冬虫
……はい? 何でしょうか?
……ええ、そうです。僕は、Y.A.なんですが……。
もしかして、僕と貴方は、去年の夏、サーフボードショップで会いましたか?
ああ、やっぱりそうでしたが。すみません、余所余所しくって。
いえ、僕と貴方は、今が初めましてです。貴方が会ったのは、ナツの方、ですね。
ナツ、というのは、もう一人の僕です。あ、いえ、双子ではなくて、体は同じだけど、心が違う――二重人格というものです。
僕、いや、僕らは、結構特異な体質でして。冬の間は今のこの人格が、夏の間は、「ナツ」という人格が出てくるんです。ちなみに、僕の方は「フユ」と呼ばれています。
……信じられないですよね? まあ、本当の話なので、もうちょっと聞いてください。
僕は、スキーショップで働いています。あそこは、冬の間しか空いていなので、丁度いいんです。夏の間、僕の記憶はありませんから。
同じ理由で、ナツはサーフボードショップで働いています。貴方が会ったのは、そちらなんです。
僕とナツ、性格が全然違うように感じますよね? 彼は、社交的でクラブとか楽しい所が好き。僕は、人見知り気味で読書とかが好きなんです。
ファッションセンスも正反対なんです。僕なんか、ピアスは怖くて開けられませんし。そんな僕らが同じ顔だと気付いたのは、貴方が初めてだったので、ちょっとびっくりしています。
夏と冬とで入れ替わるというのですが、正確には、気温によって変わるんです。明確な数字は決まっていないのですが、暑いと感じれば、ナツが出てきます。
だから、一番春と秋が厄介で。例えば、朝と昼とで全然気温が違うときは、一日の間で僕らの心が入れ替わります。相手の記憶は見れないので、整合性を合わせるのが大変なんです。
いつから? いつから、だったんですかねぇ。僕は、物心ついた頃からそうなっていたような気がしますが、ナツの方はどうなのかは知りません。
時期が分からないので、理由も知りません。二重人格は、強烈な過去の経験のせいでそうなることが多いのですが、僕の生まれた家庭は普通でしたし。歩んできたのも、平凡な人生でしたし。
だから僕は、ナツのことを自分に憑依してきた何者か、だと思っています。人間を乗っ取ろうとする、お化けとか宇宙人みたいなものです。
そんな風に考えている割には、殆ど焦ってはいないのですが。乗っ取られているのは夏の間で、僕の体を使って悪いことをしているわけではないようなので。
意外とマメな奴なんですよ、ナツは。あんな風に、チャラついた兄ちゃんみたいな恰好をしているんですけどね。二十年以上、一緒にいたので分かりますよ。
自分が表に出てきた間に起きた、大きな出来事をメモして、僕に伝えてくれるんです。友達の結婚式に出たとか、いとこに子供が生まれたとか、家族であそこへ旅行したとか。逆に、僕は大雑把で、伝える情報に欠けがあるから、彼はよく怒っているようなんですけど。
だから、この体質を治そうとは思っていません。病院行くとか、お祓いするとか、宇宙人研究所に駆け込むとか。話したことも会ったこともないんですが、彼のこと、僕は好きですから。
驚かしてすみません。隠しているつもりはないんですが、突拍子もないので、あまり人に話せなくて。だから、わざと無視していた訳ではないので、安心してください。
また、夏になったら、例のサーフボードショップに行ってみてください。
毎年ナツはそこで働いていますから。また、彼と話してほしいんで。
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