第5話女ギルドマスターとの食事&英雄無き王国

「ふふ、どうでしたか、ジークフリート様」


「様はいらないですよ。今では、あなたの部下ですから」


「あら、そうですか?」

 ルイの夕食の席に同伴し、仕事の報告をしていた。

 ワインと、マスタードソースがかかったチキンステーキ。サラダ、パン、野菜のスープという豪華な食事を堪能しながら、ルイは本題に入った。


「ジークフリート様には、我がギルドを5年以内に国内有数のギルドに育てて欲しいのです」


「5年?」

 まさか、この老いぼれに5年も猶予をもらえるとはな。


「足りませんか?」


「いや、1年先に生きているかもわからないわしには、十分すぎる猶予ですな」


「ふふ、あなたはやっぱりおもしろいわ」

 ワインを飲み干した女主人は「食後酒は、何がお好み?」と聞いてきた。主人のせっかくの好意に甘えることにした。


「では、ウィスキーを」


「ウィスキーね。亡くなった父が好きだったから、たくさんのストックがあるわ。ひとりでは飲み切れないもの。カルラの21年でどうかしら?」


「最高のボトルですね」


「父は、カルラの旨さを知っている男を婿に迎えたいと言っていたわ」


「お戯れを」

 そう言いながら、カルラ21年をいただく。長期熟成のウィスキーということだけあって、アルコール感がほとんどない。スモーキーな香りと、奥から来るシェリー樽由来のレーズンの香りがアロマのように癒してくれる。潮の味とチョコのような甘さがたまらないな。


「思い出の味はどう?」


「最高ですね」


「そう、よかった」


 たわいもない話をしながら、時間をかけてゆっくりとウィスキーを楽しんだ。

 おそらく、これは前段階の儀式だろう。仕事を押し付けるために、ひとつのアメをわしに用意したのがわかりやすい。そして、向こうもわざとわかりやすい手を仕掛けてきている。これはあくまでも、合意形成のための仰々しい儀式だ。


「あなたに頼みたい仕事があるの」


「なんなりと」


「話が早くて助かるわ。我々の野望のためには、冒険者の育成が急務。いくつか、リストアップしてみたから、ここからこれはと思う冒険者を選んで、鍛え上げて頂戴。資金はいくらつぎ込んでも、構わない」


 若手冒険者の登録票が10枚ほど渡される。弱小ギルドの中では、とても優秀な若手がそろっている。顔を見ても、ピンとくる者はいない。


 だが、最後のひとりの若者に何かを感じた。


「あら、その子は落ちこぼれで有名なビギナーじゃない。なにかの拍子に紛れ込んだのかしら。ごめんなさいね、忘れて」


「いや、この若者で行こうと思う」


「本当!?」

 直感に従って、わしは頷いた。


 ※


―マッシリア王国王宮―


「陛下。国境警備の兵士たちが、持ち場を脱走しています。また、徴兵拒否をした農民たちも同様です。兵の士気も下がり始めました。このままでは、軍の維持ができません」

 その報告にこちらは愕然がくぜんとなる。まだ、ジークフリートがいなくなってから1か月も経っていないんだぞ!?


「何が原因だ!?」

 怒号のような声が、王宮に響いた。自分でも驚くほどの声を強めてしまった。報告者は、気まずそうに続ける。


「軍の規律が緩んでいるようなのです。下級将校は、気に食わない兵をいじめ、リンチにする事例があったそうです。その噂が国中に広まっているようです。軍に入れば、息子を傷つけられるのではないかと親たちが警戒しています」


「なぜ、その者を処罰しないっ!!」

 先ほど以上に大きな声を出してしまった。軍隊内での私刑は、厳罰を持って対処しなくてはいけない。

 

「どうやら、上官にワイロを送っていたようで、その者が事態を隠ぺいしようと裏で工作をしていたようです」


「両者を見せしめで処刑しろ」


「はっ!!」


 くそ、なんでこうもうまくいかない。ジークフリートを解任した後、あいつのシンパは粛清した。さすがに、処刑まではできなかったが、地方の閑職に追いやり、中央は我が派閥で独占。反・国王派の重鎮であったジークフリートがいなくなったことで、自由に政治ができるようになった。これで、自分の国が作れると思った矢先、軍の規律が崩壊したのだ。


 おそらく、ジークフリート派の内部工作だろう。あいつらは巧妙に動いているせいで、尻尾をつかむこともできない。


 バカにしやがって。こうなったら恐怖政治と言われようとも、軍の規律を引き締めてやる。

 

 ※


「やっぱり、ジークフリート様がいなくなると、軍はガタガタになるな」


「そりゃあ、そうだろう。なにせ、人類最高クラスの英雄だぞ。みんな、あの人のためになら死ねると思っていたよ。まあ、反対する派閥以外はな」


「優秀なジークフリート派の人間たちをみんな解任すれば、指揮系統もズタボロになるよ。これで魔王軍の侵攻とか戦争なんか起きたら目も当てられないよ」


「だから、国境警備の奴らは、我先にと逃げてるのかもな」


「国境の奴らは、敏感だ。自分の命がかかっているんだから」


「今頃、国王陛下は、ジークフリート様に戻ってきて欲しいのかもな」


「言えてる。でも、そんなことは口が裂けても言えねぇよ。暗殺に失敗して逃げられたって噂だぜ」


「だせぇな、そりゃあ」


「だよな」

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