東京での日常(2)

 今日は土曜日、ネコと一緒に布団の中でダラダラしながらいつものようにネットサーフィンをしていると、一つの広告が僕の親指を止めさせた。


 今まで同じような内容の広告は何度も見たことがある、ペットの気持ちがわかる本とか鳴き声で何を求めているのかわかる機械とか。でも今見つけたこの記事には


『ネコ専用、翻訳機』


と書いてあり、よくよく読んでみると


『ネコが何を喋ったのかという内容に関しては翻訳してくれるが、人間からネコに対しての翻訳機能は無い』


とのこと。国民的アニメの主人公のようにネコ型ロボットというところまではまだ相当時間が掛かりそうだが、


(自分が飼っているコイツが何を喋っているのか理解できたらもの凄く面白いんじゃないのか?)


と興味津々だった。


(ネット広告って怪しい商材なんて山ほどある中でもっと認知されてテレビでも取り上げられるようになったら買ってみるのもありかな)


くらいの感覚で二度寝をした。完全に疲労回復したとは言えないまでも良く寝て、寝ぐせの具合もいい感じにファンキーになっていたのでシャワーを浴びていつものコンビニに買い出しに行った。そして図らずもそこで馴染のおかみさんから聞いた言葉を思い出す。


 「知ってます? ネコ語翻訳機。ウチ早速買ったんですけれど、ネコって可愛い声で鳴いているように聞こえるのにあんなに毒を吐いているなんて知りませんでした! でもほら、ウチは親ネコも含めていっぱいいるから全部の声を翻訳しちゃって。うるさくてかなわないから電源オフにしてあるのよ、耳あたりが良いようにきれいな言葉に置き換えて翻訳してくれるんだけれど、その内容ったら・・・とてもよそ様には言えないわ」


 さっき二度寝する前にネットで見ていたヤツの話だ、どこの飼い主も自分のペットがどんなことを考えているのか、そしてどんなことを喋っているのか気になるのは同じらしい。しかしこんなこと言われたら気になって仕方ないではないか。


 僕は買い物もそこそこに急いで貴重な休日を満喫すべくベッドに潜り込み、さっきの広告を探した。見つけたのはいいが十五万円はちょっと高すぎる、されどあんな話を聞いたら気になって仕方がない。


 ベッドから出てネコ水を交換した後にネコトイレを掃除し、フローリングに豪快に吐かれていた毛玉をキッチンペーパーで掃除した後、ソファに座って買ってきた総菜パンを齧りながら野菜ジュースを飲んでいた。その足元に寄ってきてニャンと鳴くネコ・・・気になって気になって仕方がない。


 高価なものだし電源切ってあるって言っていたから本心は「貸してください」と言いたいところ。いつもの店員さんだけなら問題ないのだが、最近アルバイトをし始めたすごく笑顔のステキな可愛い女の子がいる横では恥ずかしくて言えない。


 このアルバイトさん、恐らく年齢は僕より少し下で、おしゃれ好きのようだ。コンビニ店員は同じシャツを制服として羽織るのに、インナーとのコーディネートやヘアスタイルをどんどん変えていて着こなしが際立つ。しかも、雨が降りそうなときに傘置きを外に出しておくなど、気が利くようだ。おかみさんの言では、接客だけでなく前出し(手前側の商品が売れた後に、奥にある品を手前に出す作業)や、おでんの仕込みなど広範囲におよぶ業務の先回りをしてくれるとのことでコンビニの店以外のあらゆる職種でも活躍できそうなほどの働きだ。


 実は先日僕が彼女をまだ何にも意識していなかった時に、明らかに未成年であろうヤンチャそうなやつが


「おい姉ちゃん! 十二番のタバコ早くよこせコラ!」


とレジの前で怒鳴り散らしていた。恐らく彼女は未成年にはたばこの販売ができない旨をちゃんと伝え、身分証明書の提示をしっかりと求めたのであろうが、ガキ共にはこの毅然とした態度が気に入らなかったのだろう。


 飲食店やコンビニなどでよく見かける光景だが、『おまえ何様?』という客が最近もの凄く多い気がする。以前ニュースにもなったがマスクが手に入らない時に客がレジ担当者を一方的に毎日集団で怒鳴り散らして、その店員さんは心を病んで自ら命を絶つという悲しい選択をしてしまったと。


 商売とは売り手と買い手がお金というツールを使って対等に行われるべきもので、現代の『お客様は神様主義』には些か疑問を抱く。学生時代にファーストフード店でアルバイトをしていた僕は、自分が何を買い物に行こうがどこに食べに行こうが店員さんの気持ちがわかるので、できるだけ気持ちの良いお客様であるように心がけている。


(しつこいガキだな、追い出してやればいいのに)


と思いながらカウンターを見るといつもの店員さんじゃない女の子が震えながら目にいっぱい涙を溜めて我慢しているじゃないか。この時初めていつものおかみさんではない事に気付いたのだが、それにしてもガキ共・・・やりすぎだ。


 買い物かごをそっと置いてカウンターに近づき、ガキ共の後ろ襟を両手でつかんで店の外に引きずり出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る