第25話 愚王の最期

「ここは……」

 王国軍の敗戦と地方軍の反乱に激高して、意識を失ったことは覚えている。

 そして、見えるのは質素な天井。王都の寝室ではないことは確かだ。


「陛下、お目覚めですか」

 ベッドの横には、ジークフリートの後任の騎士団長が待っていた。


「ああ、騎士団長か。反乱や暴徒たちはどうなった? すぐに、親征軍を立ち上げるのだ。時間との勝負になるぞ」


「陛下……」


「どうした? 他の将軍たちはどこに行った?」


「我々は負けたのです。陛下が意識を失った後、我が軍はパニックとなり四散。なんとか、陛下のことをお守りして、近くにあった砦に逃げ込むことができましたが、手勢は200を切っています。もう、この砦も陥落寸前です」


「……王都はどうなったんだ」


「現在、反乱軍によって包囲されています。そちらも陥落は時間の問題かと」


「認めぬぞ、そんなことは認めないっ」

 震えながら立ち上がろうとする大きな爆発音が響いて、地震のような揺れに襲われる。


「ちぃ、皆の者。敵が近くまで来ているぞ。10分でもいい。時間を稼げ」

 騎士団長は鬼のような形相で、指示を出していく。敵はもうすぐそこまで到達しているようだ。


「陛下、我々はここまでです。かくなる上は、生き恥をさらさずに、自刎じふんを……」


「自分で首を斬ろというのか? 我は、この国の長だぞ」


「残念ながら、それを認めるものはもう、我々以外、おりません。どうか、最後は王としての威厳を保ちください」


「ならぬ、ならぬ……」


 ※


「ダメだ、侵入者は強すぎるっ」

「わずか2人なのに……1分ももたねぇよ」

「くっ、降伏だ、あんな王のために、命を捨てることなんてしたくねぇ」


 ※


 自分の尊厳すら踏みにじられるような絶望感に襲われる。死神は廊下をゆっくりと歩いている。靴音だけがリズミカルに響いている。


 それが止まった瞬間が、自分の死だ。そう本能的に感じ取った。


「ジークフリート……死神がぁ」

 これが王である自分のセリフだとは信じたくなった。情けない言葉だ。

 ジークフリートはそんな様子を見て、軽蔑するように言う。


「残念ですが、陛下。その名前は、もう捨てました。あなたがわしを暗殺しようとしたあの森で、世界の英雄と呼ばれたジークフリートは死んだのです。今、あなたの目の前にいる男は、シェーラの街ギルド協会の冴えない受付係・ジークです」

 さらに、ジークフリートの仲間たちがどんどん合流してくる。絶望感はさらに深まった。


 ※


 王は、わしらが近づくと恐怖の色を深めていった。

 シグルドたちも合流し、国王は完全に逃げ場を失った。もう、終わりだ。


「陛下、あなたの身柄を拘束させていただきます」


「そんな無礼なことは許さん。余は最高権力なるぞ」


「残念ながら、自分の思うままに動こうとしたあなたの理想は破れました。他者の助言すら聞けないあなたに、王としての資格はない」


「違う、違うっ」


 もう、ワガママな子供のようなことしか言えないな。だが、あの新しい騎士団長のことはよく知っている。


 腕の立つ剣士だ。そのようなことは、許さないだろう。


「陛下、早くっ」

 騎士団長は自死をうながすも、それも拒否される。



「我はこの国の王だ。一番偉いのだぞ。どうして、死なねばならぬ。頼む、見逃してくれ。金なら払う。そうだ、大臣や宰相にしてやるぞ。だれでも、いい。助けてくれっ」

 その様子に仲間たちからは失笑すら漏れる。

 こんな王に仕えていたのかと思うと、恥ずかしさすら感じられる。


「残念ながら、王都は陥落しました。あなたの政権は解体されて、弟君を中心とした新政権が動き始めています」


「なんだと!! 誰がそんなことを認めるものか」


「何を言っても無駄なようですね」

 我々は哀れな王に迫る。そこで騎士団長はついに行動を起こした。


「仕方ありません。陛下は敵が迫って錯乱しているようだ。従前の命令通り、介錯させていただきます」


「なぜ、お前が剣を抜く? やめてくれぇ」

 最後まで無様に王は叫びながら、首を斬られた。最後は、絶望に染まった悲鳴がホールに響き渡った。


「陛下は戦死なさった。よって、これ以上の戦闘は不要だ」

 そして、殺気をこちらに向ける。


 2本の剣を抜いた。


「あとは武人として、主君を守れなかったけじめをつける。いくぞ、ジークフリート殿っ!。二刀流・円明っ」

 騎士団長は一気に距離を詰める。とっさの動きに対応できたのは、わしとブレアしかいなかった。

 我々が1本ずつ剣を受け止めたが、そこから発生する衝撃波によって、仲間たちは次々と吹き飛ばされていく。


 奴は、わしの教え子ではなかったが、マッシリア王国の副騎士団長を長く務めた剣の使い手だ。単純な戦闘能力では、マルスを超える。


 もしかすれば、老い衰えたわしよりも単純に強いかもしれない。だが、すでに新しい才能は覚醒している。


 新しい時代は、もうすぐそこに迫っている。


「さすがは、ジークフリート殿だ。だが、すでにあなたは老いた。受け止めるのが限界のはずっ」


「ああ、そうだな」

 騎士団長は、機敏な動きでわしの体を蹴り上げて、バランスを崩させる。

 チャンスと見た彼は、奥義を繰り出そうとする。


 せめてわしだけでも、地獄に叩き落そうとしているのだろう。亡き主君を思って。


「二刀流奥義・竜驤虎視りゅうじょうこし

 バランスを崩したわしに、それを止める術はない。そう、年老いた元・英雄にはな。

 

 予想通り、我が愛弟子は、わしの前に立ち、奥義を真っ向から迎え撃とうしている。


「(新しい時代を作るのは、年老いた英雄ではないんだよ。わしは、新しい時代にすべてを賭けてきた)」


 頼もしい弟子の姿を見て、わしは満足そうに笑う。

 ここ数カ月、一緒に過ごしてきた弟子は、信じられない速度で成長していた。おそらく、騎士団長も才能あふれる剣士だが……


 ブレアは、桁外れの天才だ。


「一刀流奥義・夢破っ」

 見よう見まねで、ついにブレアはわしの最高の剣技を盗んでしまった。まだ、荒削りだが、威力だけならわしの全盛期すら超えているっ。


 騎士団長の持っていた剣は、どちらも折れて粉砕される。ブレアは、騎士団長を一刀で無力化した。


「なるほど、これが伝説の英雄が惚れこんだ才能か。青年、名前を教えてくれ」

 斬られた騎士団長は苦しそうに言葉を紡ぐ。


「ブレア」


「そうか、最後に伝説の英雄と若き天才と戦えた。剣士として、最高の、死に様だな」

 騎士団長は、最後までなんとか言葉を発して倒れ込んだ。


 仲間たちが、ブレアの元に走っていく。弟子は、年相応の笑顔で安心したような笑顔を見せてくれた。

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