夏草
はい。いらっしゃい。
あれ? お客さん、去年の夏もよく来ていたよね? いや、覚えてるよー、なんか印象的だったからな。
へ? 冬? 冬には……会ったことないと、思うけど……。
あ、そっちの。じゃあ、誤魔化す必要はないか。
そう、その通り。俺たちは二重人格で、俺はナツ、あっちがフユ。だから、お客さんとは、一年ぶりであっているな。
フユの奴、なんか言っていたか? どうして自分が二重人格者なのか、どう考えているかとか。
はあ、やっぱあいつ、全然知らないんだな。まあ、仕方ないと言えば、仕方ないけれど。
うん。俺の方は知っている。だって、この体に入ったの、俺の方だから。
お客さん、冬虫夏草って知ってる? キノコの一種でな、寒い時期は昆虫に寄生して、暖かくなってくると、その昆虫の体を突き破って発芽するって生態なんだ。
俺は、その進化版? みたいな? いや、新種過ぎて、自分でも動物なのか植物なのか、よく分かっていないんだわ。
ただ、脳に入り込めたお陰で、人間と同じ知性は持っている。実際の冬虫夏草にも、虫の脳をこう、コックピットみたいに操って動かす種類もいるから、こんな風にお客さんと話せるのも、不思議ではない、はずだ。
とはいえ、その習性から離れられないからなのか、寒くなると意識を失うみたいなんだ。だから、冬の間はこの体の本当の人格が出てこれる。
寄生の目的? そりゃもちろん、子孫繁栄するため、遠くまで行けるように。俺と同じ種がどこにいるのか、分からないけどね。
そりゃそうよ。あんただって、受精卵の頃の記憶はないだろ? それと一緒で、自分がどこから出てきたのかまでは分からない。本能があるから、何をするべきかは察しているけどな。
まあ、とりあえず発芽してみるっていのが一番かもしれないけどね。自分がどんな風に出てくるか分からないけれど、例えばの話よ。
だけどな、ちょっとそれは惜しいって気持ちもある。発芽したら、自分が死ぬって分かっているから。繁栄の為って分かっていても、自分の命が惜しくなるっていうのは、人間に寄生したデメリットかもしれない。いや、進化と言ってもいいのか?
……へえ、あいつ、そんなふうに俺のこと言っていたんだ。お祓いとか、宇宙人とか、全く見当違いだよな。こっちが悟らせないように、振舞っているけどさ。
けど、俺のことを嫌っていないんだったら、発芽のことも、もうちょっと考えていた方がいいな……。理由は、まあ、冬虫夏草って検索したら、何となくわかるよ。
なんか、いらんことまで喋った気がするわ。フユにこのことを伝えたいか? でも、あいつがどこで働いているか知らないだろ。俺も言うわけがないし。
どことなく、お客さんも普通じゃない感じがしたからかもな。図星か? どうでもいいけど、そっちの事情も教えたくなったら、話してくれてもいいから、多分、驚かないしな。
あ、帰るの? なんだ冷やかしかよ。
ウソ、ウソ。また来てくれよ。じゃ。
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