ポンコツだらけ(1)
いろいろ突っ込みどころ満載ではあるが敢えてそこは触れずに、ミールがビビって入れ物から出てこない。
僕自身他人を部屋に入れるのは初めての事だし、もちろんネコとしても僕以外の匂いがするのが初めての経験なのでビビッて当たり前だ。
チンチラ慣れしている彼女が不用意に触ろうと手を伸ばしたところ、シャーッと耳をぺったんこに後ろにやって威嚇しながら今にもネコパンチを繰り出しそうな勢い。普段大人しいミールがこんな状態になるのは、怒っているのではなく純粋に怖がっているのだろう。結局彼女がいる間は一回も出てこずに、彼女が居なくなったことを確認してからソロソロと出てきては残り香を嗅ぎまわっていた始末。
人間としての匂いもそうだがチンチラというのは
『チンチラ科チンチラ属に分類されるげっ歯目』
であり、その匂いが気になって仕方がないというように見える。
それから二度ほど彼女は僕の部屋を訪れたが、一度としてミールが出て来ることは無かった・・・
あれは彼女が三度目に僕の部屋を訪れた日のこと、門限に間に合うように彼女を家まで送っていって自室に返ってきたところで宅配便のお兄さんと鉢合わせた。
「不在票入れて持ち帰ろうと思ったんですが、よかった。控えの伝票はこちらです」
と受け取った荷物こそが、待ちに待ったネコ語翻訳機
『ニャンゴ』
だったのだ!
確かにかおるさんも大切だがミールは家族、その思いを知ることができる機械の到着を一日たりとも忘れた事は無かった。会社帰りにコンビニに寄って笑顔で見送られ、自宅に戻りポストを見て不在票の無さに落胆し続けた日々。
(そう、僕が待ち焦がれていたのは彼女でも恋愛感情でもなく『ニャンゴ』だったのだ!)
と大袈裟に独り芝居をして冷静に包装を解く。何のための一人芝居だったのか、どのようなテンションだったのかは聞かないでいただきたい・・・ただ恥ずかしいから。
僕はこういう時には冷静で几帳面なタイプで、包装紙をビリビリ破って開けるなんて考えられない。ドライヤーで温めてセロテープをきれいに剥がして包装紙もちゃんと保管する。結んである紐を乱暴に切ったりするなんて考えられない、一本の紐になるまで何時間でも頑張る。こんな性格のせいで先月かおるさんからもらったハンカチのプレゼントには二時間も掛かった。リボンを丁寧にほどこうとしたが、それは両面テープでくっつけるタイプのほどけないリボンだったのだが・・・今はそんな事どうでもいい。目の前にある包装紙の上から結ばれている十字のビニール紐を、そのストレスと拘束からキレイに解放するのが、僕がやるべき最初の任務なのだから。
十分、二十分と無情にも時間は過ぎてゆく。
(焦るな、結んであるのだからほどけるに決まっている。これがほどけないようでは僕は人類はおろか、ミールと心を通わせることは不可能だろう。わかってる、これが高額でもどことなくインチキ臭いものだって。動物の思いなんか人間がわかりっこない、もし本当にそんな機械があるのなら人間の意思もネコに伝えられるはずだって。ではなぜネコの翻訳はできて人間の言葉をネコに伝える事はできないのか・・・)
気が付くと涙を流し鼻を啜りながら一生懸命に爪の先をボロボロにして紐と格闘している自分が居て、その左後ろからは嗅ぎなれた強烈な刺激臭。
(大丈夫、僕はこんな無機質な物よりも君のお土産を最優先するよ。そうだ、水もきれいなものに取り換えてエサも美味しいものをたくさんあげよう)
また変なテンションになりながらルーティンを終わらせて再び箱の前に座ると、ミールが包装紙の角を噛み破っている・・・
僕は迷いなく紐をハサミで切り包装紙をビリビリと開けて丸めてゴミ箱に放り投げた。こんなこと考えたくないが、どうもかおるさんと仲良くなり始めてから時々テンションがおかしくなる時がある。気を取り直してウキウキしながら最初に出てきた説明書を入念に読み込む、そしてよくあるご質問という欄に一つの回答を見つけることができた。
『人間の言葉をネコ語に翻訳はできません、脳の大きさが違うのでネコには理解できないのです』
なーんだ、そういう事だったのか! 確かに人間の脳はその数パーセントしか使用されていないと聞いた事がある、なのにこの大きさ。それに比べてネコの頭はこんなに小さいし、脳の大きさも人間の十分の一くらいじゃないのか。そりゃ当たり前に二足歩行できる人間の言葉を理解しろっていう方が土台無理な話じゃないか。そうかそうか、と三時間かけて最終章であるよくあるご質問まで読み終えたところで一粒の達成感と感動を覚えたのだが、一番に書いてあった
『初めてご使用時には必ず二十四時間充電してください』
を何気に見落としている人間の脳。
(今から充電をはじめたら初期設定ができるのは月曜日に会社から帰って来てからじゃないか)
と本体にコンセントを差し込んで、明るくなりかけた空にいつも通りの独り言
「おやすみなさい」
を言ってふて寝した。
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