番外編 師弟とウィスキー

 王国との戦争も終わり、日常を取り戻しつつある現在。

 わしは、いつものようにギルドの受付を終えて、家に帰ろうとしていた。そこで弟子に呼び止められた。


 ブレアはこちらの仕事が終わるのを待っていたのだろう。出口で待ち伏せして、驚いたこちらにこう言ったのだ。


「師匠、久しぶりに食事を一緒にしませんか?」


 ※


 シェーラの街もどんどん活気があふれている。

「ギルドが急成長してからは、この街にも人がどんどん入ってきますね」

 弟子は喧騒を避けながら笑う。


「ああ、協会に強者が集まれば集まるほど、新しい人材が集まっていく。その新しい人たちの需要にこたえようと、商人や職人も集まる。そういうものだよ」

「じゃあ、俺たちが強くなったことにもいろんな意味があるんですね」

「ところで珍しいな。食事なんて」

「はい、実は師匠に付き合ってもらいたいものがあって」

「なんだ、それは?」

「実は、俺……今日、生まれて初めて酒を飲んでみようと思うんです。もちろん、祝祭の日に神の血の代わりになるワインに砂糖を入れて飲んでいたことはあるんですけどね。そうじゃなくて、もっと大人な……師匠が好きなウィスキーとかを教えてもらいたくて!!」

 若き天才S級冒険者として名声をとどろかせている弟子は、年相応に笑う。その様子がどうしてもほほえましくて、こちらまで笑顔になってしまう。冒険者的には18歳になれば、酒を飲むことができる。背伸びして大人の世界を見たくなった若者と普段のギャップがおもしろい。


「笑わないでくださいよ、こっちは真剣なんですからね」


「ああ、すまない。たしかに、ウィスキーは紳士のたしなみだ。教えてやろう。新しくできたバーなんだが、珍しいボトルがたくさんあるんだ。そっちに行ってみよう」

 最近、通っているバーに、初めて人を連れていくことになってしまった。子供がいたらこういうことができたのだろうか。


 ※


 バーのカウンターに座り、何を飲もうかとボトルを確認する。横のブレアはキョロキョロしながら落ち着かないようだ。


「グレン・フェイラック18年を2つ。チェイサーにソーダ水をくれ」

 さすがに、初心者向けの飲みやすい銘柄を頼んだ。だいたい、ウィスキーにはいくつかの熟成のピークがある。5年を超えたウィスキーはひとまず優しく飲みやすくなる。10年を超えれば、より豊かになる。15年を超えれば、丸くなる。自分は適当にそういう分類を頭に思い浮かべている。今回選んだグレン・フェイラックは甘さ中心で花のような香りが特徴的なウィスキーだ。


 18年も熟成したおかげで、アルコールの角は取れて、柔らかくなっている。

 香りは、熟成樽由来のレーズンのような香りが漂っている。

 まずは、香りを楽しんで、なめるようにゆっくり口に含んでいく。一気に飲むようなことはしないほうがいい。ウィスキーはグラスに注がれてから、少しずつ味が変化していく。だからこそ、時間をかけて味わった方が面白い。


「もっと、とげとげしい感じかと思っていました。まろやかで飲みやすいですね」

 弟子は最初の一杯こそ咳き込んでいたが、ストレートでも飲める程度には慣れてきたようだ。だが、まだ高い度数に戸惑っているようだな。


「飲みにくかったらソーダを入れてみろ。このボトルはソーダとよく合うんだ」

 弟子は素直に頷き、ソーダを加え始めた。このボトルのスコッチアンドソーダは、華やかな味わいが一気に開く。ウィスキーは飲み方も変えるだけで、いろんな味を楽しめる不思議な酒だ。加水量や冷やし方を少し変えるだけでも味は変わってしまう。


「おいしいです。まるで口の中が花畑になったみたいだ」

「だろう」

 わしもゆっくりと酒を味わう。


「ウィスキーって熟成すればするほど美味しくなるんですか、師匠?」

「どうしてそう思った?」

「酒のメニューを見ると、やっぱり年数が上の方が価格は高いので」

「まあ、そうだな。そういう面もあるが、人間と同じだ」

「どういうことですか?」

「樽で寝ていて数年の酒は、いたずら小僧だ。ちょっと味がとげとげしている。だが、フレッシュなうまみもあるし、樽よりも酒本来の味が強く出ている。教育を受ける前の子供のようにな。だが、10年も熟成されれば、味は落ち着いてくる。樽や気候などの周囲のものからの影響も強く出てくる。だいたい、スコッチウイスキーは15年でひとつのピークが来るんだ。これも人間と同じだな。そして、それ以上熟成すると、嫌味な部分も出てしまうんだ」


「嫌味な部分?」

「木材などから染み出すえぐみなどだな。熟成すればするほど、そういう嫌な部分も目立つことになる。だが、味わいとしてはどんどん口当たり良く丸みを帯びていく。その部分においては美味しくはなっているがな」

「それもたしかに」


「人間と同じじゃな。ウィスキーの原酒には良いところもあれば悪いところもある。たとえ、同じ場所で同じ種類の樽を使っても個性はでるんじゃよ。その強烈な個性を楽しむことも、いろんな原酒をブレンドして欠点を補い合うのもまたウィスキーの楽しみだ」

それもまた人間世界と同じようなものだな。弟子と共に酒をゆっくり飲む。自分の人生が満たされていく喜びを感じた。戦争の中に生きてきた自分が、人生の佳境でこんな風に息子のような弟子と酒を飲むことができる。良い人生だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る