第3話老人受付嬢?誕生する

―シェーラの街―


 慣れない場所では、寝つきが悪い。さらに、歳のせいもあって、早く目が覚めてしまった。激動の解任劇が終わり、昨日の夕方、シェーラの街に到着した。そのまま、ルイの家に泊めてもらったんだ。独身女性の家に泊めてもらうのははばかられたが、さすがはギルドマスターの家だ。いくつも部屋がある豪邸で、メイドたちに囲まれていた。これなら、安心じゃなと思い泊めてもらったのだが……


「あら、お目覚めですか?」


「なっ?」


 わしの横では、ルイが全裸で同じ布団の中で寝ていた。絹のように美しい肌と、見てはいけないはずの場所が惜しげもなく露わになっていた。


「ふふ、英雄様にサービスです」


「この程度で、動揺するような、やわな鍛え方をしていない。そうでなければ、ヴァルハラの妻に申し訳が立たない」


「ふふ、堅物の武人。イメージ通りの人で良かったわ。気に入った。少し早いけど、朝食にしましょう?」 

 まるで、裸など見せても構わないようにすたすたと歩いて、バスローブをさっそうと着こむ姿にあきれてしまう。まさか、数日前に出会ったばかりの男に裸をさらすことに、抵抗感すらないとは。とんだ政治家だ。


 こちらを試していたのだろう。


 ※


 豪華な朝食を済ませて、街を案内された後に、ギルド協会へと到着した。やはりというか、定番というか。酒場と併設されたギルドの受付だ。田舎街ということもあって、拠点にする冒険者たちのレベルはそこまで高くないようだ。おそらく、DからC級クラスがほとんど。腕が立つ連中でもB級くらいだろう。D級は、最初のクラスで、C級は中堅と言ったところか。


「今日から、受付を担当することになったジークだ。よろしく頼む」

 ここはルイの進言もあって、偽名を使うことにした。さすがに、最前線で活躍したのは十数年前だが、世界の英雄と言われているわしが、本名を使うのは危険だ。いつ、王都に情報が伝わって、刺客を送り込まれるかもわからんからな。


「えっ」

 センパイの受付嬢であるセシル殿は、ぎょっとした顔になる。さすがに、こんな老人が受付になるとは思っていなかったのだろう。


「若い頃は、冒険者をしていたので、簡単なことはわかると思う。わからないことはその都度聞くので、よろしく頼む。できる限り、早く仕事をおぼえようと思う」


「はぁ」

 本当に大丈夫なのかと心配されているが、そこらへんに心配はない。システムは、あまり変わっていないようだ。冒険者の登録、能力測定、仕事の斡旋、街の会議の参加、酒場の仕事。ある程度、イメージができるだけ助かるな。


「じゃあ、とりあえず仕事を教えますね。今日は酒場の方を中心にやってもらえますか?」


「わかった」


 ※


 酒場の会計のやり方や用意されている酒を説明された。酒は昔から好きだ。若い冒険者向けの酒場になるので、安い酒が多い印象だ。わしは、ウィスキー党だが、この品揃えではなかなか満足できないな。ただ、基本となる銘柄が多く、新しく覚えることは少ないのは、助かった。


「ちっ、なんで爺に酒を用意してもらわなくちゃならんのだ。セシルはどこにいったんだよ」


 セシル嬢目当ての客らしい。午前中から酒を飲むようでは、ほとんどごろつきとは変わらない。冒険証にはC級冒険者と書かれていた。年齢は30代後半くらいか。夢破れて、適当な仕事で食いつなぐしがないごろつき冒険者だな。


「申し訳ございません」


「まぁ、いいや。ウィスキーをロックで」


「銘柄は?」


「いつものだよ。ブランスタインのレッド。ったく、俺はこの冒険者ギルドの顔役だぞ。しっかりおぼえておけよ、爺」


「わかりました」


 どうやら、どこのギルドにもいる新人いびりが好きな中堅冒険者だな。最初からめんどくさい客に当たってしまったようだ。


「お待たせしました」

 わしは、ウィスキーのシングルをストレートで出してやる。チェイサーの水付きで。


「おい、爺。もうろくしたのか? 俺はロックを注文したんだが?」


「これは、私からのサービスです。ブランスタインは、シェリー樽を使ったウィスキーですから」


「はぁ?」


「シェリー樽を使って熟成させたブランスタインは、冷やすとえぐみが出やすく、香りも弱まります。ですので、ストレートか少し加水する程度で、飲んでもらった方がより美味しいと思います。私からのおススメの飲み方です。どうしても、冷やした飲み方をしたいのであれば、ハーフロックをお勧めしています」

 実際、生活費には余裕がある。妻が死んでから2年間は仕事しかしていなかった。給料はほとんど手つかずで手元にある。だから、客に1杯酒を奢るくらいの余裕はある。


 面倒な客は、チェイサーの水をわずかに垂らして、酒を口に含む。いつも飲んでいるロックは、苦みが出やすくうまいとは言えない。少しの加水で、フルーティーで甘い酒の魅力は一気に花開く。


「ちっ、旨いな、爺さん。いつもの飲み方がまるで泥水だったと思ったぜ」


「ウィスキーは、紳士のたしなみですからな。それはよかった」

 安い酒でも、その酒に最も合う飲み方を選択すれば、おどろくほど旨くなる。それがわしの持論だ。


「これに合うつまみをいくつか見繕ってくれ」


「わかりました。ナッツやドライフルーツがおススメです」


「なら、その盛り合わせを」


「かしこまりました」


「あんた、ずいぶんと酒に詳しいな。気に入ったよ。今夜、仲間たちを連れてきて、宴会をしようと思う。うまい酒を教えてくれ。俺は、C級冒険者のシグルドって言うんだ」


「新しくこのギルドの受付になったジークです。以後、お見知りおきを」


 こういうタイプは、酒で仲良くなるのが一番だ。特に安ウマの酒を美味しく飲む方法を求めていることが多い。めんどくさい客ではあるが、ベテラン冒険者でもあり、内部の情報に精通している。彼から人脈を広げることができれば、第二の人生は楽しくなるだろう。


 初日は、順調に仕事をすることができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る