11. 告 白
『雄二さんへ 妹が結婚すると連絡があったので実家に帰ってみましたが、家族の縁を切られているので結婚式に参加させてもらえず、離れたところから幸せそうな両親と妹を見て帰ってきました。こちらの一方的な思いをあなたにまで押し付けるのはご迷惑でしたよね、ごめんなさい。両親から許してもらえなくても二人とも高血圧の持病もちですから、何かあっても対応できるように実家の近くにアパートを借りて引っ越そうと思います。両親が元気に越したことはないのですが、こんな中途半端な私でも何か役に立てることがあるかもしれません。短い間でしたが素敵な思い出をありがとうございました。私と顔を合わせたくなかったら中身ごと捨てて下さって結構です、百均のタッパーですから。 千鶴』
(そんな・・・そこまで彼女を追いこんでいる家族って何なんだよ! それで家族って言えるのかよ、ふざけるな!)
自分の信念に従った行動と、彼女が実家で受けてきた悲痛な思いに今まで生きてきて感じたことの無いほどの激しい怒りに襲われた。
急いで玄関に置いてあったスニーカーを適当に履いて隣の部屋に行き、チャイムを鳴らすも返事が無い。
ドンドンと扉を叩きながら彼女の名前を連呼するとゆっくりと扉が開き、ポロポロと涙を流しながら下を向いて下唇に血をにじませるほど噛んで、履いているスカートのプリーツを握りしめて立っている彼女の姿がそこにはあった。
「もう大丈夫、これからも僕が全部一緒に背負ってあげるから・・・」
そう言って彼女を引き寄せて優しく抱きしめた。
一歩玄関に入り扉を静かに閉めると、堰(せき)を切ったように彼女は泣いた。
家族に拒絶され妹の結婚式にも参列できず、離れて暮らすこちらでやっと見つけたわずかな光が僕だったとしたのなら、それがどんな理由であれ僕が受け止めずして誰が受け止めるのか。
しばらく頭を撫でながら彼女が落ち着くまで玄関で立ったまま、静かに彼女を抱きしめていた。
ややあって呼吸が落ち着いてきたのを感じて
「肉じゃが、ありがとう。急いでこっちにきたからまだ食べてないけれど、一緒に食べよう! そしてこれからもずっと、僕のために作ってね」
そう言うとまたもや彼女を泣かせてしまったが、これは事実上のプロポーズなのだから安心を含んだ良い涙に違いない。
彼女が落ち着きを取り戻し一歩下がってニッコリ微笑んだので、
「肉じゃが、持ってくるから玄関開けたままで待ってて!」
と急いで部屋に戻ってビニール袋を片手に持ったその時、ミールがニャオンと鳴いてニャンゴが何かを訳したのだがそんなの聞いている場合じゃない。
廊下に出ると約束通り玄関の扉を開けて待ってくれている彼女がいる、そして
「ただいま」
と元気よく彼女の部屋に入った。
気になる事は多々あれど、これから幸せになろうと決意した時にあれやこれやと聞くのは野暮というものだ。
しかしどうしてもタッパーが入っていたビニール袋に印刷されている
『奥山飯店』
の意味だけは聞かねばならない・・・大体想像は付くのだが。
聞けばなるほどやっぱりそういう事だった、つまりはかおるさんが妹さんで千鶴さんがお姉さんであると。
かおるさんと僕のことは触れないようにして、肉じゃがをお腹いっぱい食べた。
やはりもの凄い量を作っていたので食べられるだけいっぱい食べて、出会った時の話やらトイレを我慢していた時の話など、楽しい話をたくさんした。
そして彼女が食器を洗ってくれている間に僕は安心と満腹からか、いつの間にかソファで寝てしまっていたようだ。
「おやすみなさい」
かわいい声が聞こえた気がする。
ミールがしゃべったのか?
いやいや、あの機械はこんな声じゃないし・・・うとうとするうちに深く眠ってしまっていた。
気が付くと彼女は僕の頭をひざまくらしてくれており、僕の右手は彼女の両手に優しくサンドイッチされている。
肩には毛布が掛けられていて、横で座ったまま彼女はカーディガンを羽織って静かに眠っていた。
窓から明かりが差し込んできており、別にやましいことはないが二人で迎える最高に幸せな初めての朝だ。
あ・・・さ?
昨日が日曜日ってことは今日は月曜日、ってことは仕事の日! 時計を確認すると大丈夫、まだ間に合う。
「千鶴さん、ごめん仕事行かないと! 五分あれば間に合うから大丈夫、ありがとね」
彼女の膝から起き上がってそう伝え、すっかり笑顔になった彼女の顔を見て安心して部屋に戻りスーツに着替えて髪の毛セット。
ミールのご飯と水とトイレもセットして会社に向かいながら昨夜のことを思い出し、僕の中に名古屋から離れる覚悟がみるみる固まった。
すなわち、名古屋支社に思いっきりダメダシして空気を一掃させるという事だ。
とはいえ僕は係長、上司が居るのだからひょっとしたらこの会社にいられなくなるかもしれない・・・
だからなんだ?
上等だよ、やってやろうじゃないの!
「おはようございます!」
社内で挨拶をしてもボソボソ返事をされるだけ、とても気持ちの良い挨拶とは言えない。
(待て焦るな、動くのは全体朝礼の時だ)
課長主体のダラダラした毎度の朝礼が始まり、月曜日朝の代わり映えの無くかったるい顔をした面々がボソボソダラダラ喋っている。
ここぞとばかりに朝礼の輪の真ん中まで歩いて行って、ついに今まで言わなかった毒を吐く。
「おまえら、バイトでももうちょっと仕事するぜ。舐めてんのか、あ?」
場の空気は凍り付くも真っ先に口火を切ったのは、仕事はしないくせにプライドだけは高い課長だ。
「な、なんだと? 今まで朝礼で一回も発言したことないくせに! しかも上司に向かって何という口の利き方だ? 何とか言いたまえ、神崎係長!」
「だーかーらー、あんたらバイト以下だって言っているんですよ、僕が黙っているのをいいことに毎日グダグダと。ではお聞きしますが、今期の営業成績。売上はいくら必要かね? 達成率はどうなってるの? 山本課長答えてください」
小刻みに膝を震わせながら顔を紅潮させてプルプル怒りに震えている課長、哀れで仕方がない。
「黙ってねえで何とか言えよ、本社から課としての予算組まれているんだろ? 求められている営業成績はいくらかねって聞いてんだよ」
「こ、細かいところまでは把握してないが・・・」
「はぁ? 課長が把握していないってどういうことですか? 本部から聞かれたら、いつもみたいに居留守使うつもりなんですか? 百歩譲って成績達成しているのならば問題なしとしましょう、それで後いくら必要なんですか?」
「えっと、確か三百万ほどじゃなかったかな・・・」
「あのさあ。それって課としての売り上げが三百万であって、支社としては一億九千七百万未達ってことじゃないの? あと一カ月しかないのにどうするつもりなんですか?」
「き、君にそんなこと言われる筋合いはない! 自分だって何もせずに定時でサッサと帰っているくせに!」
そう言われるんじゃないかと思ってデスクの引き出しにしまってあった、お客様からお預かりしている二億円分の契約書を引っ張り出し、両手で持って山本課長のデスクに置く。
社員一同ざわめき、何が起こっているのかわからない様子だ。
「私、無能な山本は神崎係長に助けてもらったおかげで今期売上達成する事ができました。来期から役職交代お願いいたします! って本社に電話しろ」
全員が努力していないとは言っていない、頑張って一件ずつインターホンを押しては門前払いされながらも頑張っている社員もいる。
僕は本社にいる時から法人を相手にしてきたので、人間関係の構築さえ確立できれば数字は後から付いてくることは身をもって知っていた。
だから二億円という数字もそんなに難しくなかったし、毎回定時で会社を出るのも、その後にお取引先様と食事に行ったり愚痴を聞いたりと人間関係を構築していたためだ。
そして部下の未達はどんな理由であれ上司である課長の責任なのだから、自分より下の社員を叱ることなく課長を個人攻撃したのだ。
目の前に積まれた契約書の束を見ながら両こぶしを握ったままで、下を向いている山本課長に受話器を渡す。
「さあ、未達ではなく達成ですよ!喜ばしい事じゃないですか、早く本社に電話をしましょうよ」
受取るでもなく断るでもなく、己の安いプライドが邪魔をしてどうしていいかわからなくなっている課長をよそに、平社員の平泉君が隣のデスクで本社に電話を掛けている。
「お疲れ様です、名古屋支社の平泉です! 神崎係長のご活躍で今期一カ月を残して売上目標達成しました事をご報告いたします、具体的な数字や詳細については後ほどメールにてご報告します。失礼します」
そう言って受話器を置いた彼は自分のデスクの引き出しからから契約書を取り出し、僕の前まで歩いてきて両手で差し出した。
「勝手な事をして申し訳ありません、ここに一千万円の契約書があります。お恥ずかしい話ですが入社して五年間、組織として目標達成したことがありません・・・係長の契約書だけでも達成ですが、私の数字も一緒に加えて頂けないでしょうか? よろしくお願いします」
そう、この意識とこの空気が営業には必要不可欠で、中には今の体制を面白く思っていない人間もいるであろうと予想はしていたが・・・ここはやっぱり。
「係長としてこの朝礼の場を借りて、全員に命ずる。今日はお得意先様を周り、自分が持てる最高の笑顔で挨拶してきなさい。営業の話はしなくていい、ただ爽やかに明るく朗らかに日ごろの感謝を込めて挨拶をしてくればいい。以上、いってらっしゃい!」
これを聞いた社員達の表情は一変した。明るく希望に満ちあふれ、足取りも軽やかだ。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
一人ずつ握手をして送り出す・・・こうして迎えた一カ月後、名古屋支社の営業成績は売上ベースで三億七千万と、たった一カ月で僕の予想をはるかに超えてみせたのだ。
東京本社から『達成おめでとう』の花束が届き、僕は名古屋支社の空気を換えることと、営業成績の上げ方を教えるというミッションを達成した。
残念だったのは山本課長が意識を変えてくれず、自ら部署異動願いを提出して翌日すぐに名古屋支社を去ってしまった事だが変えてくれないものは仕方がない。
この一カ月間僕は課長兼務として自分の営業は一切行わず、部下たちを連れて歩いてはお取引先に紹介して回った。
『営業は怖いものではない。同じ人間同士、損得勘定抜きで接していればそこに信頼関係が生まれ、数字は勝手についてくる』
ことを身をもって体験させたかったのだ。
数値的目標を達成するという共通のゴールに向かっていながら、手段と手法をすっ飛ばしていきなりゴールを目指すから門前払いされる。
まず構築すべきは人間関係、これを一緒にやってみせてからわずか数日間で効果が表れ始めた。
いきなり数値化されてきたのではないが、方々(ほうぼう)からお礼の電話やメールが届くようになった。
『スマホがわからなくて困っているところを親切に教えてくれた』
とか
『雨どいを交換している時に来てくれて手伝ってくれた』
とか
『パソコンのウィルス除去ソフトが過剰反応を起こしてどうしていいかわからなかったところに来てくれて助けてくれた』
などなど。
目先の数字を直接追うのではなく、先方が商品をお買い上げになるまで寄り添い続けること、これが営業成績を上げられる人間に例外なく共通する概念なのだ。
他人から感謝されるなんてこちらから求めてできるものではないし、無理矢理ありがとうを貰えるわけでもない。
この『寄り添い続けること』が感謝の気持ちとなって
「どうせ買うならあの人から買いたい」
となるのだ。
そして結果はちゃんとついてきたし、全員マインドや目標を共有して主体的に動くことが仕事だと理解できたようだし、何より来期から東京本社へ課長として戻ってくるように辞令も出た事だし。
・・・さて、千鶴さんに大切な報告するとしよう。
私は見つけてもらえますか? りゅうこころ @ru_shin
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