第7話伝説の英雄

 幻術師の体は真っ二つに斬り刻まれた。疾風怒濤は、最高スピードで敵に近づき、目にも止まらぬ速攻で相手を斬る上級剣術だ。


 A級クラスの剣士でも、習得が難しいとされている。

 それをギルドの受付係である爺が実演してみせた。B級の魔物も一瞬で無力化されたことを考えれば、驚くことだろう。


「いろいろと聞きたいことはあると思うが、ミリアの回復の方を優先しよう」

 わしは、念のため、幻術師の弱点であるひたいにとどめの一撃を浴びせて、死んだふりをしていないかを確認したうえで、ミリアの元に走った。


 幻術師は非常に頭が良いモンスターだ。パーティーの回復役を優先して潰そうとしてくる。奇襲でミリアが攻撃されたのは、偶然ではないだろう。D級パーティーは、索敵が甘くなりやすい。どうしても、経験が足らないからだ。


 油断したところを、チームの柱である回復役を戦闘不能にさせてくる。そうなれば、C級以下のパーティーでは立て直すのも難しい。よって、B級の危険モンスターに分類されている。


「ひどいな」

 背中に火球が直撃したのだろう。多少の魔力攻撃軽減効果があるローブも焦げていて、背中には酷い火傷がある。油断して、防御行動もできない状態で、一撃を食らってしまったようだな。


「ジークさん。お金ならいくらかかってもいいです。俺にできることならきつい肉体労働でも、特攻でもなんでもやる。だから、彼女を、ミリアを助けてください」


 ブレアは緊張の糸が切れたのだろう。涙ながらにわしにそう訴えかけてくる。


「安心しろ。昔取った杵柄きねつかで、中級レベルの回復魔力はおぼえている。すぐに、回復可能だ」

 一応、わしは上級剣士を極めて、最上級職の聖騎士パラディンになっている。今は、受付係だが……聖騎士パラディンには上級剣術と中級回復魔力を極めなければ、就任できないのだ。


「まさか、聖騎士パラディン!? どのS級冒険者パーティーでも喉から手が出るほど、欲しがる最強の前衛職なんですか」


「古い話だ。治療の前に道具を用意しよう。ブレア君、君たちが持っている毒消し草を全部、持ってきてくれ。わしも用意してあるが、火傷の治療にはいくらあっても足らない」


「はいっ!!」


「念のため、現地でも簡易的な毒消しなら作れるからそちらもだ。毒消しをこちらに持ってきたら、向こうに自生しているテイムの草を刈り取ってきてくれ。葉がギザギザで、垂れているやつだぞ。あれは消毒効果があるハーブ。魔力を使って加工すれば、すぐに中級毒消しと同じ効果を発揮する」


「薬草学にまで詳しいんですね。すぐに持ってきます」

 戦場では薬や道具が足らないことは日常茶飯事。足らないものはできる限り自作して対応するしかなかった。ブレアは、薬草学と勘違いしていたが、あくまで耳学問だ。そんな大したものではない。


 火傷の場合は、傷口から毒素が入りやすい。まずは、毒消しを使って、傷口を消毒し、その後、治癒魔力をかける。毒消しを使わなければ、治療後に後遺症や合併症を引き起こしやすくなる。実際、大陸戦争中では、それが原因で何人もの部下が亡くなっている。


 軍は、火傷の治療のために使える薬草の一覧などを体系化して、対策としていた。数十年前の知識が生きる。とんだめぐり合わせだ。


「うぅ」

 ミリアは苦しそうな声をあげている。傷口を消毒しているので、その痛みもあるのだろう。


「ブレア君。ミリアさんの手を繋いで励ませ。治療には気力も大事だ。聴覚は、意識がなくても、機能している」


「頑張れ、頑張れ、ミリア。ここで、終わりにはさせないぞ。俺をひとりにしないでくれ。お前がいなくなったら、俺はひとりぼっちになっちゃう」


「ブレア? 大丈夫、だよ。ずっと、一緒。……だからね」

 うわごとのようにミリアは答えた。治療は続く。

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