忘失


 こうして、また一緒にご飯食べるの、久しぶりだねー。

 三年? あ、もう、四年も経つ? 早いねー。


 最近どんな? うんうん、そっかー。色々あるねぇ。

 うん? 私? こっちも、まあ、結構色々あったよ……。


 まず、彼氏と別れたね。

 あ、それって、五年前かも? うーん、記憶が曖昧だなぁ。


 別れた理由って、話した? あ、そうなの、知らないんだ。

 えっとね、まず、彼が、職場の人間関係で悩んでたって、いうのは知ってた? うん、そう。


 それで、辞めようか、どうかってなって。でも、彼は今のキャリアを諦めきれなくって……丁度、大きなプロジェクトのリーダーやってったっていうのもあるけれど。

 いつも思い悩んでいて、私の方から、何か、出来ることは何でもしたいって思っていたけれど。なのに、急に別れてほしいって言われて。


 「Tちゃん、僕と別れてほしい」って、駅のホームでだったかな。そこで言われた時の、体が固まってくる感じ。うん、今も、覚えている。

 その場で、泣いて喚いて。彼が電車に乗った後も、その場に蹲って、叫んで。あの時は、駅員さんに迷惑かけちゃったなぁ。


 連絡先もブロックされたみたいで、電話してもメッセージを送っても、何の返事がないの。

 もう、彼の人生の中に、私は必要ないんだって思うと、悲しくて、苦しかったなぁ。


 あ、今の話、随分他人事みたいに話してるって思っているでしょ?

 みんな、きょとんとするんだよね。あんなに大好きだった彼と、別れた人には見えないよね。


 ……実をいうとね、彼のこと、忘れかけているの。

 あんなに泣いたからかな? もう、あいつのことなんて知らないって、思ったからなのか? なんか、私の脳に、変なことが起きてるみたいで。


 例えば、買い物している時。今日は肉じゃがにしようと思って、材料を選んでいたらね、あ、彼の好きなさやいんげん入れなきゃ、って一瞬思うの。違う、彼とは別れたんだってすぐ気付くんだけどね。

 他にも、会社から家に帰る途中で、彼が泊りに来るからとか、テレビで海外見たら、彼と行ってみたいなぁとか、考えてしまうの。まるで、彼と私がずっと付き合っているみたいに。


 けど、それも大体一年くらい前までの話。今は、ちょっと違う。

 今度はね、だんだん彼という存在自体を、忘れかけてきているんだよね。


 家を掃除してたら、彼が忘れていったシャツが出てきたの。それを手に取って、「あれ、なんで男物が?」って、長いこと考え込んでしまったの。

 雑誌捲っていたら、彼と旅行に行ったことがある旅館が出てきたの。すぐ、懐かしいなぁって思って、その時の記憶をたどったんだけど、隣に誰がいたのか、忘れてて。それどころか、一人旅だったって、錯覚していたくらいで。


 ……正直ね、すごく怖いの。あんなに愛していたのに。好きだったのに。

 確かに、別れ方は、最悪だったけれどね。でも、あれだけで全てが無かったことになるわけじゃないでしょ?


 まあ、そんな気持ちも、いつの日か忘れて、私の中の彼は、完全にいなくなっちゃうんだろうね……。


























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る