名古屋、最高かよ(1)

 そんなこんなで諸々の手続きを済ませて名古屋に移動する日。残った荷物は引越センターの一番安い『お一人パック』で運んでもらい、僕はゲージにミールを入れて一緒に新幹線に乗り込んだ。


 予防接種等でしか外に出ていないネコなので、身体をぺちゃんこにしてブルブル震えている。彼からするといつもの当たり前の生活空間ではなくなった、そして自由に動く事ができない狭いゲージの中に入れられてユサユサ動かされながら今まで嗅いだことのない匂いの場所を次々と移動していくこの状態は訳が分からず、ストレス以外の何物でもない事だろう。


 出張などで公共交通機関をよく利用するので、同じようにゲージに入れて小動物を持ち運んでいる人を見かけたりする。一概には言えないが犬が不安からか、甲高い声で吠えまくっている現場には遭遇するのだが、その点ネコというのはビクビクして声も出さない状態になりやすいので静かで移動も快適だ。


 新幹線に乗って駅弁とお茶を車内のワゴン販売で購入し、これから一時間半後には名古屋に到着。飼い主からするとちゃんと静かにして他の乗客に迷惑を掛けなかったので、ご褒美に一緒に買った『ちくわ』をゲージの隙間から入れてやる。流石にそれが僕の手であるとわかっているようで、オドオドしながらも食べては静かに丸まっている。富士山を右手に見ながら天竜川を越え、静岡県を横断して名古屋に到着。


 どこの駅でも表側と裏側と言われる場所があると思うのだが、名古屋駅の場合は東が表側でオフィスビルやバスのロータリー、大手百貨店などが軒を連ねる正面玄関という感じ。それに対し僕が通う名古屋支社は駅の西側にあり、買い物客や待ち合わせ場所に使用されるなどガチャガチャした雰囲気ではなく、割と静かな部類の場所にある。


 もともとこの西側というのは参勤交代が行われていた時代に江戸(東京)へ向かう際のお休み処として存在していたらしく、遊郭などもあったらしい。まさに裏側ということか、現在はショッピングモールや鉄道連絡口などきちんと整備されているものの、東側に比べると人間が生活しやすいレベルの状況にある。加えてこの名古屋という土地は地下街文化が発展しており、東京や大阪と違って公共交通機関中心文化ではなく、完全に自動車文化であると感じた。その証拠に地下街を歩けば生活に必要な物はほぼ揃ってしまうし、私見だが


『車が通る道に店を構えるんじゃねえ』


と言わんばかりに道路が広い。世界に通ずる大手自動車メーカーがこの愛知県という土地に本社を構えるのも頷けるし、今までさほど意識して無かったがタクシーの車両もそのほとんどがこの大手メーカー製だ。


 今回僕が拠点とするアパートはこの西側のさらに二本奥に入った静かなアパートなのだが、一番大きい名古屋駅が一番近い駅なのは非常に便利だし買い物にも不自由しない。コンビニもたくさんあるし、治安もそんなに悪くなさそうだし、何よりも交番がたくさんあるので安心だ。


 移住してから一カ月が過ぎようとした頃にずっと疑問に思ってきた事を検証したくて歩道橋の上からしばらくの間、広い道路を眺めていた。僕は車に乗らないので直接は関係ないのだが、


(なるほど、人口の割には交通死亡事故ワーストワンが愛知県なのは頷ける)


と車の流れを見て納得してしまった。東京の首都高速道路も事故は多いが、愛知県の一般道はまるで首都高速道路を見ているが如く、それでいて黄色信号で減速するのはパトカーが近くにいる時だけ。それどころか赤信号になりたての時に減速する車が居ると、クラクションを鳴らされたり無理に追い越されたりする始末。スピードの出しすぎで死亡事故の多い北海道は


『真っ直ぐな道が多いことと雪によるスリップ事故も多い』


と聞いていたのでさもありなんと納得していたが、なぜ愛知県が? という疑問に関しては自分の目で見てはっきりと解決した。


『方向指示器を出さない車線変更』


には心底驚いて、のちに同じ事務所の社員に聞いてしまったのだが、片道三車線以上の幹線道路が多い名古屋ではよくあること、とのことだった。


 他にも驚いたことは多々あり、朝喫茶店に入るとコーヒー代金に一切上乗せされる事なくあれやこれやと付いてくる。小倉トーストに始まりサラダや茶わん蒸しなど


(こんなことしていたら確実に採算が合わないでしょう?)


と思えるほどのおもてなし具合だ。それでもやっていけるのは地域密着型の店舗経営と、ちゃんとモーニング時間帯以外にもお客さんが来店されるからだと店主に教えてもらった。


 そして名古屋といえば味噌の文化。


『名古屋人は何でも味噌をつける味の分からない人種』


と聞いていたが、実際に根を下ろして生活してみると味噌でもちゃんと用途によって使い分けをされており、


『ただ味をごまかすが如く辛い味噌』


ではない事がわかってきた。そもそも何で名古屋が味噌なの? と疑問に思ってきたので料理店の親父さんに訊いてみたところ、


「味噌ってのは主に大豆でできとるんだわ、実は醤油も大豆でほとんどが作られとるのよ。魚醤っていう魚から作られる醤油はちょっと違うんやけどな、ほんでそれを大阪とか京都から、もしくは東京とか他の土地から運んできた時に樽の中にお醤油のカスみたいなのが溜まっとって、それを舐めてみたら意外と旨いがや! ってことでいろんな味噌が使われるようになったんだわ。ほれ以外にももう一個あって、牛とか豚とか鶏とか魚もそうやけど、旨い部位・・・ロースとかサーロインとかよ、ああいうのはよそに行ってまって名古屋は主にホルモンって言われる内臓しか手に入らん時代があったらしいわ。そら、江戸とか京の都のお偉いさんは動物の内臓なんか匂いがきつくて食わんわな。それを何とか臭みを取って柔らかく煮込んで食べる文化っちゅうことで、土手煮っちゅう味噌煮込み文化が生まれたって言われとるよ」


と教えてもらった。


実際に食べてみると臭みなんかまったく無い。


 旨味と柔らかく温かい優しい味付けの長時間煮込まれた土手煮や名古屋の味噌文化を卑下するなんてとんでもない! 


その土地で花開く文化、を軽んじてはならないと感じた。農作で大事なのはまず土、といわれるようにあらゆる土地からやってくる人間を喫茶店の


『モーニング』


精神でもてなし、常に耕していたからこそ、内臓も美味しく活用する知恵が生まれたのではないか。どんなに良い種であっても、受け入れられる上質な土がなければ育たない。名古屋は京都と江戸の狭間で


『実りやすい土壌』


を培ってきたのではないか・・・。翻(ひるがえ)って僕は、この地で咲けるだろうか、そんなことを考える。

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