アオハルだなぁー(1)
気持ちの良い夜風に吹かれながら、手をつないでの帰り道。少しでも千鶴さんとこの時間を感じていたくて、ちょっと遠回り。
彼女もこちらの気持ちに気付いてくれているのか大人しく一緒に横を歩いてくれている。他愛のない話をしながら夜に手をつないで公園なんて行っちゃったりして
(アオハルだなぁー)
なんて思いながら隣同士のブランコゆらゆら。
「私、現在名古屋で一人暮らしをしているんですけれど、生まれ育ったのは東京なんです。私だけ家族と仲が良くなくて、あまりに居心地悪いから実家を飛び出して名古屋に来たんです。別に他の所でも良かったんですけれど、住んでみたら皆さん優しくて、雄二さんとも出会えましたし素敵な場所ですよね」
彼女が初めて身の上話をしてくれた。この短い間に下着姿を見られてしまったりいきなり結婚前提告白をしてしまったりといろいろあったけれど、こういう話をしてくれるということは少なくとも僕に対して悪い印象は持っていないようだ。
「ご家族の中で千鶴さんだけ居心地が悪かったんだ。ってことはご兄弟がいらっしゃるのかな? 答えたくなかったら答えなくていいからね」
「雄二さん・・・優しい」
ゆっくりとブランコを揺らしながら少し首を傾けて微笑んでいる、でもどこか寂しそうだ。
「両親と妹、私の四人家族です。私だけ志向が違っていて、その部分で頑固者というか。受け入れてもらえない家族の元に居るくらいなら早く実家を出て一人暮らしがしたかったんです」
「妹さんってことは姉妹だよね? 両親とソリが合わないというのはわかるけれど、同性である妹さんとも合わなかったんだ」
「・・・はい、自由にやっていることを妬まれてているという言葉が近いのかもしれません」
彼女の返答後、しばらく沈黙が続いた。姉妹同士仲が悪いということがどれだけ寂しくて、家に居場所が無いということがどんなに苦痛だっただろう。デリケートな聞いてはいけないことまで踏み込んで聞いてしまったと、僕は両足を地面に着けたままブランコに座って自分のデリカシーの無さに猛反省していた。
「お? 女連れのカモがいんじゃん! ちょい小銭めぐんでもらおうぜ」
また見るからにガラの悪そうなタトゥーいっぱいだわ、何ですかその髪型は? という世の中を舐め腐った雰囲気の若者たちがワラワラとこちらに歩いてくる。
「大人しく全財産渡してくれたら乱暴しねーって約束すっからさぁ、ちょっと小銭めぐんでくれねえかなあ?」
「君たちさ、七人全員バット持ってどうやってこの暗い中で野球するつもりなのさ? 全員がバッターじゃ野球はできないでしょ」
千鶴さんにデリカシーの無い発言をしてしまった自戒の念と、若者たちの舐め腐った傍若無人な態度に頭にきていた僕は、わざと彼らを挑発するような言葉で罵った。
「あ? 舐めてんのテメエ。女の前だからってイキってんじゃねーよ! 俺たちキレたら止まんねえからさぁ、半殺しで済んだらラッキーだと思え」
立ち上がろうとする彼女を左手で制し、上着を脱いで預ける。
「コイツ俺らとやり合う気だぜ? いかれてんじゃねーの! 上等だよ、タコ殴りにしてやっからよう」
彼女に被害を与えないためにブランコから少し離れたかった僕は、
「ここじゃあ通行人に見つかって通報されちまうから、もっと暗い公園の真ん中で野球しようぜ」
と今にも襲い掛かってきそうなバカどもを彼女から引き離すべく中央付近に歩いて行くと、おそらく車に接触したのだろう、右後ろ脚の先が欠損している首輪をつけた黒猫が怯(おび)えた様子で縮こまって僕を見上げていた。
「大丈夫、なにもしないよ・・・」
小さくなっている黒猫の下あごの部分を優しく撫でてやり、そう黒猫に話しかけゴロゴロと喉を鳴らし始めた瞬間、タトゥーだらけの男がまるでゴルフのスイングでもするかのようにバットで黒猫を殴り飛ばした。
「俺たちシカトして、なーにノラ猫に話しかけてんだコラ! テメエもこいつみたいにぶっ飛ばしてやるからよぅ」
三メートルほど飛ばされた猫の詳しい状態は把握できない、というよりも僕自身の血液が把握できないくらい一気に沸騰した。
「あんなゴミが吹っ飛ばされたくらいでビビったのか? 俺たちにタテついたんだからオマエはあんなもんじゃ・・・」
その言葉を沸点に達している僕は強引に遮った。
「ウルセエぞテメエら! 千鶴さん、こっちは大丈夫だからお願い。ニャンコ見てあげて」
猫の元に駆け寄る彼女を確認して、クルリとガキどもの方に振り返り
「ゴチャゴチャうるせえハエ共が! 全員まとめてかかってこい」
それを聞いて黒猫をバットで殴ったタトゥー野郎が一番早く反応し、金属バットを振り上げて襲い掛かってきた。無茶苦茶な軌道で振り回しているが、空手家相手にそんなもの当たるはずもなく、何やらわめき散らしながら空振りしたり地面を叩いたりしながら肩で息をしている。いまのところ他の奴らは面白がってヤイヤイ言いながら傍観しているといったところだ。
「テメエ、クソが! 大人しく殴られろ」
自分は金属バットを持ってそれを振り回しており、一発も当たらずに息が上がったからと言って無茶苦茶な言い分である。地面にまるで杖のようについてハアハア息をしているタトゥー野郎のバットを蹴り飛ばすと、バランスを崩されてその場に転んで尻もちをついた。周りの奴らはその様子を見てゲラゲラと笑い、相変わらずヤンヤとヤジを飛ばしている。
「もうキレたぜ、ぶっ殺してやる!」
バットを蹴り飛ばされ仲間から笑われ、素手の喧嘩にも自信ありと言わんばかりに立ち上がった勢いそのままに殴り掛かってきた。
先述したが沖縄剛柔流空手というのは攻撃もさることながら
『受け』
を最大の武器とする武術であり、その鍛錬は想像を絶する。それが故に、攻撃する側は刃物や金棒に向かって素手で向かってくるのと同じようなものなのだ。相手の力が大きければ大きいほど、それは何倍ものダメージとなって攻撃者に襲い掛かる。今までこのような機会は何度もあり、正当防衛を主張しても長い時間取り調べを受けてきた。その結果、凶器を持っていないこちらが手加減しなければならないという理不尽な現実に耐えてきたわけだが・・・今回は大丈夫、千鶴さんがスマホでちゃんと録画してくれている。
いかに武術で鍛錬されているとはいえ、木製バットならともかく金属バットをへし折る事ができるほどの常人離れした身体は持っていない。しかし武術家からすると金属バットだろうがナイフであろうが同じなのだ、共通しているのは
『人間が持って攻撃してくる』
という部分。簡単に言えば凶器に当たらないようにして、持っている手や腕を壊してしまえば自分が大怪我をする危険はない。そして目の前のタトゥー野郎は素手で武術家に挑んでくる。相手は武器を現在持っていないわけだから、大怪我をさせてしまうとまた長時間の事情聴取を受ける事になってしまうかも。幸い周囲の奴らはまるでタイマンでも観覧しているように面白がって手出しをしてこない、となると決まり手は・・・ほっぺにビンタだな。
素人が振り回す手や足なんて武術家に当たるどころか触れる事もなく、勝手に力いっぱいブンブン振り回して悪態ついて座り込んでしまったところに近寄っていって左頬を
『バッチーン』
と手の跡が当分消えないほどのビンタ。
顔をひっぱたかれてこんなに吹っ飛ばされたのは、恐らく初めての経験だろう。相手が素手だったので空手も使っていないし、僕が行ったのは教育的指導であって暴力ではない。それを見たガラの悪そうな仲間たち六人がバットを持って一斉に襲い掛かってきたが、これは明らかに複数人による凶器を所持した殺意ある行為とみなし、空手で対処する。
正面の相手には甘やかされてブヨブヨとした腹部に正中段突きで終了、同時に左から振り下ろされるバットを持つ腕の肘部分を回し受けで粉砕。これであと四人、右斜め後方から振り下ろされるバットを蹴り上げて続けざまに下段蹴りで膝粉砕、左と右から同時に振り下ろされたバットに関しては何もせずにしゃがんだだけ、お互いの頭を叩き合う形で勝手に倒れた。
残ったのは一人だが、こいつは始めから一人静かに見ていたヤツで恐らくこの中のリーダー格なのだろう。いつのまにか手に持っている獲物はバットではなく刃渡り二十センチほどのサバイバルナイフ。言ってみれば
『両刃の出刃包丁』
であり、
「テメエ、死んで詫び入れろや」
(あー、コイツだけは本気で殺しに来ているのね)
という雰囲気。サバイバルナイフだけに振りかぶらず一直線に刺しに来る。一撃目はクルリと横を向いて空振り、二撃目で僕の胸に向かって刃を伸ばした時に相手のミゾオチ部分に少し体をそらしながらの中段蹴り。いくら刃物を持っているとはいえ、腕よりも脚の方が長い上につま先もかなり鍛えてきたので威力もある。腹部を抑えて怯んでいる隙に千鶴さんの方に目をやると、手でオーケーマークを作っている
『ちゃんと録画してありますよ』
ということだろう。
「てめえ、マジぶっ殺す!」
と顔に向かって刃先が近づいてきたので、しゃがんで足払い。そして相手が仰向けに倒れた瞬間にこちらはスックと立ち上がり、地面にめり込むレベルの下段正拳突きを体重を乗せて上から顔面に叩きこむ。
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