ああ、恋のフォーチュンクッキー(1)
千鶴さんの足が止まった。
うん、確かに飲食チェーン店でこのお店は関東地方にもあっていつもにぎわっている。家庭で作る餃子よりもちょっと大きめで、むしょうに餃子が食べたい気分のときによく訪れる場所。値段もリーズナブルで、最近では専門の宅配業者を使ってアツアツを届けてくれるし、麺類を頼んでもスープがこぼれないようにしっかりとした密封容器で蓋を開ければ湯気が立ち昇るほどのクオリティー。
そしてお店の入り口に立っているのぼりには
『デザートサービスキャンペーン中』
と書いてある。
これはひょっとしたらトラウマになっているフォーチュンクッキーを食べる流れになるやつかもしれない。
「・・・また中華か」
全くの無意識だったが思わず口から出たその言葉に、彼女は酷く狼狽(ろうばい)して
「ごめん・・・中華続いちゃった? それともあまり好きじゃなかった?」
先ほど輩たちを爽快に投げ飛ばし、手をつないでウキウキと歩いてきただけに彼女の落ち込みようは誰が見ても分かるくらい尋常ではなかった。
「なんでそんなこと言うの? え、僕なにか言った?」
口から出てしまった事はわかってるし、それが全てをぶち壊してしまいかねないほどのやばい発言だということもわかっている。だからこそここは全力でリカバリーしなければならない、もとより彼女には何の関係もない事だ。
「雄二さん、また中華かって・・・」
「え、そんなこと言ってないよ? 『あの餃子か』とは言ったけど。関東にもあるんだよね、このチェーン店舗って。ほとんどがフランチャイズのオーナー店舗でまかないで人気だったメニューを定番にしたらめちゃめちゃ売り上げ上がったって新聞で読んだよ。そして何だかわからないけれど、どうしても餃子が食べたくなる時にはみんな必ず来るよね、家庭ではできないあの大きめの餃子が美味しいんだ! 好きだからよく行くんだけれど、餃子のたれに僕は少し多めにお酢を入れてサッパリ頂くのが好きでねー。だから『あの餃子か』って言ったんだよ、今日もお酢多めにしてモリモリ食べちゃおう! ニンニク入ってないから次の日仕事でも助かるんだよねー!」
何とかリカバリーすべく、もの凄くテンション上げて捲(まく)し立てるようにうつむいてしまった彼女に向かって話した。実際、中華に対する苦い思い出があるだけで本当にお酢を多めに入れて食べる餃子も大好きだし、天津飯と炒飯を合体させた天津炒飯がまかないで美味しかったことから表メニューにして人気が出た事も知っていたし、僕も食べてみて美味しかった。
「え、私の聞き間違いかな・・・」
「聞き間違いだって。こんなに熱く語っているのにそんなこと言う訳ないじゃん!
あ、今日は何をお勧めしてくれるのかな?」
そう言うと沈んだ彼女の表情は明るくなり、離れてしまった手を再びつないで店内の一番奥にある小さめの個室に一緒に入った。都内は土地代が高いために店舗も小さく設計されているので、こういうリーズナブルなチェーン店で個室があるなんてことはほとんどないのだが、ここは名古屋。車社会だしいくら中心地に近いといってもそこまでではないのだろう。
この個室の小窓からは厨房の様子が見えるという小粋な設計になっており、料理人たちが腕を振るっている様子が伺える。お水もセルフサービスでグラスが逆さまになってテーブル脇にいくつか置かれており、慣れた手つきでグラスを満たすと
「さてと!」
と彼女が立ち上がった。
「え、なに? お手洗い?」
まったく、例えそうだとしても女性に訊くことではないだろう。シマッタという顔をしている僕に
「違うよー、私が働いている場所だから雄二さんに作ってあげたいの。あの重たいカレーの材料運んでもらったのに、食べてもらうまでにはちょっと時間が掛かりすぎるから、ここなら『私の手料理です』って自信を持って手早く食べてもらえるかなって」
おっと? 同じ中華でもこれは嬉しいサプライズ!
大きな中華鍋を豪快に振り、青々としたまぶしい青梗菜は空中で美しい舞を見せながら真っ白な皿の上に着地する。
「私はいつも食べているからアツアツのうちに食べてね!」
厨房とのつなぎ目である小窓から渡された青菜炒めは色鮮やかで、立ち昇る湯気や香りなど僕の口内を唾液で満たすには充分すぎる。それをごくりと飲み込んで、
『いただきます』
を合図に豪快に割り箸を割って口に運ぶ。
シャキシャキとした食感を残しながら、口から鼻に抜ける嫌味なく爽やかなニンニクの香り。この後の料理も見込んで彼女が調節してくれているのだろう。
(美味しい! もう少し食べたかった・・・)
と未練を残させる量、一瞬で食べ終わってお冷をごくりと飲んだタイミングで出される八宝菜。これがまた少量でキラキラと美しく、それぞれの野菜が素晴らしい食感を残しながら香り高いとろみに絡まっている。キクラゲのコリコリとしたアクセントが思わず小窓越しに
「めっちゃめちゃ美味しい!」
と僕に声を出させた。
それを聞いてニッコリと微笑んだ彼女が即座に小窓から手渡したもの、それは小鉢に少しだけ入れられた枝豆だった。青菜炒め、八宝菜と野菜が続いたから次こそは肉系だろうという予測を裏切るまさかの枝豆。
「箸休めにどうぞ」
と渡されたはいいが、だんだんと中華熱量が盛り上がってきていた僕をちょっと残念な空気にさせたこの枝豆が、彼女の言った
『箸休め』
の意味を教えてくれることになる。小鉢に入れられた枝豆を少し残念な気分で口に運ぶと、想像していた豆とは全く違う味が口の中に広がった。
「ん・・・茶豆!」
「雄二さん、物知りなんですね。正解!」
茶豆とは読んで字のごとく茶色っぽい高級品である。芳香で甘い香りが口いっぱいに広がり、箸休めというには勿体ない位の気づかいだ。
このサプライズに自然と表情も和らぎニコニコしていると、最後の粒を食べ終わった時に蒸し餃子が二個だけ出てきた。
「すっごく熱いから一口で食べちゃダメだよ」
まさに一口で放り込もうとしている矢先のストップに驚いて、添えてあったレンゲに乗せて蒸し餃子に箸を入れてみる。
これは餃子というよりも小籠包のようだ、溢れ出てくる肉汁とスープでみるみるレンゲが満たされていく。僕の知っている小籠包はきざみ生姜やその他の薬味と一緒に専用のタレに付けて食べるのだが、この蒸し餃子にそれらはなかったのでこぼれそうになっているスープを啜ってみる。
「・・・!」
見た目はさらりとしたスープなのに何とも奥深い味わい、そしてこのスープと一緒に口の中で優しく踊る繊維質は間違いない、フカヒレだ!
さらに驚いたのは包んである蒸し餃子の皮である。モッチモチでまるでつきたてのお餅を食べているかのような歯ごたえ、それに何が練りこまれているのかわからないが、優しい花のような香りがする。ハフハフと一個目をたいらげて二個目に突入すると、中身は同じながら皮から先ほどとは違う香りがする。
「千鶴さん、フカヒレにも驚いたけれど、この二つのステキな香りはなんだい?」
思わず小窓から顔を出して彼女に話しかけると、鼻の頭に白い粉がついた状態でニッコリと笑い
「香りの違いにまで気が付くとは、オヌシなかなかやるなぁー! 最初に食べた方がツバキ、後に食べた方が菊だよ。これだけわかってもらえると、頑張って作った甲斐があるー! がんばるからもう少し待っててね」
そう言うとくるりと振り返り、真剣な表情で大きな中華鍋を振るう。お米と具材が躍るように舞っているのが見える、こんどは炒飯だろう。同時進行で隣にある浅めの中華鍋に卵を流し込み、何かをどっさり入れてかき混ぜている。炒飯の上にフワフワ卵を乗せて餡をかけ、三つ葉を乗せて完成だ。
これは彼女が運んできて一緒に食べる流れになり、小皿に取り分けてくれて僕の前にきれいに置かれる。
「あー、お腹空いた! 雄二さん一緒に食べよ、いただきまーす」
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