サヨナラ・・・モウムリ(2)
幸か不幸か、お店とは逆方向に警察官に連れられて駐在所ではなく警察署の取調室のようなところで事情聴取を受けることになるのだが、まさか歩いているこの後ろ姿を彼女に見られていたなんて全く知らなかった事をのちに知ることになる。
(もういいや。別に悪い事をしているわけでもないし、こんなところで取り調べを受けなければならないいわれもないし、正直に全部話してしまおう)
ということで洗いざらいきれいに話している途中から調書を書いていた警察官の手は止まり、しまいには調査報告書をビリビリと破いて捨ててしまった。
そして・・・
「気の毒に、お気持ちお察しします。ただ不法投棄は良くないのでちゃんとお持ち帰りください、貴重な有給休暇の時間を取らしてしまって申し訳なかったです。なんて言うんでしょうね、以前からあの家ではこういうことがちょくちょくありまして・・・」
もの凄く丁寧に見送ってもらい、花束とケーキの箱を持って家に辿り着いたのだが、ドアの郵便うけに
『サヨナラ』
と見慣れたあの文字が広告の裏紙に書かれたメモが挟まっていたのを帰宅した翌朝に気付くのであった。
そう、この翌日からコンビニに彼女の姿はなく、代わりに日本語を流暢に操る恐らくヒスパニック系と思われる男性がレジに立っていた。彼は見た目こそ外国籍の方という感じだが、話す言葉は日本人と何ら変わりはない、すこし九州っぽい訛りを感じるので幼い頃から日本育ちか生まれた時から日本人なのか。
「おはようございますいらっしゃいませ、こんにちは!」
に始まり、
「ありがとうございました、またお立ち寄りくださいませ!」
近年のだらけた日本人の若者を教育してやってくれないか? というほどのホスピタリティーあふれる接客なのである。笑顔で深々とお辞儀をし、他にお客様が居ない時には僕が店の外に出るまでその優しい視線を送ってくれる。逆にレジで順番待ちができるようなときにはしっかりとお客様の順番を把握して、
「お客様恐れ入ります、こちらのお客様が先に並んでいらっしゃったのでよろしいでしょうか?」
という彼を見ていると
(譲り合いの精神やおもてなしの精神、古き良き日本とはこのようなものだったのであろう)
と考えさせられてしまう。それと同時に先日まで彼女がニコニコ笑顔で立っていた姿と、一緒に行った映画館や水族館、ドキドキしながら恋人つなぎで手をつないだ記憶が蘇り、何だかうすらぼんやりと視界が曇っていくのを感じた。
彼女に対して心が傾き始めた矢先のあの出来事、そして彼女にとっては見られたくなかったであろう、僕が去っていく後ろ姿・・・からの一方的なサヨナラ通知。アニメや映画を見て自分自身涙もろい方であるとの認識はあるが故に、今回の件に対して何事もなかったかのような平常心でいろという方が難しい。
どんな形であったにせよ、僕の恋が終わったことと一方的に振られるような形で別れを告げられたという事実は、黒板に書いた落書きのように跡形なく消えるものではなく傷として残った。爽やかな笑顔を背に受けながらコンビニを出ようとした時、何もこんなタイミングで出会わなくてもいいのにという偶然。
「オス、先輩お疲れ様です!」
前回の大捕り物で僕に立ち入ることを許された後輩の舎弟二人、礼儀正しくなっているし何ら問題は無いのだが、今この瞬間に触れられたくない傷に触れられそうで内心ビクビクしながらも、後輩の舎弟に挨拶されたのだから彼らが何を買うにしても支払いはしてやらなければならないというのが先輩だ。そして案の定、
「オス、あのお姉さん居なくなったんすかね!」
と傷をえぐられながらも舎弟の前で弱みを見せるわけにもいかず、
「おう、なんだろうな。シフトが変わって休みなんじゃねーか?」
なんて精一杯頑張って答えたのに、その後ろからおかみさん・・・
「あの子ねー、突然辞めますって言われてこっちも困っちゃって。代わりにシフト入ってくれるアルバイトさん見つけるにもそんなすぐにってわけにはいかなかったし、結構大変だったのよ。何があったか知らないけどね、まあでも今はこうして人が居てくれるから安心だわ、日本語も上手だし礼儀正しいしよく働いてくれる。重いものも率先して持ってくれるし、時給アップも考えちゃおうかしら」
(やめて、これ以上傷を広げないで・・・)
「そうなんすね! 男の人が居てくれると何かと助かりますし心強いっすね」
と舎弟。
「なんていうの、レディーファースト精神っていうのかしらね。日本人にはない男性の優しさを持ち合わせているのよー、いい人に巡り合えてよかったわ!」
(イヤ、マジデ、モウムリ・・・)
「おかみさんありがとう、また来ますね! おう、お前らも長居せずにもう帰れ」
って言ってるのに、
「凄いっす! 先輩からおかみさんなんて呼ばれてるんすね、僕たち後輩なんで宜しくお願いします!」
と喋りだした舎弟二人。
「おう、ちょっと熱っぽいんで先に帰るわな。おかみさん、コイツラ用心棒みたいに使ってくれていいですから」
と後ろ手に手を振りながらコンビニを後にし、疚(やま)しい事など何もないのに逃げるように家に帰って靴を脱ぎ放ち、嫌がるミールを抱きしめて・・・泣いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます