流れるばかり、ネットから問い合わせてみたが返信は一向に来ず。僕のフラストレーションは今にも爆発してしまいそうなほど溜まっており、普段貧乏ゆすりなんて絶対にしないのに足をカタカタと動かしている自分が居る。
(もう、無理! 絶対に返品してやる)
と息巻いて帰り保証書を確認したところ、
『返品は到着後七日以内、未通電のものに限ります』
と書いてある。
どういうことだ、二十四時間充電しないと使えないって書いてあったから僕はパチンコで七万も負けたんだぞ? それなのに
『未通電のものに限る』
って物理的に充電して使用してみないと初期不良かどうかなんてわからないじゃないか!
世の中は不条理で不合理で不平等だってことくらいわかってる・・・でもこれはあんまりじゃないか。僕はニャンゴを箱にしまい、押し入れの一番奥に突っ込んだ。
こうして何とも言えない脱力感と虚無感に襲われている僕にミールは尻尾をピンと立ててご機嫌で擦り寄って来る。彼にとっての意思の疎通はこういう事であって別に日常生活に支障はないのだ。気持ちを治めるためにもとっておきの柔らかいカツオを相方にあげ、せめて気分よく僕の隣で寝てくれることで何とか癒されたいと感じて床に就いた。
かおるさんとの清いお付き合いは動物園に行ったり水族館に行ったりとそれからも続き、会社帰りにコンビニに寄っては
「お帰りなさい、お疲れ様です!」
と迎えてくれるその笑顔に僕の心も随分と惹かれているのを自分でも実感するようになってきた。デート先の公園などで青空ランチをするときも彼女がお弁当を詰めてきてくれるのだが、これがどう見てもお父様が作ってお母様が詰められたであろう特製中華弁当で、それに必ずフォーチュンクッキーがついてくるという少し複雑ながら楽しい時間を積み重ねていった。
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