フォーチュンクッキーと翻訳機(4)

 さてクドクドと説明が長くなってしまったが、大人気商品だけに流石のア〇ゴンといえども翌日発送はできない模様で


『商品到着日は約一カ月後』


と書いてあった。その間ヤキモキしていても仕方がないので普段通りの生活を送るまでなのだが、次第に僕とかおるさんの距離は急接近していき、帰りのコンビニで


「お疲れ様でした、お帰りなさい! 今日も寒かったね」


とバーコードをスキャンしながら話しかけてくれる声と笑顔に癒されながら、休日には彼女がシフトを合わせて休みを取り、一緒に遊園地に行ったり映画を見に行ったりとお花畑ライフを過ごしていたのだ。そしてついにその時は来てしまった・・・


「雄二さんのお部屋、行ってもいいかな」


「おっふ!」


 彼女の言葉を聞いて僕の口から出た言葉はこの一言だった。なんで「おっふ!」だったのかはさっぱりわからないが、瞬発的にそういう気分だったのだろう。とはいえあんな汚部屋に女の子を招き入れられるはずもなく、


「そうだね、来週の土曜日までに掃除しておくよ」


と一週間先延ばしにしてもらったデートの帰り道、急いでホームセンターに行って目的の違う二種類のアイテムを僕は買い漁ってきた。


 目的の一つ目はもちろん掃除道具である。床をコロコロするやつからトイレ用の洗剤や芳香剤、部屋の壁に黄色く付いたタバコのヤニ落としから窓をきれいに拭きあげるシートまで、一週間かけての大掃除である。


 もう一つの目的は彼女に


「雄二さんのお部屋、かわいい!」


と言ってもらうための小道具たちだ。歯ブラシやヘアブラシなどは爽やかでそれでいて可愛らしいものと交換し、小瓶にお線香のような香りのする棒が刺してあるヤツとかシミだらけの枕カバーや布団のシーツも淡いブルーの入った爽やかなものに交換、もちろんお客様用スリッパやトイレ用スリッパも準備した。


 せっかく彼女が来てくれるのだから、こんなところで好感度を下げてしまっては本末転倒である。一週間かけて見落としはないか自分なりのチェックリストを作ってテキパキと行動していき、ある意味僕としてはちょっと落ち着かないほどの空間にミールも多少困惑気味だったが、まあ合格点ではないだろうか。


 ネコを飼っている事は話してあるし、彼女自身もチンチラを飼っているという事から動物と同居しているところに遊びに来るというハードルはクリアされたと思われる。


 新しく購入設置したキャットタワーも最初は戸惑って匂いを嗅ぐにとどまっていたものだが、どうやら慣れてくれたらしく一番上にあるネコの好きそうな収納箱に入って人間を見下ろしている。このキャットタワーの支柱はネコがバリバリと爪を研いでも良いような素材になっており、興奮して走り回ってはこの爪とぎ柱でバリバリやっているという具合だ。

 ここでかおるさんについて触れておかなければならない、そもそも中華料理屋の娘がなぜコンビニでアルバイトをしているのか等々。彼女はとてつもなく心配性なご両親の元で育ち、アルバイトも夜十時まで。同性の友達と遊びに行くにも一度ご両親に紹介しなければならず、男性とデートするなんてもってのほか・・・だそうだ。


 僕の場合は彼女を助けたお礼ということでそのままご両親に紹介される運びとなり、ご両親に認められたから遊びに行っても良いが門限は夜八時までというなかなかの厳しい箱入り娘っぷりである。


 さて、中華料理店を営んでいらっしゃるご家庭なのに、なぜコンビニでアルバイトをしているのかという点にも彼女の証言から触れておこう。彼女の家で使用されている調理器具は一般にご家庭で普通に使用されるプラスチック製のまな板と万能包丁ではなく、切り株みたいなまな板と中華包丁らしい。自宅兼店舗なので家族の食事も必然的に店舗の厨房で作ってもらったものを食べて育ってきたのだが、ある日お父様がかおるさんに


「ニンジンを切ってみよう」


と包丁を握らせた時、思いっきり振り上げた包丁は手からポイっと後方へ飛んでいき、お母様の顔をかすめたんだとか・・・・・・


 僕もお伺いした時に実物を見たが、刃の部分が平べったく大きい立派な中華包丁だった。あれを鉈(なた)のように振り上げて後ろに飛ばしたとなるとそれは背筋も凍る思いをお母様はされた事だろう。それ以来、火や刃物を用いる危ない作業は一切させてもらえずにアルバイトも刃物を使わない所ということでコンビニでアルバイトをしているというわけだ。


 まあ要するに、尋常ではなく過保護に箱入り娘として育てられた彼女はフォーチュンクッキー以外は恐らく作れないのではないかと今までのお付き合いから想像する。


 今度僕の部屋に遊びに来たいと言っているものの、 


「何か作るね!」


ではなく


「ピザでも取ろう、デザートにクッキー持っていくから!」


と彼女から言い出したので、そういう事で間違いないのではないかと考察する。しかしだ、女性が料理を作らなければならないという時代ではないし、スマホ一つで大概のものは配達してくれる便利な世の中なので僕としては何も気にならない。


 ただ、毎回フォーチュンクッキーを食べているうちに自分はそんなにフォーチュンクッキーが好きではないという事に気付き始めたところではある。フォーチュンクッキーはなにしろ瓦せんべいのような味なのだ。お世辞にもまた食べたいという華やかな味ではなく、硬いので飲み物なしで挑むには勇気が要るほどだ。


 ちなみに中のメッセージは


『今日のラッキーカラーは赤!』


なんてシンプルなのもあれば


『あなたにとって幸せとは何ですか?』


と意味深なものもあり、クッキーそのものよりかわいい字体を読むのを楽しみにしてしまっている。


 そんなこんなで約束の日の約束の時間に彼女は僕の部屋に初めて来たわけだが、 


「すごーい、私の部屋よりもキレイ! ペットボトルとか置いていないんだね!」


が、最初の一言目だった。

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