ポンコツだらけ(2)

 翌朝充電目盛を見てみるとまだ四分の一にも達していない、かおるさんがいつ来てくれてもいいようにあっちを片付けこっちを拭き上げ、そして何か一つ動作が終わるごとに充電目盛を見る。


 昔映画館で人工知能の過度な発達によって機械が人間を支配しようとする機械戦争が起こり、人類は地下に拠点を移して機械と戦うという映画を見た事があるが、今の僕の意識は完全に機械に支配されているのではないのか? 


 過度な期待は人間の感情や脳を支配してしまうという突飛な考え方になった僕は、充電目盛を強制的に見なくてもよくするために滅多に行かないパチンコ店に向かった。流石にあれだけうるさいところでパチンコ機に集中できれば大丈夫であろうという考えだ、ミールの餌やトイレをチェックしていそいそと靴を履き外に出る。


 道すがらどのように立ち回るか、いかに少ない資金で勝つ事ができるのかなどと考えようとしたものの、最後に遊戯してからもう何年経過しているだろうか。あの頃とは仕様も全く違うだろうし、いわゆる新台と言われるものは新聞の折り込みチラシで見るレベルで全く分からない。


 それでも僕の足を運ばせたのは子どもの頃に漫画で読んだキャラクターがパチンコ機となって登場しているというチラシを見たからだ。その漫画は体内にあるツボを何カ所か刺激する事で天下無双の主人公が傍若無人の悪者たちをバッタバッタと倒していくという物語、もちろんアニメ化されてテレビに釘付けになって見たものだが、それが大人になった現在パチンコ店で楽しむ事ができるという甘い誘惑に普段歩くよりもいささか早歩きで目的地に僕を向かわせた。自動ドアが開いて店内に入ってみると、早速自分の記憶にあるパチンコ店とは違う様子に気が付く。


いつも喫煙者の煙でモウモウとしていたのにタバコの匂いが全くしない、そしてパチンコ店の醍醐味でもある出玉を椅子の後ろに積んでいる人は一人もいない。


中でも一番驚いたのは高齢者の圧倒的な数の多さだ、当時も全く姿を見なかったわけではないがここまで多くは無かった、むしろ若者や中年層よりも圧倒的に店内客に占める高齢者の割合が多い。


 一昔前の病院の待合室で集合に比べるとお年寄りが元気でいらっしゃることは良いことだが、それでも博打場に男女問わずこれだけ多くの人が押し寄せているのは少し複雑な気分を覚えた。そして当時は聞こえてこなかったバンバンと何かを叩く音、現代のパチンコ機にはチャンスボタンというものがあって機械の合図に合わせて遊戯者が押すボタンらしいのだが、


『この恨み晴らさずおくべきか』


という勢いでお年寄りたちが拳を握って叩いている。本来は触れば反応するレベルなのだと推測できるが、関係者に聞いたところ


「感情的になって負けた腹いせに何十万もする遊技台のガラスを叩いたり、本来は玉を入れるところにコーヒーをわざと入れたりする悪質な高齢者が増えていることからチャンスボタンを叩くことで被害を抑えている」


という話を聞いたが、真偽のほどは定かではない。そんなこんなでお目当ての機種を探してみるもなかなか見つからず、店内を何度もグルグル周回してやっと見つけた一台にはお歳を召されたご婦人が座っており、訳も分からずスイスイと一万円札を機械に吸い込ませてはバンバン叩いている。それでも気を紛らわすために来たのだからと他の台を探してみると、目当てのキャラクターとは違うものの昔よく見ていたアニメの台があり、空いていたので座ることにした。


 これが悪夢の始まりで、ギャンブル依存症の方はよく読んでいただきたい。一万円、二万円と負けてくるとはじめのうちは


(適当に遊んで気分転換になればいいや)


だったものが、一度大当たりの音を聞くまでは離れられなくなってしまうのだ。


(ここまで回したのだから、もう少し頑張れば当たるはずだ! その時には大フィーバーするに違いない)


と思わせるのがギャンブルのカラクリで、それにまんまとハマって身ぐるみ剥がされてしまうのが我々愚かな博打うちである。


 昔こうなって一大決心をしてパチンコから遠ざかっていたのにもかかわらず、たかだか充電時間が気になるのを紛らわせる位のことで僕は財布に入っていた七万円を熱くなってしまい、あろうことか千円札まできれいサッパリパチンコ店に寄付してしまった。右も左もそして後ろからも待ち焦がれたフィーバー音が聞こえる中、結局僕の座った台に至福の時間が訪れることはなく、あの時味わったのと同じ喪失感と嫌な疲労で肩をガックリと落としながらトボトボと帰路に就く。


 いつものコンビニATMで十八時を過ぎてしまったので時間外手数料を払った挙句に最低限のお金を下ろし、カップ麺一個を購入し家に帰った。充電完了の二十四時間まではまだ随分と時間がある、シャワーを浴びカップ麺をスープまで飲み干してベッドにバフンと倒れこむように横になった。


「フギャース!」


掛け布団の中でぬくぬくとしていたのだろう、そんなことも知らずに呆然とした頭で倒れこんだ僕の下敷きになったミールは全身の毛を逆立てて耳はペッタンコ、カンカンに怒っている。


「ごめんごめん!」


とご機嫌を取る時用に常備してある真空の柔らかい鰹パックを棚から取り出し、生エサ専用の器に入れていつもの所に置く。


 現金なものでこの匂いがすると尻尾をピンと立ててご機嫌に擦り寄って来るのだ、こういうところが共生していてとてもかわいいと感じる瞬間だ。あっという間に食べつくして機嫌よく顔を洗い、何事もなかったかのように


『オマエノヒザニノセロ』


と喉を鳴らしながらやってくる。明日は仕事なので布団に潜りこむと、いつもなら自分で入れるだろうにわざわざ僕の顔に自分の髭をくすぐったくすり寄せて


『ジブンモイレロ』


とくる。こうして結果的には充電時間のことなど忘れて翌朝会社に行き、いつものようにコンビニに寄って帰宅し、鍵の開いた音で走り寄ってくるミールの右首を触りながら靴を脱ぐ。

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