第8話強くなりたい
「ここは……」
病院でミリアが目を覚ました。
「病院だよ、ミリア、怪我は大丈夫か。採取クエストのあとで、幻術師に襲われて……通りかかった受付係のジークさんに助けてもらったんだよ。傷は、ジークさんの適切な治療のおかげで大丈夫だよ。跡も残らないだろうって」
「幻術師!? 私達、そんな強いモンスターに襲われたの? ブレア、怪我してない。大丈夫だった?」
自分のことよりも、俺のことを先に心配してくれる彼女に思わず涙がこぼれそうになる。
「ああ、大丈夫だよ。詳しい話は、また落ち着いた時にするよ。今日はゆっくり休んでくれ。ジークさんに、ミリアが目をさましたことだけは報告してくる。すぐに、戻るよ」
「うん、ちゃんとお礼を言っておいてね。私も元気になったら、きちんと挨拶するから……それと」
「うん?」
「できれば早く帰ってきてね。とても心細いの」
弱々しい声で、ミリアは俺を見つめていた。
笑顔で返す。
「ああ、もちろんだ」
※
「目覚めたのか?」
ジークさんが病室の前で待っていた。
「はい。本当にありがとうございました。医者もあなたの適切な処置がなければ、どうなっていたかわからないと言っていました」
「役に立ててよかったよ。気にしないでくれ」
「そんなわけにはいきません」
「なら、今度酒でも奢ってくれ」
わしは、あえて朗らかに笑った。
「あ、あのジークさん!」
「ん?」
「悔しいだろうって。この世界は、理不尽に大事なものを奪ってくる。奪われたくなかったら強くなるしかない。大事な人は守れないって」
あの時は、思わず出てしまった言葉だ。大陸戦争の英雄と呼ばれた自分も、戦争中に守れなかったものばかりだった。戦友、
だが、今思えば、ブレアには酷いことを言ってしまったとも思う。彼の両親は、彼を守るために、魔物に殺されたらしい。
「俺、やっぱり甘えてた。ミリアと細々生きていくには、今の生活でも十分だったから。でも、俺たちの日常なんて、一歩間違えれば終わりの厳しい世界。甘えすぎていた。そして、甘いことだとはわかっています。でも、頼れる人はジークさんしかいない。だから、言わせてください」
「……」
次にくる言葉は、よくわかっていた。
「俺に、剣を教えてください。もう、誰も失わないように……自分の大事な人を守る力を、教えてください。あなたにしか頼めないんです」
若いころの自分を見ているような気分になる。
「わしは、厳しいぞ?」
「はい、わかっています」
「一つだけ条件がある」
「何ですか?」
「わしの素性をあまり詮索しないで欲しい。今日見たことも他言無用で頼む」
「もちろんです」
こうして、わしは生涯最後になるかもしれない弟子を取ることになった。
※
「ふふ、おかえりなさい、ジーク。うまくいったようね」
屋敷に帰ると、ルイがワインを飲んでいた。
「どこまで仕組んでいた?」
「仕組む?」
「今回のことだ。おかしい点がいくつもあった。弱小ギルドだから調査が甘かったという言い訳は通用しないぞ」
ワイングラスを受け取って、ルイから見て左側の席に座る。
「そうね、ブレアの才能に気づいていながら、あえてあなたから気になるように仕向けたくらいよ。まさか、幻術師があの森に出てくるとは思わなかった。あなたが、監視しやすいように、森の採取クエストを依頼したけど……その点については、こちらの過失があったかもしれない」
「いい加減に、試験のようなことはやめてくれ。こちらも実績でそれを示しているはずだ。何度も試すようなことをされれば、信頼関係を築くことはできなくなる」
「そうね、ごめんなさい。なら、私が持っているすべての情報を、あなたに開示する。この情報が漏れれば、街中がパニックになるかもしれない。だから、あなたが信頼に値する人がどうかを何度も試してしまったのよ」
ルイはワインを置いて、鍵を使って机の引き出しを開いた。自宅の自室にしか、保存していない重要情報か。
「最近のモンスター出現情報よ。本来、この街の周囲にはE~C級クラスのモンスターしかいなかったはずなの。にもかかわらず、幻術師をはじめとしてB級クラスのモンスターの目撃証言が多くなっている。さらに、南の山でドラゴン系モンスターらしき物体が飛翔しているのを見た人もいるわ」
「ドラゴン。種族にもよるが、最低でもA級クラスのモンスターじゃな」
A級クラスのモンスターは、ほとんど自然災害のようなものだ。S級クラスになると、国が一つ滅ぶ危険性がある。
「そうよ。私はこのデータから、なにかしらの異変が近い将来、起きると考えている。それが何かはわからないんだけどね。でも、私のギルドの所属員では、団結してB級のモンスターを倒すのがやっと。それも、たくさんの犠牲者を出してね。私が言いたいこと、もうわかるでしょ?」
「わしに、冒険者の育成を頼んだのは、そのモンスターに対処するためか? じゃが、軍に援軍を頼めば……」
「実は、もう頼んだわ。あの夜の馬車は、王都でその話をするためだった。でも、結果はボロボロ。弱小冒険者が、見間違えて過大評価しているだけだ。国王陛下の即位1周年記念祝賀会のおめでたい席に水を差すなってね」
「なっ!?」
「おそらく、国王派に支配された中央は、もう頼ることはできない。だから、お願いします。ジークフリート様。あなただけが頼りなんです。どうか、私たちの街をお救いください」
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