蜘蛛ノ巣短奇譚
夢月七海
序
今晩は。
良い夜ですね。
おやおや。そんなに怯えないでください。
……まあ、ここに迷い込んでしまったのでしたら、その反応も仕方ありませんが。
とは申しましても、ここがどのような場所か分からなければ、恐ろしいばかりですね。
そうですね。では、一つ、例え話をしましょうか。ええ。
蜘蛛の巣をよく観察してみると、か細い銀色の糸よりも、なお小さい虫が、そこにかかっていることがあります。
肉眼でやっと確認できるほどの小さな虫です。それを捕らえるには、蟷螂や蜂のように自らが動くのよりも、巣を張って、じっと待つ方が確実のように見えます。
わたくしも、この蜘蛛の発想を見習い、あちらこちらに糸を張り巡らせていきました。
ヒトが働く場所、学ぶ場所、通う場所、暮らす場所。山、海、天といった自然の中。
そうやって張り巡らされた糸は――大きな巣となって、ここに辿り着きます。いわば、蜘蛛が鎮座する、巣の中心部ですね。
わたくしは、そうして、「話」を収集しております。
……ええ、「話」です。聞き間違いでも、比喩でもありません。言語を用いて、自身の体験や考えを他者に伝える、あの「話」です。
糸にかかるのは、どれもこれも、小さな小さな「話」ばかりです。明日には忘れてしまいそうな、あるいは一生覚えているような、言っても聞いてもどうにもならないのに、語らずにはいられないような、不気味で奇妙な「話」です。
あなたもそれが好きでしょう?
だから、ここに迷い込んでしまったのですよね?
ささ、こちらにおかけください。折角ですから、つい先程、集まってきた「話」を、一緒に聞きましょう。
いえいえ、お気になさらず。夜はまだ、始まったばかりですから。
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