つ、ついに!! (2)
そして何とも言えない気持ちに歯がゆさを感じ、自問自答しながら自室のベッドにしばらく座っていた。
その時である、ミールが何もない壁に向かってニャオンと三回鳴いた。
「モウキマッタノネ、コンドハカッテニヌケダサナイヨウニネ」
抑揚無く翻訳されるので聞いた瞬間は何を喋っているのかわからなかったが、恐らく
(もう次の転生先が決まったのね、今度は飼われている家から勝手に抜け出して迷子になったりしないようにね)
という意味ではないかと捉えた。
ネコは九回転生するという本を読んだことがあったし、あの子猫は首輪をしていたからきっとそういう意味であろうという、あくまでも僕の推測だ。
(これを千鶴さんに教えてあげたい・・・でも今行ったら僕は自分の正義感に嘘をつくことになってしまうだろう)
全くもって独りよがりな感覚で、ミールの頭を撫でてシャワーを浴びて床に就いた。
翌日からしばらくの間、会社に行っていつも通り定時に帰って来るも千鶴さんと顔を合わすことはなかった。
何となく、何となくではあるが彼女の気持ちはわからなくも無い。
彼女は僕が引っ越してきたときから、甘え上手な犬のように親しげに接してくれて、しかもさりげなく世話まで焼いてくれた。
きっと『いつか王子様が迎えに来て幸せにしてくれる』と考えるような受け身タイプではなく、自分の親切が人の役に立つならば幸せ、と真っ先に行動するタイプなのだろう。
そんな風に、人と気持ちを分かち合いたいと考える繊細な心の持ち主にとって、あのネコの喪失後の少なくとも数日は本来なら僕が側にいて、話さなくても一緒に過ごすことで乗り越えたかったのではなかろうか。
しかし、僕の中では『心の弱みに付け込む』みたいなところが許せなかったのだ。
世界中の女性から
「最低鈍感バカ男」
と罵られようが
「彼女の気持ちはどうするのよ」
と言われようが男一匹神崎雄二、ここは譲れないところだったのだ。
結果はお察しの通り、その後に顔を合わせてもペコリと会釈されるだけで口もきいてくれない日々が一カ月ほど続いたのであった。
その間、大して役にも立ってこなかったニャンゴを通じてミールはさまざまな思いを僕に教えてくれた。
『脱ぎたての革靴を嗅いだ時に幸せを感じる』
とか
『そういえばかおるさんが部屋に来た時に感じたチンチラの臭いに身の危険を感じた』
とか
『お隣さんはなんとなく僕と同じ匂いがする』
とか
『最近ちょっと体が丸くなってきたんじゃないの?』
とか
『いつものカリカリに少し飽きてきた』
などなど。
(脱ぎたての靴に幸せを感じるってのは人間では考えられないけど、ミールは僕の匂いしか知らないのだから不思議ではないかもしれない。よりによって脱ぎたての靴って・・・足の臭いに家族の絆みたいな感覚でも感じているのかな。体が丸くなってきたというのはお腹の上でフミフミさせてあげているから気付く部分なんだろうな、最近以前にも増してフミフミしたがるのはポッコリして気持ちがいいのだろうか。そういえば、ネコはイライラした時に爪をバリバリとぎたがるって聞いた事があるけれど、最近バリバリしているところをあまり見ていない気がする。気持ちが通じ合ってきた証拠かしら)
ある日曜日の午後、いつものようにミールを膝の上に乗っけて退屈しのぎにスマホを見ていると、丸まって寝ていた顔を上げて耳をピコピコ動かしながら玄関をじっと見た。
ネコの聴力は人間の数百倍ともいわれるのでこのとき何が起こっているのか僕にはわからなかったが、その後に聞こえた音は人間の僕にもわかった。
お隣の玄関の扉がバタンと閉まってスリッパのようなもので僕の部屋の前まで来たかと思うと、玄関のドアノブにガサガサとビニール袋のようなものを引っ掛けてチャイムを押す事なく再び扉の閉まる音が聞こえた。
その何かを取りに行こうと立ち上がる気配を察してミールは膝からピョンと降り、僕は玄関に向かい半身の状態で扉を半分だけ開け、ノブに掛けられているビニール袋を室内に取り込んだ。
中にはピンク色のタッパーに入った肉じゃがと、かわいい封筒が入っており、そこに貼られているクローバーのシールをきれいに剥がして中から手紙を取り出した。
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