訪問
私が中学上がるまで住んでたとこ、すごくボロい安アパートだったの。B荘って名前で。
そういう場所だったからかな、今時珍しく、住人同士の距離が近くて、顔合わせたら挨拶どころか、世間話を始めるみたいな。
小一くらいの、ことだったんだけど。学校から帰ってきたら、軽トラがアパートの前に止まっているの。
で、運転手と大家さんが揉めてるのね。うちじゃない、いいえ、間違いなくここです、って。
通りがかりに、トラックの荷台を覗いてみたら、指輪を入れるような小さな箱がぎっしり詰まっていて。
本当はいけないけど、一つ手にとって、開けちゃったの。
中身。指輪じゃなかった。
乳歯。ううん。子どもの歯のこと。
それが一つだけ、指輪と同じように収まっていて、びっくりして、そのまますぐ戻して、家に入ったの。
あれ、何だったんだろうって思っていたら、仕事から帰ってきた父が、変な誤配送があったから、追い返したって大家さんから聞いた話をしてて。
そのこともいつの間にか忘れてた、小五の時に、また同じトラック、同じ荷物、同じように大家さんと揉める運転手を見て。
両親にもっと詳しく聞いてみようって思ってたんだけど、色々あってタイミングを逃したんだよね。
で、私たち家族はそのアパートを出たんだけど、その大家さんの娘さんは、私より一つ年上で、気が合うからその後も交流が続いていたの。
実際におねえちゃんって呼んで、大人になってからも年に数回は会っていてね。もう彼女は結婚していたんだけど。
最近、ランチに行くって約束していた前の日に、急に電話がかかってきたの。
びっくりしたけど、いいニュースでね、おねえちゃんの妊娠が分かったから、ランチはキャンセルしたいってもので。私も「おめでとー!」って言って。
だけど、おねえちゃんちのピンポンが鳴ったから、一回電話を切ったの。で、夕方くらいにおねえちゃんが掛け直してね……。
変な軽トラが来てたって、言ってきて。実はそんな誤配送がたまにあるんだって、おねえちゃんは笑ってて。
私が、「箱の中身見た?」って訊いたけれど、「見てないよ」って返されてね。でも、何かが引っかかってて、急に思い出した。
二回目の軽トラを目撃した日、母の妊娠が分かって、それで、確認できなくなっちゃたんだけど。
そういえば、一回目の時も、アパートの廊下で、その軽トラを見ながら、奥さん方が、「こんなおめでたい時にねー」って話していた。
これって、あの中の奥さんの一人の妊娠が判明したからなんじゃないかって。
……自分の予想が、どこまで合っているか、確かめていないけれど、結構自信はある。どうして乳歯が送られたのかは、全く分からないけれど。
あの後、母は無事に男の子を生んで、その私の弟も立派に育ったの。おねえちゃんの子も、今、元気に成長中でね。あの届け物が、悪い意味ではないと思うけど……。
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