第10話褒めて伸ばす特訓

 翌日から、わしとブレアは剣の特訓を始めた。あまり目立たないように、練習は朝の日が昇る前から開始する。ルイが所有している別荘の庭を借りることになった。ここは高い壁があって、外からも中が見えないから完璧な条件がそろっている。


「よし、ブレア君。まずは、基本を確認する。この人形を敵だと思い、剣技を放ってみてくれ」


「はい!!」


 まずは、木で作った人形を使っての基本訓練から始める。昨日の戦闘を見たところ、基本的な体力は問題ないように見えた。ブレアは、人形に木刀を撃ちつけていく。


 一刀流の連続切りや胴体斬りなどを披露していく。D級レベルの剣技はある程度、使えるようだな。得意な流派は炎流か。名前の通り、パワー重視の攻撃特化の激しい剣技の流派だ。わしは、対極の属性である水流を愛用している。水流は、スピードを重視し、手数で勝負する。


「よし、ある程度はわかった。まずは、炎流のC級剣技を身につけていこう」


「えっ、水流ではなくてですか? ジークさんは、そっちの方が得意だからそっちを教えてくれるんだと思っていました」


「たしかに、そちらのほうが、わしは得意だ。だがな、教師が生徒の個性を無視して、自分の得意を教えても何にもならない。個性が潰れて、成長スピードが著しく落ちる。まずは、本人の得意なところを伸ばしていく方が、将来的な伸びしろは大きくなるんじゃよ。炎流をサポートする意味では、水流のスピードがある剣技は魅力的だが、まずはおまえさんの得意を伸ばすところから始めようと思う」


 こういう新人教育は、昔から得意だった。一番大事なところは、本人のやる気を維持することだ。高いモチベーションを維持できれば、成長スピードは格段に上がるうえ、自主的な勉強も勝手にやってくれる。頭ごなしにすべてを否定するよりも、まずは認めて信頼関係を築くことが最も重要。


「今日は、ブレア君の今持っている物を理解するところから始めようと思う。次は、木刀を使って、わしと実戦練習だ。わしは防御しかしないから、ひたすら攻撃してこい」


「はい!! やあああぁぁっぁあああああ」


 やはり、洞察力が高く、目線のトラップなども意識せずに実行できている。ポテンシャルだけで言えば、今まで教えてきた生徒の中でも最も高い部類だろう。ただし、おそらく独学で勉強した弊害で、基本となる重心移動や距離の詰め方に甘さがあった。ここが伸び悩みの原因じゃな。


「よし、そこまで」


「はぁ、はぁ。ジークさん、すごい。どんな攻撃をしても全部受け止められちゃう」


「なに、こっちもやっとのところだったこともあるぞ。お主は、敵の様子を観察することがうまい。それは大きな武器だ。特別な才能でもある。それを有効活用できるように、今後は鍛えていくぞ?」


「はい、師匠様!!」

 こうして、褒めて伸ばしていく弟子の教育が始まった。


 ※


―特訓2週間目―


「いいぞ、基本となる重心移動を忘れるな。自分の体重を乗せて、攻撃を重くするんだ。そうすれば、相手は防いでも、ダメージは蓄積する。ダメージの蓄積は、相手の動きを遅くする。その瞬間を逃すな。お主の観察眼なら、間違いなくそのタイミングを見つけることができる」


「はい!!」


 基本を徹底的に反復し、長所を伸ばす方針で、グレアの腕は急上昇している。良い傾向だ。ミリアも無事に退院した。心配された後遺症なども大丈夫そうだ。まだ、激しい運動が伴うクエストには出ることができないが、あの様子なら心配ないだろう。


「よし、一度休憩だ」


「はい」


 一度、撃ち合いをやめて、今回の特訓の振り返りをする。


「初動に大きな力を使い過ぎている。初動は、相手も準備してくるから、奇襲以外は防がれると思っていろ。狙い目は、3度目の攻撃だ。そこから攻撃の予測は難しくなる。ブレア君の観察眼ならそれ以降の攻撃は圧倒的に有利になるはずだ。お主は、持久戦向けだ。1撃目、2撃目はあくまで繋ぎだ。重い一撃はそれ以降に繰り出せ」


 こんな感じで、その都度振り返りをして、次回に生かすようになっている。最初の数日は、基本的な技術に対する指摘が多かったが、今では戦いの流れに関することが多くなった。


 並行して、新しい剣技をおぼえる時間を増やしている。


「ブレア、ジークさん。朝から特訓お疲れ様! 朝食を作って来たよ」

 白いローブを着たミリアが、朝食を持ってきてくれたようだ。ふたりは、宿代を節約するために、この別荘に宿泊している。


「ああ、ありがとう。わしは、ちょっと汗を流してくるから、ふたりは先に食べていてくれ」

 あとは、若い二人でというニュアンスをこめてその場を離れる。


 ※


「ジークさんに毎回、気を使われているね。ちょっと、恥ずかしいな」

 ミリアは本当にそう思っているんだろう。顔を赤く染めていた。


「今日のパンも旨いよ」


「でも、いいのかな。こんなお屋敷を自由に使わせてもらって」


「なんでも大富豪の別荘らしいな。俺たちは管理人の仕事を任されているってことになっているからいいんじゃないのか?」


「贅沢すぎて、ちょっと落ち着かないんだよ。今日くらいは一緒に寝てくれない?」


「ああ、そうだな」

 そして、俺たちは軽くキスをする。


「すごいね、ブレア。私から見ても、どんどんうまくなっていくよ。もう、C級冒険者さんたちとも戦えるんじゃないかな?」


「ジークさんの教え方がすごいんだよ。どんな剣術の本よりもわかりやすいし、こんなに強くなっても、あの人はまだまだ先にいる。強くなればなるほど、あの人の凄さがわかるんだ。あの人は、もう老いぼれだとか全盛期の半分も力を出せないとか言うんだけどな。たぶん、あの人はこの街で……いや、きっと今まで見た人の中でも一番強い」

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